第330話 豆大福と秋の庭
あれから何年経っただろうか。
ズン爺さんの木から採って来たアカメで酒を仕込むローズとドノバンの姿を見ながら、庭でのんびりと本を読む。
近頃村の学問所で教員役を買って出た。
子供たちの吸収力というのはすごいもので、教えたそばからどんどん自分のものにしていく。
私もそれに負けじと本を読み知識を蓄えようとするが、これがなかなか難しい。
(老け込んだものだな…)
と苦笑いしながら、ゆっくり本を読み進めていると、そこへメルがお茶を持ってきてくれた。
「もうじきマリー様が村のご婦人方との寄合からお戻りになりますわ。きっと何か甘い物を持って帰って来られるでしょうから、お茶は渋めにしておきましたよ」
と言って、いつもの湯飲みに緑茶を注いでくれる。
私はそれを笑顔で受け取り、
「ありがとう。じゃぁ、帰ってきたら庭で一緒に食べようと伝えておいてくれ」
と礼を言った。
ずずっとひと口すする。
秋の日差しに照らされた庭でのんびりと飲むお茶は確かに少し渋めだった。
(そろそろ柿の季節か…)
と思い、ドーラさんのことを思い出す。
一昨年、ドーラさんの柿の木が長い事かかってようやく実をつけた。
今年はたわわに実る事だろう。
(思えばすごい魔法をかけたものだな…)
とその柿が甘柿だったことを思ってふと遠くを見る。
ドーラさんの木からとれる柿は、私の前世の記憶にも無いほど甘く瑞々しい物だった。
そんなことを思って見上げる空には懐かしい顔が次々と浮かぶ。
ドン爺、アイザックのバカ、そしてアレックスとサナさん。
アレックスは結局サナさんに何も言わなかった。
そして、サナさんも何も聞かなかった。
しかし、晩年は2人とも毎日のように喫茶店で一緒にお茶を飲んでいたというから、きっとあのくらいの距離感があの2人にとってはちょうど良かったのだろう。
(晩年、午後を強制的に休みにしてやって正解だったな…)
と結局死ぬまで働いていたアレックスのバカのことを思ってしんみりとした気持ちになる。
するとそこへ、
「ただいま戻りましたわ、バン様」
と言って、マリーが帰ってきた。
「おかえり。どうだった?」
「はい。今年も干し柿作りが大変そうだって話でしたわよ」
「そうか。豊作で何よりだな」
「ええ。たくさん作って村の子供達にたんと食べさせてやりませんとねぇ」
と会話を交わしてのんびりとまた空を見上げる。
見上げた空には、先ほどまでのしんみりとした空気は無かった。
(ああ、みんな笑っているな…)
と思いつつ、ふと微笑む。
そんな私の微笑みに気が付いたのだろうか、
「あら。どうしたんですの?」
と不思議そうな顔をして聞くマリーに、
「いや、ちょっと昔のことをな…」
と少し苦笑いの混じった微笑みを返し、そう言った。
「うふふ。お互いに歳をとりましたね」
とマリーがつぶやく。
そんなマリーに私は、
「いやいや。マリーはまだまだ若いさ」
と正直な気持ちを返した。
「あら。どうしましょう」
と言ってマリーが照れる。
私はその様子が可愛らしくて、つい、
「ははは。いつまでも綺麗でいてくれよ」
と冗談を言ってしまった。
「もう、バン様ったら…」
と言って、さらにマリーが顔を赤くする。
私は、
「はっはっは」
と笑ってマリーの髪をそっと撫でてあげた。
「きゃん!」(マリーおかえり)
と言ってサファイアがこちらに駆け寄ってくる。
そして、その後ろから、みんなを引き連れてリーファ先生もやって来た。
「おかえり、マリー」
と言うリーファ先生に、マリーが、
「ただいま、リーファちゃん」
と答えて膝の上に飛びついてきたサファイアを受け止める。
「うふふ。サファイアちゃんもただいま」
と言いつつマリーがサファイアを撫でると、そこへコハクもやって来て、マリーに甘えだした。
ルビーが私の膝の上に乗り、
「ふみぃ」
と抱っこをせがんでくる。
私はそれを笑顔で受け止め、ルビーを抱き上げると、
「よしよし、今日も楽しく遊んだか?」
と聞きつつ、ルビーの背中を優しく撫でてやった。
「ぶるる…」
と鳴きつつ寄って来たエリスのことも撫でてやる。
いつものような幸せな団欒ができ、そこへ、
「今日のお菓子は豆大福ですわよ」
と言ってメルがお茶をお菓子を持ってきてくれた。
「お。いいな」
と言ってさっそく大福に手を伸ばす。
すると私の横でマリーが、
「バン様ったら相変わらず食いしん坊さんですのね」
と言ってクスクスとおかしそうに笑った。
「ははは…。美味しそうだったから、つい、な」
と言って苦笑いを浮かべる。
私がそうやって、マリーと会話をしているすきにリーファ先生が大福をひと口頬張った。
「むっ!これはいいね。甘さとしょっぱさの加減が絶妙だ。村のご婦人方も腕を上げたじゃないか!」
と言ってもぐもぐと大福を食べる。
私もそれを見て、微笑みながら大福をひと口がぶりとやった。
コリコリとした豆の食感がねっとりとした餅の舌ざわりと相まって口の中が面白い。
リーファ先生の言うように、塩気もちょうどいい感じだ。
餡子のこってりとした甘さをちょうど良く引き立てている。
そう思って私が、
「うん。餡子もよく炊けているな」
と言うと、マリーが、
「あら。うれしいですわ。それ、私も炊くのお手伝いしたんですのよ」
と言って微笑んだ。
「なるほど、だから美味しい訳だ」
とまた冗談を言う。
すると、マリーもまた、
「もう…」
と言って、照れ笑いを浮かべた。
「はっはっは。相変わらずだねぇ、君たちは。まったく、胸やけを起こしそうだよ」
と言って、リーファ先生が笑う。
そんな私たちにみんなも、
「きゃん!」(相変わらずだね)
「ぴぴっ」(うん)
「にぃ!」(バンとマリーは仲良し!)
「ひひん!」(あははそうだね!)
と言って笑った。
エリスが、
「ぶるる…」
と鳴いたのは、きっと、
「まったく、もう…」
と言う感じで、フィリエの
「…ぶるる」
は、
「…あはははは」
という乾いた感じの笑いだろう。
そんな幸せな陽だまりの中から高く澄んだ秋の空を眺める。
小さな雲がいくつか群がって、のんびりと空を揺蕩っていた。
(きっとみんなも笑っているんだろうな…)
と思って苦笑いを浮かべる。
私はもう一口大福を頬張ると、渋い緑茶を飲んで、
「はぁ…」
と息を漏らした。
「うふふ。美味しいですか?」
と笑うマリーに、
「ああ。美味い。ありがとう」
と言って微笑む。
すると、不意にマリーが私の肩に頬を寄せてきた。
「うふふ。幸せですわ」
と言うマリーに、
「ああ。幸せだ」
と返す。
長閑な庭に穏やかな空気が流れ、私とマリーの手が自然と重なりあった。
温もりが伝わってくる。
自然と目が合い、マリーが、
「うふふ」
と微笑んだ。
私もそれに目を細めて返す。
そんなのんびりとした空気の中で、私の膝の上にいたルビーが、
「ふみゃぁ…」
とあくびをした。
またマリーが、
「うふふ」
と可愛らしく微笑む。
私はその微笑みを心の底から愛おしく思い、そっと髪の毛に口づけを落とした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます