第331話 書籍1巻発売記念SS「バンデンクリフ・エデルシュタット」

あれ(異世界転生)から30年が経つ。

私は生まれ故郷、トーミ村に帰って来た。

父の最期を看取った時以来だから、10年ぶりくらいになるだろうか?

村の門をくぐり、屋敷への道をゆっくり歩いていると、

「あんれまぁ。バンの坊ちゃんじゃないですかい?」

と田んぼの中から声を掛けられる。

「おいおい。坊ちゃんはよしてくれ」

と苦笑いしながら返事をすると、その声を掛けてきてくれたおっちゃんは、

「はっはっは。そいつもそうですなぁ」

と朗らかな声で笑った。

そんなおっちゃんに軽く手を振ってまたあぜ道を歩き始める。

初夏の爽やかな風に乗って、どこかからリンゴの花の香りが漂ってきた。

(もうそんな時期か……)

と思いつつふと空を見上げる。

煌めく日差しに目を細めて見上げた空にはいかにもトーミ村らしい、ふんわりとした雲がのんびりと漂っていた。


何人かの知り合いにまた声を掛けられつつ屋敷の門をくぐる。

すると庭掃除をしていたらしいトム爺が、

「おや。おかえりなせぇ、坊ちゃん」

と、いつもと変わらぬニコニコ顔で出迎えてくれた。

「おいおい。坊ちゃんはよしてくれ」

と、また苦笑いで答える。

そんな私にトム爺も、さっきのおっちゃん同様、

「はっはっは」

と笑って、

「そういや、そうでしたね。おかえりなさいまし、村長」

と言い直してくれた。

「ああ。ただいま」

とこちらも笑顔で返してトム爺と一緒に玄関をくぐる。

その途端、私は懐かしい匂いに包まれ、一気にいろんな記憶が蘇ってきた。

小さい頃食べたシェリーさんのプリン、リーファ先生と奪い合ったから揚げ、家族で食べたシベリアの味に、てんこ盛りの家族セット……。

いろんな味の記憶が一気に蘇ってくる。

私はそんな懐かしい記憶を次々と思い出しながら、

「ただいま!」

と明るくも感慨深い声で屋敷の中に向かって声を掛けた。


さっそくリビングの扉を開く。

するとそこにはビワを頬張るニコの姿があった。

「お。ばん、おはえり」

と、ビワをむしゃむしゃやりながら言ってくるニコに、

「おいおい。しゃべるか食べるかどっちかにしておけ」

と苦笑いしながら近寄り、

「久しぶりだな」

と声を掛ける。

「……(ゴクン)。ああ、久しぶり」

と言って相変わらずニカッと笑うニコの天真爛漫な表情に懐かしさを覚えつつ、その向かい側に座り、

「みんなは?」

と聞いた。

「ん?ああ、伯母上とルッツォ先生はそろそろ来る時間だよ。研究に夢中になってなきゃだけどね。あと、ジルはさっきシェリーさんと一緒に裏の畑にいったからじきに戻ってくるんじゃないかな? ああ、君の姉さんたちは森で遊んでる時間だね。まぁ、バンが帰って来たからすぐに戻って来ると思うけど……。あ、お茶飲むかい?」

と言いつつ、お茶を勧めてくるニコから薬草茶を淹れてもらって、ひと口すする。

そして、いつもの味にほっとしながら、のんびりしていると、そこへ、

「おーい、ニコ。そろそろゴルを狩ってきてくれないかい?」

と言いながらリーファ先生が少し疲れた様子のルッツォ先生を引き連れてリビングに入ってきた。

私はその声に笑顔で振り向きつつ、

「ただいま」

と、にこやかに声を掛ける。

すると、リーファ先生もルッツォ先生もパッと笑顔になって、

「バン!」

「おお。バンじゃないかっ!?」

と喜びの声を上げつつ私に近寄ってきて、いきなり私の頭をごしごしと撫でてきた。

「おいおい。もう子供じゃないんだから、勘弁してくれよ」

と苦笑いで言いつつも、妙な嬉しさが込み上げてくる。

そんな私にリーファ先生が、

「はっはっは。そうだったね。いや、ちょっと見ない間におっさんになったじゃないか。いやぁ、相変わらずヒトの成長は早いねぇ」

と、なんとも豪快に笑ったあと感慨深そうに目を細めながらそんな言葉を掛けてきた。

ルッツォ先生も同様に目を細めてなにやらしみじみと微笑んでいる。

そんな様子を見て私は、なんとも小恥ずかしい気持ちになりつつ、

「ははは。聞いてると思うが、これから村長として赴任することになった。またよろしく頼むよ」

と苦笑いしながら、改めてこの村に村長として赴任してきたことを告げた。


「ははは。そうだったね。最初は大変かもしれないけど、まぁ、のんびりやるといいよ。アレンもあらかたの事務はイワンに任せていたようだし、引継ぎの心配はないんじゃないかな?」

