EP.2 “相棒”

「渚カエデ。20歳女性。強盗未遂と共謀、速度違反等危険運転だ」


カエデが連行されたのは無論、警察の取調室だった。無機質なコンクリートの一室に、机と手錠が固定された。「鎌田」と名乗る刑事らしい男がカエデの正面に座っている。白髪の混じる黒髪。シャツは手入れをする時間が無いのかシワがそのままだった。


「誰の指示で、誰の計画だったのか。一から洗いざらい話すんだ」


こういった取調では、大抵容疑者はシラを切ったり黙秘を続ける。しかし、カエデはここで口を開いた。


「いいさ。話してやるよ。ただ、お前とは話さない」

「誰だったらいいんだ」

「あのRX-7のドライバー。そいつを連れてこい。そいつと一対一ならいくらでも話してやる」


どう考えたって、あのドライバーは警察関係者だ。

自分を出し抜いたドライバーがどんな奴なのか、カエデは自分の目で確かめたかった。それ以外、今の彼女にとってはどうでもいいことだった。


「……いいだろう。上に掛け合ってみる」


少しの間思案している様子だったので結果断られるかと思いきや、意外にあっさり承諾した鎌田刑事は取調室から退室した。部屋にはカエデ1人が残される。

しばらくして、1人の長身の男が入室した。男は刑事のスーツではなくラフでカジュアルなポロシャツとジーンズという出立ちで、たった今昼食中だったと言わんばかりにブリトーを片手に持っていた。まるで警察関係者には見えないが、その異質さがそれらしかった。


「俺と話したいんだって?」


男はブリトーを頬張りながら取調の椅子に座った。

カエデは男の様々なところを注視しながら応えた。


「あぁ。お前の運転は見事だった。少なくとも、あたしが戦った中で最速だよ。セブンのチューニングも見事だ。載せてるロータリーエンジンはベニーズ23か?それとも25?」


男の顔に明らかな困惑と焦りの色が見えた。しかし、すぐに平然を取り戻した顔で答えた。


「……25だ」


カエデは軽く頷くと、机に固定された手で男が手に持っているものを指差した。


「ベニーズはそのブリトー屋の名前だ」


男がブリトーの包み紙を見ると、そこには「Benny’s Diner」のロゴが印刷されていた。

自分がカマにかけられたことに気づいた男の表情を見て、カエデは口角を上げた。


「ブリトー屋がエンジンを売ってるのか?」


こいつじゃない。偽物だ。

その瞬間、さっきの鎌田刑事がイラついた様子で扉を開け入ってきた。ずかずかと偽物ドライバーに詰め寄り、手に持っていたブリトーを取り上げた。


「奴を、本物の運転手を呼んで来い……ったく、しくじりやがって!」


鎌田刑事は運転手役の男を叱責すると、慌てて退室していく彼を追うよう出ていった。

騒がしい奴らだとカエデはため息を吐いた。


ふいに扉が開いた。

入室してきたのは若い男。本当に若かった。少なくともカエデよりも年下だろう。容姿は至って平凡だが、どこか「普通じゃない何か」を感じさせた。平凡の中に潜む非凡。


「幸運だった。君が取調室に招いてくれなければ、僕は1課に君を横取りされてた。彼らはどうしても、君を捕まえた手柄を得て一刻も早く豚箱にぶち込みたいらしい」


氷刃のような冷たさと、それが溶けるような柔らかさが共存する声だった。

ウルフカットで清潔な、若干茶色みのある黒髪。顔立ちはどこにでもいそうな整った顔立ちで、白色のシャツに黒色のラバージャケット、茶色のズボンという落ち着いた服装だ。青色の丸縁サングラスをかけている。


