監視モニター

西順

監視モニター

 もう何年も家から出ていない。所謂引きこもりと言う奴で、家族がいる時間帯は部屋に引きこもっている。やる事と言えばPCのモニターに齧り付いて、ネットの海に揺蕩うくらいの事だ。


 僕が引きこもりになった理由は、この物語にさして重要ではない。凡百な引きこもりと大差ない理由だ。それよりもモニターの向こうの話をしよう。


 僕は最近、モニターの向こうを覗き見るのが日課になっている。何を当たり前の事を? と思うかも知れないが私が言っているのは監視モニターの向こう側の事だ。この場合は監視カメラと言った方が良いのか。済まない、誤解させてしまったかな? どうせ僕は日本語に不慣れなんだ。


 何であれ、僕の日課は監視モニターの向こう側をモニターする事だ。映っているのは何処にでもある商店街。アーケードがあり、シャッターの降りた店が連なる寂れた商店街だ。


 そんな場所に何故監視モニターが必要なのか? それは僕にも分からない。何せこの商店街に監視モニターが設置されるようになったのは、僕が引きこもってからだからね。知り合いの惣菜屋のおばちゃんに尋ねる事も、今では出来ない。どうせ商店街の商会長をしている本屋で万引きでも横行しているのだろう。あの店は昔から万引きが多かったから。


 何であれ、僕の日課は監視モニターの向こう側、僕が引きこもりになるまで通っていた学校の近くにある商店街のモニターだ。別にモニターにハッキングして覗いている訳じゃないよ? 最近ではこう言ったモニターの映像をオープンにネットに流し、僕みたいな暇人に監視させるのが流行っているんだ。商店街の人たちは商売するのに忙しいからね。……多分。


 それは4月の映像だった。モニターの向こう側は遮光カーテンで窓を塞いで真っ暗な僕の部屋と違って、明るい朝だった。そしてそんな朗らかな映像の中で、きっと新一年生であろう少女が、制服を着ながら商店街をスキップで横切っている。あ、コケた。そんなおっちょこちょいな女の子とモニター越しに出会い、僕はこの子に興味を持つようになっていった。


 商店街の監視モニターにはズーム機能が無いので、彼女がどんな顔をしているのかははっきりとは分からなかったが、長めのボブカットでいつも商店街の人たちに挨拶していたから、見れば一目で彼女と分かった。


 彼女はいつも明るかった。僕と違って友達も多いようで、学校帰りに惣菜屋でコロッケを買い食いするのが日課な子だった。同時に、何かの部活動に入部したらしく、一人で帰る事も多かった。


 春が過ぎ、夏となり、秋を経て、冬を越し、新一年生だった彼女は二年生となっていた。その間、僕が部屋から出るのは、家族が外出中に風呂に入る時くらいだった。自分と彼女との違いに、僕はいつまで引きこもっているのだろうか? 両親だって僕より先に死ぬんだ。そうなったらどうする? と僕は段々と打ちのめされていった。


 そんなある日、見てしまったのだ。彼女が同じ学校の制服を着た男子と並んで歩いている所を。その時になって僕は、彼女に仄かに恋心を抱いていたのだと自覚した。しかし所詮モニターの向こう側とこっち側。繋がる事はない。俺はこの恋を諦める事とした。横の男よ! 彼女を泣かすような事をすれば、俺のショットガンが火を吹くぜ!


 彼女と男の交際は、最初こそ順調だったが、それは最初の一、二ヶ月程度の事だった。ある日、彼女たちは商店街の入口で大ゲンカをして、それ以来一緒にいる所を見なくなった。別れたのだろう。


 彼女の方に未練は無く、それまでと変わらず商店街を行き来しては、明るく商店街の人たちと挨拶を交わしていた。問題は男の方だ。どうやら男は粘着体質だったらしく、別れたと言うのに、何度となく彼女に話し掛けたり、彼女の後を尾行する姿を、監視モニターは確認していた。


 そしてそれは、起こって欲しくないと言う僕の願いを虚しくぶち壊し、起きてしまった。


 その日の彼女の帰りはいつもより遅かった。商店街に人通りはなく、開いている店は本屋くらいのものとなっていた。その本屋もそろそろ店仕舞いの時間。彼女が本屋を通り過ぎた所で、男は行動に出たのだ。懐からナイフを取り出し、ゆっくりと彼女に迫る凶漢。


 どうする!? 出来るならここから彼女の元に今すぐ飛んでいきたい。だがそんな事は人間には不可能だ。ならば可能な手段を実行するだけだ。僕は万が一にもこう言った事態になる可能性を想定して、事前に昔本屋で買った時の紙袋を探し出しておいた。そこに記載されていた本屋の電話番号に電話を掛ける。


「はい?」


 本屋の主人は不機嫌さを隠そうともしなかった。


「オジサン! セバスティアンデス!」


「おお! セバスか! イギリスに行って以来だな! どうした?」


「監視モニターヲ見テクダサイ! 女ノ子ガ男ニ襲ワレソウデス!」


「何だって!?」


 僕の話を聞いた本屋のおじさんは、すぐに本屋から出てくると、手に持ったほうきで、彼女の後をつけていた男と対峙した。それに驚き一目散に逃げ出す男。どうやら僕は彼女が傷付く場面を見る事なく済んだようだ。


 その後、おじさんから警察に通報が入り、男は逃げ込んだ自宅で逮捕された。


「ありがとうございました!」


 僕の部屋のモニターの向こう側で、彼女が朗らかな笑顔をこちらへ向けている。感謝の気持ちを伝えたいと、PCのカメラ越しにお礼を伝えてくれたのだ。彼女はとても可愛らしい容姿をしており、成程、ストーカーが生まれるのも納得の美少女だった。


「イエ、怪我ガ無クテ良カッタデス」


「あの、セバスお兄ちゃんだよね?」


 首を傾げながら頷き返す。本屋のおじさんが僕の名前を教えたのだろうか?


「私、隣りに住んでたヒナタだよ!」


「エ? ヒナタ?」


 僕が知っているヒナタは、もっとずっと小さかった。でも確かにあの頃の面影がある。行動も、ヒナタが成長したら丁度あんなに感じだっただろう。


「今回の事、本当に感謝しているんだ! だから私、セバスお兄ちゃんに直接感謝を伝えに、今度イギリスに行くね!」


 何だって!? 突拍子もない事を口走るヒナタ。あの子はこうと決めたら絶対に行動する子だ。ヒナタがイギリスまで来るのは確定だろう。


「じゃあ、イギリスで!」


 ヒナタは勝手に締めて、通話は終わってしまった。どうしよう? どうしよう? 引きこもりである事実をヒナタに明かすのは、こんな僕でもプライドが許さない。ヒナタがイギリスに来るまでに仕事を探さないと。…………まずは出来そうな在宅ワークから探そう。

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