第329話 ドーラさんのいない日々
「なにっ!?」
突然役場にやって来たローズから一報を聞き、慌てて役場を飛び出す。
屋敷に戻ってリビングを訪れると、そこにはソファに横になり苦しそうにしているドーラさんの姿があった。
「リーファ先生、容体は?」
と、そこにいたリーファ先生に容体を訊ねるが、リーファ先生は何も言わず、ただ首を横に振った。
「…な…」
言葉にならない。
私はドーラさんの横に跪き、手を取ると、
「気をしっかり持て」
と懸命に励ました。
そこへ桶をもったシェリーがやってくる。
そして、
「師匠、大丈夫ですか?」
と声を掛けつつ、ドーラさんの額の汗に浮かぶ脂汗を拭ってやった。
私はその光景を見て、余計心配になってしまう。
そして、もう一度リーファ先生に、なんとかならないか?というような視線を送った。
その視線にリーファ先生がため息を吐く。
そして、
「ズン爺さん、なにか棒と大きな布切れ。そうだな、カーテンの替えでもあればそれが一番いいんだが…そういうのはあるかい?」
とズン爺さんに指示を出した。
やがて、ズン爺さんとドノバンが指示通り、長い竹の棒とカーテンの替えを持ってやってくる。
そして、即席でタンカを作ると慎重に、慎重の上にも慎重を重ねてといった様子で苦しむドーラさんをゆっくりゆっくりとそのタンカに移した。
私とドノバンでドーラさんを部屋に運ぶ。
始めて入ったドーラさんの部屋は、これでもかというくらい簡素で綺麗に整えられていた。
また、慎重の上にも慎重を重ねてドーラさんをベッドに移す。
そして、私たちと一緒にきたリーファ先生に、目で次の指示を仰いだ。
リーファ先生はその目にうなずき、
「この3日がヤマだ。シェリー、付きっきりで頼む。相当苦しいはずだからね。…私はなんとか苦しみを和らげるものを作って来よう。バン君は薬草採りだ。後の面々は自分にできる精一杯を頼むよ」
とそれぞれに指示を出す。
すると、その場にいた全員が真剣な面持ちでコクリとうなずき、さっそく作業に取り掛かった。
私はすぐにリーファ先生から必要な薬草を聞き、大急ぎで準備を整える。
そして、エリスのもとに向かうと、
「緊急事態だ。急ぎで頼めるか?」
と、これまでになく真剣な眼差しでエリスに森への同行をお願いした。
「ひひん!」
とやる気を見せてくれるエリスに跨りさっそく森へ行く。
今回頼まれた薬草はどれも身近にあるものだが、ひとつだけ少し奥に行かなければ採れないものがある。
私は迷わずエリスに駆け足の合図を出すと、いつになく速度を上げて森へと向かっていった。
慣れたもので、薬草のほとんどがすぐに集まる。
「よし。あとは奥に生えてるルチア草だけだな」
と言ってまたエリスに跨ると、また、
「急ぎで頼む」
と言って、速足の合図を出した。
すごいもので、エリスは森の中とは思えないほど軽快に歩き、速足で進んで行く。
私は、エリスがいてくれて良かったと感謝しつつも目的の薬草が生えていそうな場所を探した。
そろそろ昼を少し過ぎたかという頃、やっとその薬草ルチア草が見つかる。
私は急いでかつ丁寧にそれを採取して袋に詰め込んでいった。
そして、帰ろうと思った刹那、
「ぶるる!」
とエリスが鳴く。
私は、思わず、
「ちっ」
と舌打ちをしてしまった。
「時間がない。攻めよう」
と言ってエリスに跨りまた駆け足でその気配のもとに向かってもらう。
そして、一撃ですこし大きな熊を斬った。
肉も魔石も取っている時間が惜しい。
そう思ってまたエリスに跨り、大急ぎで帰路に就く。
そして、夕方過ぎ。
屋敷に着くと私は大急ぎでリーファ先生の部屋へ向かった。
「採ってきたぞ。足りるか?」
と念のため、そう聞いて採って来た薬草を見せる。
リーファ先生はそれを軽く確認すると、
「ああ。十分だ」
と言ってくれた。
ほっとして、食堂に降りていく。
すると、そこにはどんよりとした顔で、ドーラさんとリーファ先生以外の全員がそろっていた。
私は、いつもの席に着き、まずは、「コホン」と咳払いをする。
そして、みんなに真剣な眼差しを向けると、
