太陽は勇敢な行軍を命ずる殺人鬼、驟雨は惨めな撤退を許す救世主

『雨の情景から始まる魂の4000字』企画 BEST 5

 人というのはどうしてこんなにも愚かで弱い生き物なのだろう。
 そう思わずにはいられない作品だった。
 
 神をも凌駕する科学技術を持ち、80億という膨大な数にまで種族を増加させた人類はこの星の支配者と称してなんら差支えはない。
 その最強であるはずの人間が自分たちが作り上げた巨大社会の中で、日常的に目に見えない刃物に突き刺されてそこかしこで重傷を負って血を流し、ある者は再起不能となりどこかへ消失し、そして多くの者たちが自ら望んで死んでいく。
 その武器とは。
 それは言葉であり、常識であり、あるいは自分たちが遵守するコンプライアンスである。
 皮肉なものだ。
 人間がそんなにも強くて脆いのは優秀な知性とともに授かった豊かな感性のせいなのだ。

 この作品はおそらく自身の身に起こった危難であると推察する。
 当たり前の日々を当たり前に送っていた作者は、顔も知らない誰かが長い年月を掛けて作り上げた精巧で悍ましい社会通念の害悪に自分がいつのまにか蝕まれていたことなど知るよしもなかったに違いない。
 そしてその瞬間は唐突に訪れたのだ。

 心と体が乖離した状態。
 医学的にはパニック障害といわれるものだろうか。
 
 しとどな雨が降り荒ぶ中、作者はフリーズしてしまった。
 まるでタスクオーバーを起こしたハイスペックなコンピューターのように。

 けれど雨が彼女を引き返させた。
 晴れていたら強制終了してしまっていたかもしれない。
 雨の姫が密かにタスクを消去してくれたのだ。

 そして月日が経ち、彼女はその経験を作品に昇華させた。
 生の言葉が情景をありありと伝える技法。
 段落によって文体を変えることで、心情や土砂降りの風景が際立って感じられる。
 迫力に満ちた文章は冒頭から読み手の心を鷲掴みにしてラストまで離さない。
 読み終えてため息を吐いた。
 こんな風に自分の内面を荒々しく曝け出す文章などきっと一生かかっても書けない。
 称賛しながらも、どこか悔しさが込み上げた。
 そしてなぜだろう、同時になぜか清々しい気分が胸に湧いた。

 そして思った。
 彼女を救った驟雨に心から感謝したいと。