と笑うリーファ先生の後から、ルッツォ先生も、

「ああ。なにせアレンは優秀だったからね。昔、それこそ先代のバン君の頃に比べればずいぶんと事務は効率的になってるはずだよ」

と私に安心するように言ってくれる。

私はそんな言葉にうなずきつつ、

「ああ。その辺のことはエデルの家でアレン兄さんからあらかた聞いてきたよ。なんでも許認可の類型をかなり整理したらしいな。……まったく、我が兄ながら恐ろしい人だよ」

と肩をすくめながらそう言ってみせた。


やがて、

「ただいま戻りました!」

「わん!」

「にゃぁ!」

という声が聞こえてシェリーさん、サファイア姉さん、ルビー姉さんがリビングに入ってくる。

そして、サファイア姉さんとルビー姉さんは昔のように私に向かって勢いよく飛びついてきた。

「ははは。ただいま」

と言う私に、

「わふっ!」(おかえり、バン!)

「にゃぁ!」(今夜はご馳走!)

と言って頭をこすりつけてくる姉さんたちを軽く撫でてやりながら、シェリーさんに、

「今日の晩飯は?」

と、いきなり今晩の献立を聞く。

するとシェリーさんは、

「あははっ!相変わらずですね!」

と笑いながら、

「じゃぁ、今日はあれを作りますね」

と言ってくれた。


その後、シェリーさんが台所に向かうと、

「わん!」(みんな待ってるよ!)

「にゃぁ!」(お庭に行こう!)

という声にせかされて、庭に出る。

するとそこにはユカリ姉さんを頭に乗せたコハク姉さんとエリス姉さん、フィリエ姉さんがいて、

「ひひん!」(おかえり!)

「きゅるる!」(バン、おかえり!)

「ひひん!」

「ぶるる!」

と、それぞれ私に声を掛けてきてくれた。

「ああ。ただいま」

と言って順番にみんなを撫でる。

気のせいでなければエリス姉さんは少し涙ぐんでいるようだった。

しかし、私が、

「心配をかけたね……」

と、それを気遣うような声を掛けると、

「ぶるる……」

と少し恥ずかしがるような感じで、顔を背けてしまった。

(ははは。相変わらずツンデレだな……)

と苦笑いしつつ、私の頭に乗ってくるユカリ姉さんに、

「おいおい。重たいよ」

と声を掛けて苦笑いする。

しかし、ユカリ姉さんは、

「きゅるる!」(バンが帰ってきたってことは、今日はあれだよね!?)

と私の抗議を無視して、嬉しそうにそんな言葉を掛けてきた。

そんな声に苦笑いしながら、私が、

「ああ。さっきシェリーさんがそう言ってたぞ」

と言うと、ユカリ姉さんが嬉しそうに、

「きゅるる!」(やった! ケチャップライスだ!)

と言って私の頭の上で翼をバサバサと羽ばたかせる。

そんなユカリ姉さんの言葉を聞いて、今度はルビー姉さんが、

「にゃぁ!」(目玉焼きハンバーグ!)

と喜びの声を上げた。

そんな二人の様子をみたサファイア姉さんが、

「わっふ……」(もう、ルビーったら……)

と、いかにも「しょうがないなぁ」という感じで苦笑いする。

そして、コハク姉さんもエリス姉さん、フィリエ姉さんもどこか楽しそうに微笑みを浮かべた。

そんな姉さんたちに、

「はっはっは。相変わらずだな」

と笑いながら声を掛けて、しばし戯れる。

するとそこへ、ニコがやって来て、

「ご飯が出来るまでまだ時間があるみたいだし、みんなで散歩にでも行かないかい?」

と声を掛けてきてくれた。

「お。いいな」

と言ってさっそく裏庭に回る。

そして、ニコはコハク姉さんに、私はエリス姉さんに鞍をつけてやると、

「よし。じゃぁ、リンゴ畑にでも言って花見でもするか」

と声を掛け、さっそく今頃満開になっているであろうリンゴ畑が広がる方へ向かって歩き出した。

「ひひん!」

と嬉しそうに鳴くエリス姉さんの背にゆっくりと揺られながら、

「わふっ!」

と楽しそうに歩くサファイア姉さんの姿を微笑ましく眺める。

私の横にはコハク姉さんに乗ったニコがいて、後ろからはユカリ姉さんとルビー姉さんを乗せたフィリエ姉さんが、

「きゅるる!」

「にゃあ!」

「ぶるる」

と、なにやら楽しそうな会話をしつつ、ついてきていた。

(……懐かしいな……)

