もしも国ごとに感情のパラメータが見えちゃったら?

ちびまるフォイ

😀:25 😠:25 😢:25 😁:25

「……なんだろうこの数字」


まとまった休みができたので旅行でもいこうかとサイトを見ていた。

マップには海外の国旗が表示され、喜怒哀楽の4つの顔文字が並ぶ。


気になったので旅行サイトへ聞いてみることに。


「ああ、そちらの顔文字ですか?

 国別の喜怒哀楽の感情指数を数値化したものです」


「はい?」


「その国民がどの感情になっているかというものですよ。

 旅行先を選ぶ基準にしてください」


「それじゃこの笑顔マークは?」


「楽の感情が一番配分が多い国なんでしょうね」


「めっちゃハッピーな国ってことじゃないですか!

 それじゃバカンスはここへ行きます!」



喜:10 怒:10 哀:10 楽:70



国を占めている感情のうち「喜び」の比重が高い国へ向かった。

感情の比率が表示されていなかったら候補にもならなかったマイナーな国。


国に到着するやイケイケなミュージックが聞こえてきた。


「これはすごい……」


町はギラつくネオンが照らし、誰もが踊っている。


「ヘイブラザー、楽しんでいるかい?」


「いやすごいな……気圧されちゃったよ」


「見たところ観光客って感じだな、メーン?

 ここはいつもこんな調子だぜイエー」


「確かに楽しそうではあるけど……あっ!」


男と話して気を取られたすきに、

ポケットに入れていたお財布を別の人がかすめ取った。


「ど、どろぼーー!!」


「落ち着けよブラザー、たしかに財布は取られた。

 でもこの楽しい時間をもっと味わおうぜ」


「言ってる場合か! 早く捕まえなくちゃ! け、警察!」


「ポリスなら、そこのクラブで踊ってるぜ?