「これはエデルシュタット家始まって以来の危機だ。リーファ先生の診立てでは少なくとも15日くらいは安静が必要らしい。みんな。苦しいだろうが、ここは家族の力の見せ所だ。一緒に乗り切ろう!」
とまるではっぱをかけるようにそう声を掛けた。
それぞれから、やる気に満ちた真剣な返事が返って来る。
私はそれを聞き、うなずくと、
「まず、メルとローズは掃除と洗濯を中心に頼む。マリーは繕い物と料理だな。朝食と夕食は私も手伝おう。メル、ローズ。昼は頼んだぞ」
と、まずは女性陣3人に声を掛けた。
そして、子供たちの方を向き直る。
子供たちはみな心配そうな顔をしていた。
当然だろう。
あのドーラさんが倒れてしまったのだから。
私はそんな子供達に向かってなるべく優しく安心させるように、
「リズ、ユーク、リア、シア」
とひとりひとり名前を呼びながら、語り掛ける。
そして、泣きそうな顔でコクンとうなずくみんなの顔を見て、
「家族全員の力でこの辛い状況を乗り切ろう。みんなもお手伝いしてくれるか?」
と聞いた。
「「「「うん!」」」」
と力を込めた返事が返って来る。
私はその返事を聞き、子供たちの成長を思って胸が熱くなるのを感じながら、
「ルビーとサファイアも頼んだぞ」
とうちの子2人にも声を掛けた。
「きゃん!」
「にぃ!」
とこちらも覚悟を決めたような返事が返って来る。
私はそれに大きくうなずくと、さっそく台所に向かってマリーと一緒に料理を作り始めた。
翌朝から本格的な試練が始まる。
私は仕事の傍ら、料理と全体の指揮を執った。
マリー、メル、ローズが中心になって子供たちの面倒を見つつ、家事を回す。
そして、それをうちの子達は一生懸命応援してくれた。
途中、
「もうずいぶん加減もいいですから…」
と言って普段の生活に戻ろうとするドーラさんを必死に止め、みんなで頑張る。
そんな日々が15日たったころ。
ようやくリーファ先生が、
「うん。そろそろいいだろう」
と言って、ドーラさんの回復を宣言してくれた。
ドーラさんが職場復帰したその日。
みんなで「家族セット」を食べる。
その「家族セット」は史上最高に美味しい「家族セット」になった。
「やっぱり、みんなで食べると美味しいね」
とユークが言ったのを皮切りにみんなの笑顔が食卓にこぼれる。
しかし、ドーラさんだけは困ったような笑顔で、
「ご迷惑をおかけしましたねぇ」
と何度目かわからない謝罪の言葉を口にした。
「何を言っているんだ。こういう時こそ助け合うのが家族だ」
と言って、ドーラさんに謝罪などいいと伝える。
「ええ。ありがとう存じます。でも…」
とドーラさんはまだ遠慮がちだ。
そんなドーラさんの横でリーファ先生が、
「ああ。まずは良かった。しかし、私も忸怩たる思いだったよ…あれは、安静以外、いまだに有効な治療方法が確立されていない難病だからね」
と言い苦笑いを浮かべ、ほんの少しうつむいた。
家族全員にまたしんみりとした空気が流れる。
私はその空気を何とかしようと思って、
「まぁ、でも無事復帰できたんだからよかったじゃないか。ああ、そうだドーラさん、後で体を柔らかくしつつ筋肉を鍛える体操を教えてやろう。なに寝る前にちょっとやるだけの簡単なやつだ。毎日やれば再発防止になるだろう」
と努めて明るい声でそう伝える。
すると、ドーラさんが笑って、
「ええ。是非お願いしますね」
と言ってくれた。
みんなにまた笑顔が戻って「家族セット」を食べる。
いつもの食堂にいつもの風景が帰って来た。
私はそのことを何よりも嬉しく思いながら、リーファ先生と競うように大盛りのナポリタンをすすり込み、ハンバーグを頬張る。
それを見た、マリーが
「まぁ、バン様ったら」
と言って笑い、またみんなに笑顔が広がった。
笑顔のこぼれた大きな食卓がいつにも増してキラキラと輝く。
こうしてこの「ドーラさんぎっくり腰事件」は無事終結の時を迎えたのだった。
新作もやってます。
「賢者はつらいよ」
https://kakuyomu.jp/works/16818093080045546070
よろしければ読んでやってください。
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