あれはいつの日かの帰り道
和尚@二番目な僕と一番の彼女。好評発売中
第1話
随分と昔の話です。
帰り道にまつわる、夏の怪談とでもいうものでしょうか。
そんな体験をここに残しておこうと思います。
でも、その話をする前に少しだけ、僕の一族について書くことにしましょう。
一族とは言っても、決して何かを守って継いできている一族とかそんな大層な話ではありません。
僕の母方、正確に言うと母方の祖母の実家が少しだけ変わっているという話です。
九州のとある田舎にその村はありました。
一番近いバス停までで40キロと少し。たどり着くためには、車一台分しか道幅がないようなぐねぐねとした山道を通り抜けて行く必要があります。
流石に今ではどうかわかりませんが、僕が子供の頃に訪れた大おじさんの家では、お風呂は薪と五右衛門風呂でした。子供心にワクワクしたものです。
そして、そんな村の、神主の家系が僕の祖母の実家でした。
小さな祠を祀る、神主。神社ではなく、祠なのですが、昔は八百万の神を祀るので、神主と呼ばれていたそうです。
嘘か本当かはわかりませんが、祖母の祖母は明治の時代に、物の怪を退治するというような、それってどこの陰陽師?という事をされていたよう。
ふふ、ちなみに全く信じる必要は無いですが。一つだけ豆知識を。
よく言われている『塩』と『酒』には、きちんと効果があるそうですよ。
お金をかけたお守りや、魔除けの御札なんかよりも、余程ね。
さて、こう書くと胡散臭さが半端ないですが、僕の祖母の家系の人は、所謂視える人がよく生まれる家でした。
神主の家だから、男家系なのですね。
ですが、男性よりも女性に、そういった能力はよく発現するそうです。
別に、そこから異能力バトルが始まるわけでも、霊媒の物語が始まるわけでも何でもありません。
淡々と、ただそういう者として、そこに居るだけです。
普通というのがどういう感覚か、あまりわかってはもらえない中で、割と伝わりそうなお話があります。
例えばですね。
皆さんは、真夏にスキーに行く格好をしている人を駅で見かけたらどう思いますか?
あるいは真逆、冬に、夏であれば普通の半袖Tシャツに通気性の良さそうなズボンの人を見かけたらどう思いますか?
少なくとも僕は、ネタだと思います。
そしてネタだと思うと、近くに友人がいたら言いますよね?
「あれ、何のネタなんだろうね?」
すると友人が言うわけです。
「え? どれのこと?」
そうですね。
それぞれ違う友人知人が何連続かとぼけているという可能性も勿論ありますが、別の納得もできるわけです。
あ、これ、
時々思います。
普通に季節感のないスーツを身にまとった、目立たない人がそうだったとしても、僕は気づかないかもしれないですね。
まぁ、だからといって何かができるわけでもありません。僕に出来るのは塩を包んだ物を懐に持っておくくらい。
さてさて、ここまではあくまで仮の話。前置きのようなものですね。
題材は『帰り道』ということですので、帰り道にまつわるお話に戻りましょう。
僕が子供の頃の話です。もう30年以上前になるでしょうか。
母の運転する車で、僕は妹と一緒に親戚の家に行っていました。間にはいくつかトンネルがあって、それなりに長い距離の運転だったのだろうと思います。
特に何も事件が起こることもなく、夕方、僕らは再び車で帰ることになったのです。
どういう状態だったのかわかりませんが、その親戚の中のおばさんも一緒に車に乗り。
母が運転、助手席にはおばさん、そして後部座席には僕と妹が座りました。
凄くどうでもいいですが、まだチャイルドシートは必須ではなく、僕らは普通にシートベルト、してたかな?という感じで座っていたように思います。
そんな帰りの車の中で、おばさんが話の中で言いました。
「この先のちょっと長いトンネルがあるやろう? そこ事故が多いんよね。何か居るんちゃうかって話やわ」
「ええ。止めてぇや。そういう話したら寄って来るかもしれへんやんか」
「ああごめんごめん、ちょっとそういえばと思うて、ネタにしてもうたわ」
そんな感じの会話がなされました。
別にそれで空気が冷たくなったわけでもなんでもなく。車は普通に走り続けます。
そしてトンネルに入りました。
体感的に結構長かったのですが、どのくらいの距離のトンネルだったのかはわかりません。
ただ、少し走って、何も出ないね、みたいなことを呟いたのを覚えています。
何故なら、その後すぐに。
『わぁっっ!!!!』
そんな声が車内に響きました。
勿論、
母は、今思えば凄いなとしか思えないのですが、何とブレーキではなくてアクセルを踏み込みました。後から聞いたところでは、何かヤバい気がしたとのこと。
そしてその後、背後で大きな音が聞こえました。
「え?」
僕は振り向くと、そこは何台かの車が事故を起こしていました。
死者が出るほどではなかったのかは定かではありませんが、子供心に、怖いと思いましたね。
そして、公衆電話だかで救急車を呼ばないと前の二人が言いながらトンネルを抜けて、僕は妹と言いました。
もしかしたらあの声って、助けてくれようとしたのかな、と。だとしたら良かったね、なんてことを言っていました。
――――その時です。
『……死ねばよかったのに』
間違いなく、そう聞こえました。
周りを見回しても、何もいません。後から聞くと、車内にいた全員に聞こえたそうです。
僕は、背筋が凍るような思いで、流れていく車窓からの景色を見ていました。
不思議と、道は全く覚えていないのに、赤い花が沢山咲いていたのはよく覚えています。
今思えば、あれは彼岸花だったのかもしれません。
あのトンネルには、こちらと彼岸を繋ぐ何かがあって、今も声の主はいるのでしょうか。
引っ越して、もう二度と訪れることもない地方、道すら定かではない記憶の中、僕は今、そんな事を思いだしています。
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