と思わず感慨にふけりながら、そんな様子に目を細める。

そんな私にニコが、

「あはは!なんだか昔に戻ったみたいだね!」

と嬉しそうに声を掛けてきた。

「ははは。そうだな。……最初にこうやってみんな一緒に散歩に出かけたのは17、8年前だったか?」

とニコと初めて会った時のことを思い出しながら、そう問い返す。

するとニコも懐かしそうに目を細め、

「うん。あのころまだバンは小さくて、私もやっと成人したばっかりだったね」

と少し遠くを見るような感じでそんな懐かしい話をしてきた。

そんなニコに、

「ふっ。ニコは相変わらずニコだな」

と意味がわかるようでわからない言葉を投げかける。

そして、

「なんだい、それ?」

と、やや不機嫌な顔をするニコに、私は、

「いや。変わらずにいてくれてありがとう」

と少し恥ずかしいような、しかして今自分の心の中に浮かんでいる正直な感想を伝えた。

「むぅ……。その言い方だとなんだか私が成長してないみたいじゃないか」

と、まだ不満そうなニコに、

「はっはっは」

と笑い声だけを返す。

そんな私の笑い声に、姉さんたちも楽しそうに笑って、私たちは楽しくリンゴ畑へと進んでいった。


やがて、リンゴ畑に到着する。

そこで私たち小川のほとりに腰を下ろすと、ニコが腰につけていたバッグから飴を取り出し、

「どうだい?」

と私に勧めてきてくれた。

「ああ。ありがとう」

と言ってそれを受け取りつつ、口に放り込む。

醤油が効いた甘じょっぱい飴を舐めながら、

(ふっ……。日本の味だな)

と妙な感慨に浸った。

そして満開のリンゴの花を見ながら、

(今年もいいリンゴがとれるんだろうな……)

と、まだ少し先のことを思う。

するとそんな私にニコが、

「今年もいいリンゴがとれるんだろうね」

と声を掛けてきた。

私はニコが私とまったく同じことを考えていたことになんとも言えないおかしさと嬉しさを感じつつ微笑みながら、

「ああ。きっとそうだな」

とリンゴの花を見上げながらつぶやくようにそう答える。

そんな私にニコも、

「楽しみだね」

とつぶやくように答えると、二人してぼんやりとリンゴの花を眺めた。


長閑な時が流れる。

私もニコもきゃっきゃとはしゃぐ姉さんたちを見て、目を細め、その長閑な時間を心から楽しんだ。

やがて、西の空が夕焼けに染まり始める。

私は軽く伸びをし、

「さて。そろそろ飯だな」

と言って立ち上がる。

そんな私の横で、

「ああ。そうだね」

と言ってニコもゆっくりと腰をあげた。

そして、

「そろそろ帰るぞ」

と姉さんたちに声を掛ける。

すると姉さんたちから、

「わっふ」(はーい)

「……にゃぁ」(……えー)

「ひひん」(うん。わかった)

「「ぶるる」」

「きゅるる!」(明日もこようね!)

という返事が返ってきた。

茜色に染まるあぜ道をまたみんなで楽しく歩く。

夕暮れのあぜ道には姉さんたちとニコの楽しそうな声が響き、それがなんとも言えず私の郷愁を誘った。

そんなどこかしんみりとした心持ちで、

(明日からこの懐かしい場所で私の新しい人生が始まるんだな……)

と思い、ひとり夕日に目を細める。

そして、私は瞬き始めた一番星を見つめながら、心の中でそっとその星に、

(トーミ村がいつまでも平和でありますように……)

と願いを掛けた。



書籍1巻が発売されましたので、記念にSSを書いてみました。

バンの孫の孫、バンデンクリフの物語です。

続きを書く予定はありませんが、お楽しみいただければ幸いです。


また、新作もやっております。

よかったら覗いてみてください。

https://kakuyomu.jp/works/16818093089829479522

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おっさん村長の辺境飯~転生者バンドール・エデルシュタット、異世界にてかく生きれり~ タツダノキイチ @tatsudano-kiichi

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