「渚カエデ。君はこの一件について、何も喋らなくていい」


彼は座席につくと、唐突に彼女へ切り出した。


「何?」

「僕たちは君を必要としている。だからこのままお縄につかれるのはごめんだ。君だってそうだろう?」


もちろん、彼女もここから出る方法があるなら出たかった。ただ、この国のムショ暮らしも悪くないだろうと諦めていただけで。そこに、彼はある提案をカエデに投げかけた。


「ここから出してやる。ただし、一つ仕事をしてからだ」

「そう来ると思ったよ。断る。あたしは誰の下にも就かない」


彼女は全てを自分1人で解決してきた。誰かの部下になることもなく、自分のやり方で。彼女自身そうありたかったし、これまでずっとそうしてきた。故に他人の下、よりにもよって事実上の敵である警察の下に加わるなど、彼女のプライドが許さなかった。

しかし彼は首を横振った。


「おれの部下になれ、と言ってるわけじゃない」

「なら何だ」

「おれの相棒になって欲しい」


危うく、彼女は聞き返すところだった。

あたしが相棒?警察官の?こいつの?


「警察官と馴れ合う気は無いか?無いだろうな。でも、そんな流暢なことを言ってられる状況じゃないってことくらい分かるはずだ」


カエデは大きく息をつき、椅子にあずけた体の力を抜いた。彼の言っていることは全て正しかった。


「曲がりなりにも僕たちは警察という国家機関の一部だ。バックアップ体制は整ってる。必要なものさえあれば、経費ですぐに用意できる」


カエデは仕方ないと言ったように肩をすくめた。


「なら、仕事とやらを始める前に一つ用意してもらおう」

「何だ?」


カエデは姿勢を崩し、口角を上げて答えた。


「Benny’s Dinerのブリトー」


——————————————————


「悪いな。ずっと取調室に幽閉されてて腹が減ってるんだ」


カエデは青灰色に染められた長髪をポニーテールに結び、具材がたっぷり入ったハムチーズブリトーに齧り付いた。警察署に併設されたBenny’s Diner。遅めの昼休憩で訪れた警官たちは、彼女を奇異の目で見ていた。それは彼女がこの店に訪れる珍しい部外者だからか、はたまた彼女が一人の女性として魅力的だからか。


にしてもこのブリトーセットはしばらくの間「断食」していたカエデの胃を満たすのには丁度良かった。ハムチーズブリトーにフライドポテトとドリンクが付いて手頃な価格で食べられるのはありがたかった。まぁ財布を持っていないカエデは払えないので、この男が奢っているわけなのだが。


「必要な物は経費で落ちるとは言ったが、さすがに昼食は自費だ」


人の金で買ったブリトーを無言で食らっていくカエデに呆れながら、男はトレーに乗ったフライドポテトに手を伸ばした。それを見たカエデはブリトーが入ったままの口で言う。


「あたしのだ」

「おれの金で買った」


正論である。

カエデは申し訳程度にトレーを自分の方へ引き寄せるが、彼は容赦なく一本また一本とフライドポテトを食べていく。


「それで、あたしのインプレッサはいつ返されるんだ?」


ブリトーを食べ終え、フライドポテトが無くなったトレーからドリンクを手に取ったカエデは、ストローでコーラを飲みながら聞いた。


「インプは押収された。捜査一家が調べ尽くした後お前に返却される予定だが、当分手放さないだろうな」


それを聞いたカエデは危うく吹き出すところだった。何とか飲み込み彼に捲し立てる。


「どうすんのさ!インプレッサが無いと仕事ができない。あんのクソ遅いパトカーを使うなんてごめんだ」


あのインプレッサは魔改造が重ねられ、中には違法改造も含まれていた。ただでさえ時間のかかるお役所の手続きは増える。


「君をパトカーに乗せる気は無い。乗せるには君が勿体無いしな。言ったはずだ。必要であれば何でも用意するって」

「それってつまり......」


彼は立ち上がると、氷刃のように冷たい無表情を、ほんの少しだけ和らげた。


「速いクルマが要るだろ?」

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Route NC1:Full Throttle 菊池玲生 @Kikuchi_Reo

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