30話 思い出の痕跡

 行商市場は早朝より活気付いていた。

 そんな中、人混みを縫うように女中と少年は手を繋ぎ、どこにも立ち寄ることなく宿へ向う。


 身体が重たい……


 アルメニアが身体への負担を最小限に抑えていたものの、1年間も怠けていたジオラスの身体が耐え切れるハズもなく、内側はボロボロだった。

 時間と共に蓄積されていた魔導力が抜けていく、試合の直後はなんとも無かった身体は、既に歩いているだけで身体が軋む様に痛んだ。

 ジオラスの足取りは宿に近づくにつれて悪くなっていく。


 ジオラス様がこの様になるまで戦われるなんて……


 ジオラスが真面目に稽古場へ通っていた時でさえ、こんなにも疲弊した姿を見たことがなかった。


 ローナス家の少年と戦って、傷どころか大した汚れ一つ無いというのに……


 身体中が痛いのだろうトボトボと歩く姿にエセンは心を痛める。

 だが、そんなエセンの気持ちを余所にジオラスは…………空腹感に襲われていた。

 

 行商市場に食品も多く並べられている所為なのか、良い香りが空腹感に拍車を掛ける。

 目を閉じて、エセンに手を引かれるままに歩いていると、どこかで油豚アジークを焼いているような芳ばしい良い香りが漂ってくる。

 あの食べ飽きた油豚アジークの燻製にでさえ、今すぐにでも噛り付きたい。


 お腹空いた……


 



 エセンが扉を開けた音を聞き安心したのか、ジオラスは力尽き、崩れ落ちる「――っ!?」エセンは倒れこむジオラスを上手く抱きかかえ、急いで借りている部屋へと運ぶ。

 

 部屋ではメルテムとルズガルが行商市場で購入した品を整理していた。

 2人はジオラスの様子を見ると驚き、駆け寄った。

「メルテムとルズカルは清拭せいしきの用意を!」とエセンから指示を受け、迅速に行動へ移る。

 

 エセンは寝台へ優しく降ろすと、ジオラスの装備を外せるだけ外し、回復魔導術を施しながら、優先して治療しなければならない箇所を探る。

 

 ガルド様と相対した時と同じだ……内部だけで見れば以前よりも損傷が酷いかもしれない、体内の魔導回路を無理にこじ開けられた様な…………両腕と、右脚……一体何をしたらこんな……


 現状のジオラスが発揮できる能力で請け負える魔導力量ではない、自身の魔導力で内側を火傷しているような状態だ。



「――エセン…………お腹……」と、か細い声がかろうじてエセンへ届く。


「ジオラス様大丈夫ですか?!――お腹が痛いのですか!?」





「…………お腹が空いたよ」




 

 予想外の言葉に女中3人は手を止め、しばらく固まった。



 メルテムとルズガルは聞き間違いじゃないよね?という表情で互いの顔を見ると、静寂の中「――クフッ」っと最初に吹き出したのはメルテムだった。それにつられてルズガルも笑い出す。

 小さく咳ばらいをして「笑い事ではありませんよ?」とエセンは言うが、少し笑うのを我慢している様だった。

「そうだよルズガル、笑い事じゃない」

「えぇ!?最初に笑ったのはメルテムさんじゃないですかー!!」

 

 そんな3人の様子を見たジオラスも微笑む、まるで屋敷に帰ってきたようだ。

 ジオラスにとって彼女たちは家族と同等、過ごした時間でいえばそれ以上の関わりだ。この4人が一緒なら本当に帰らなくても、いつだって帰れるのだ。あの頃に、全てが詰まった大樹の麓へ――

 




*********************





「――木ばっかりで、よくこんな何もないところに住んでるよなぁ……うわぁ……本当にこんな古臭い屋敷に住んでたんすかぁ??」


「まぁそう言うな、辰巳の風が余生を過ごした場所だ。ただの古屋敷ではないのだろう……」


 アルゾワールの外れ、大樹の麓の古屋敷の調査を担当する対魔部隊ウィッチアの10名が現地へ到着した。


「タツミノカゼ?だか何だか知りませんけどね。故郷でもないのに、こんな場所を最後に選ぶなんてどうせロクな奴じゃないっすよ!」


「相当腕の立つ冒険者だったという話を聞いたことがあるが――」


「それなら帝国騎士にならなかった臆病者ってだけっすよ! ルディアの騎士バルサ・ソイルも逃げてるだけだし……異名ってのは誇張でしかないっすねぇ」


「あぁ――実際、ルディアの騎士なんて異名がなければ奴は騎導部隊オベイロン上級一等に値しない」

 



「クリスパ下級二等、カスティ下級一等、私語を慎め!――では予定通り、各自調査を開始しろ!」


 クリスパ・ドルテニア下級二等、カスティ・アロー下級一等は指示通り古屋敷内の調査へ向かうも、クリスパ下級二等は不満を垂れる。

「あーあ、エンディカさん、上級が自分だけだからって張り切っちゃってるっすねぇ……俺も大樹か地下の調査をしたかったっす」


「重要調査は本来、上級騎士の役目だ。来られただけでも有難い」


 クリスパ下級二等はやる気なさげに「そうっすけど……」と呟き、古屋敷の扉をゆっくりと開けた。真昼だというのに大樹の影で薄暗い。

 彼は「灯れノトープ」と唱えると、広間の開けた天井に魔導術の明かりが灯る。

 屋敷内の惨状に大きなため息を吐き、「なんでこんなに荒らしちゃうかなぁ」と視線を落とす。


警備部隊スベインのやることは野蛮だな」カスティ下級一等は膝が地面に触れないようにしゃがむと、周囲に散らばる物体から魔導力の痕跡を探り始めた。


 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

メトシエラの剣 赤坂七夕 @akasakatanabata

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