 警察なんてこの国じゃなんの意味もない。

 みんな楽しく暮らしてるんだから、それを邪魔するのは野暮だぜ」


「そんな……」


楽しい国は何もかもを楽しむ空気感でいっぱいだった。

それだけにどんな不幸があっても知ったこっちゃない。


明日どうなろうと、今この楽しい時間さえあればそれでいい。


「ここは……ちょっと違ったな」


またマップを開いて国ごとの感情配分を確認する。


「楽の感情が多い国は俺には合わない。

 やっぱり喜びの感情が多い国が一番いいはずだ」


今度は「喜:70」の国へと逃げるように移動した。

空港に到着してももうクラブミュージックは聞こえない。


「静かだし、みんな笑顔だし、これは良さそうだな」


町を歩けばすれ違う人がみんなにこやかに挨拶してくれる。


「あら、観光客の方ですか。素敵ですなぁ」


「ああこれはどうも」


「ここはあんまり人の出入りが多くないから

 あなたみたいな方が来てくれるのは嬉しいですよ」


「でへへ……」


「その服も似合ってますなぁ。うちの国じゃあまり見ませんし」


「そんなこと言われたの初めてですよ、嬉しいです!」


国どころか、自分の中の感情も「喜」の比率がぐんぐん急上昇。

この国ではみんなお互いを褒めて気分をよくしてくれるらしい。


自分以外の人もみんなお互いをニコニコしながら褒めていた。

誰ひとり文句や愚痴を言う人はいない。


「この国は最高だなぁ。もうこの国に移住しちゃおうかな」


生活しているだけで自己肯定感があがるって最高だ。



けれど、初日の感動は時間がたつにつれ徐々に違和感へと変わり始めた。


レストランで食事をしていると、ウェイターがにこやかに褒めてくれる。


「あなたはよく食べますね。見ていて気持ちがいいですよ」


「あ、ありがとうございます……」


褒められすぎたせいか、何を言われても嬉しいよりも裏の意味をさぐってしまう。


賛美の言葉でカモフラージュされているが本当は

"いつまで食ってんだよ。さっさと片付けさせろ"という意味ではないか。


そんなふうについ勘ぐってしまうが、真実はわからない。


「あの……さっきの本音、ですよね?」


「ええ、もちろんです。当然でしょう?」


ウェイターは素敵な笑顔で答えてくれる。

その笑顔が本当なのかウソなのかわかりっこない。


一度疑い始めたらきりがない。

本音なのかウソなのか。


たしかにみんながお互いを褒め合うので「喜び」の感情は多いかもしれない。

けれど、その裏にある疑心暗鬼のストレスはどの国よりも多い。


「この国も合わないなぁ……。やっぱり本音が一番」


今度は「怒」の感情がもっと配分多い国へ行ってみることに。

怒りは一番本音に近い部分が出ているはず。


この国なら等身大の自分をありのまま出すことができるだろう。


飛行機が怒の国へ到着すると、もうすでにケンカが起きていた。


「俺のほうが先に降りるんだ!!」

「うるせぇ! 俺のが出口に近い!」

「お客様! 騒ぐならぶっ飛ばすぞ!!」


この国では怒りの感情を発散する施設がいくらでもある。

それだけにどの人も感情のリミッターがめっちゃ低い。


雨が降っただけでブチ切れる人もざらだ。


「さ、さすがにこれは無理だ……!」


早々に選択をミスったと引き返し、今度は「哀」の国へと向かった。

今度は「怒」の国のように暴れる人も少ないし安心だ。


「哀」の感情がもっと多い国へ到着すると、

空はどよんと曇っていて、町も灰色ばかりだった。


「うわぁ……」


行き交う人は今にも自殺してしまいそうなほど絶望していた。

誰もが哀しい気持ちになっているので、治安は驚くほど良い。


葬式の帰りに犯罪をはじめようという人が居ないのと同じで

この国では空気感的にモチベーションを保つのが難しいのだろう。


「だ……ダメだ、この国に長居したら心が病んでしまう!」


哀の国も短い滞在で終えてしまった。

これで世界の喜怒哀楽それぞれの感情が最も高い国を回りきってしまった。


どれもしっくりくるものはなかった。

どこの国も一長一短で、その長所も短所も極端なものばかり。


「はあ……自分にベストな国ってどこなんだろう……」


国別の感情配分をだらだら見ながらため息をついた。

その中できわだったものがふと目にとまる。


「この国……えらく喜怒哀楽のバランスがいいぞ?」



喜:25 怒:25 哀:25 楽:25



その国ではどの感情も同値でバランスが良い。


「思えば、どの国も極端なものばかりだった。

 人間にはいくつもの感情あるんだから、

 感情のバランスが取れている国が一番だ!」


すべての感情バランスが取れているなら、

きっとこの国ではみんな人間らしく喜んだり怒ったり悲しんだり楽しんだりしてるはず。


国の感情で大事なのはどこが一番優れているかではなく、

どれだけバランスが取れているかが一番大事にすべきなんだ。


「よし、さっそく行ってみよう!」


どの国よりも感情バランスが整っている国へと向かった。


その国は感情バランスがいいからか、町はきれいだった。

派手に怒ることも、絶望に哀しむ人もいない。


みんな無口で静かな国だった。


「あ、あれ? なんか思っていたのと違うな……」


もっと人間らしい国を想像していたが、

いざ到着してみると、誰もがロボットのような顔をしている。


心配になってすれ違う人を呼び止めてしまった。


「あのう、あなたはロボットですか?」


「は? いえ違いますよ。人間です」


「ああよかった。実は感情バランスが整っているからこの国へ来たんですが……」


「はあ」


「来てみたらイメージと違ってて。

 みんな感情がなさそうにしているのは理由があるんですか?」


その質問に対し、その国の人は不思議そうに答えた。


「感情を人にぶつけるなんて……。

 そんなことするのは人間じゃないですよ」


その顔にはまるで感情がこもっていない顔をしていた。

この国ではみな同じ冷たい顔をしている。


やっと理解できた。

なぜこの国がもっとも感情バランスが良かったのか。


「そもそもどの感情も出していないだけだったんだ……」



どうやらその国は日本ニホンというらしい。

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