サンタ・クローズ

渡貫とゐち

膨大な作業量

「みはるー? イタズラばかりしないのー」


 母親の声に気づき、ささっと冷蔵庫の前からリビングの机の下へ隠れた少女がいた。

 八歳の彼女はおやつの時間を待てず、少しだけおやつをつまみ食いをしようと、冷蔵庫に手を伸ばしたのだが、ベランダで洗濯物を干している母親に見つかってしまったのだ……。

 なぜ、どうして。と、八歳のみはるは、自分の作戦が完璧だったと思い込んでいるがゆえに、失敗に大きな衝撃を受けていた。ベランダからこの場所は死角になっているはずだけど……。


 机の下からベランダにいる母親の様子を窺うと、こちらを指差し「見ーつけた」と母親が確実に自分を把握している、ということをあらためて実感させられる。

 机の下から観念して出てきたみはるが、


「どうして分かったの。だって、ベランダから見えないはずなのに……」


 体を乗り出せば見えないこともないけれど、たくさんの洗濯物のおかげで目隠しにもなっているはずだし、干す作業に集中して、みはるの行動を咎める余裕もないだろうと思っていたが……。


「見えなくても分かるわよ、だっておかあさんだもん」


 言われても、納得がいかないみはるである。

 眉をひそめて、分からないことに不快感を露わにした表情だ。


「見えないなら分からないと思う」


「まあ、決定的な瞬間を見たわけじゃないけど……、おかあさんがベランダにいく前に、しつこく『洗濯物、干さないの?』って聞いてくるし、冷蔵庫の前でうろうろして、ベランダとの距離感とか、死角を探るような動きをしていれば、これからするだろうことが分かるわよ。事前準備はおかあさんの目がないところでするべきだったわね」


 目は口程に物を言うように、事前の行動が目的を吐露してしまっていたようだ……準備万端が仇になったのだ。


「むう」

「おやつの時間まであと少しなんだから、がまんしてなさい。そういうイタズラばかりしてると、サンタさんがきてくれないわよ?」


 十一月下旬。

 来月は一年の中でも特に大きなイベントである、クリスマスが待っている。


 当然、サンタクロースの存在を、みはるは信じているし、毎年、枕元にプレゼントが届くので、今年もそうだろうと思い込んではいるが……悪いことばかりしているとプレゼントが届かない――どうやらそういう仕組みになっているらしいのだ――……でも。


 サンタクロースは、どうやって良い子、悪い子の判断をしているのだろう?


「成績表を送ってるの? サンタさんは海外の人なんでしょ?」

「え? …………ああ、まあそうね、毎年、送ってるの」


 母親は洗濯物を干しながら、みはるの純粋な質問に答える。

 さすがに、ネタバラシをするのは早いだろう、と思っているので、サンタクロースの設定は守らなければならない。


「通知表よりは……おとうさんが書いてた履歴書みたいなもの? 顔写真がないと成績と子供の顔が一致しないもんね」


 顔と成績が一致しなければ、良い子だったのにプレゼントを貰えなかった子供が出てきてしまう。だからそこは徹底して、紐付けで管理しているはずなのだ……。

 サンタクロースが個人でやっているのか、それとも別の組織が管理しているのかは、みはるには分からなかったけれど。


 準備期間が一年もあるなら、サンタクロース一人で作業をしているのだろうか……、春夏秋は暇なのだから、組織に委託してしまうと暇な時間が増えてしまうだろう……――それが悪い、と言いたいわけではないが。


 冬だけ活動すると、鈍った体を急に動かすことになる。だから一年通して、少ない物量でも働いているべきだ、と考えた方が良さそうだ……。

 それに、サンタクロースも高齢だ、年中動いていなければ老化する速度も早くなっていく気もするし……。

 恰幅が良い体は、年中怠けていたせいで膨らんだ姿だった、ではないことを祈ろう。


「……でも、成績表は冬に集中するよね……」


 早くても十二月の頭くらいだろうか。

 一年の成績なのに、まさか十一月や十月に送っている親はいないはず……、記載された情報が良い子だったとしても、十一月、十二月に、ものすごく悪いことをしたかもしれないし……。

 その場合、不当にプレゼントを貰う子供が出てくるということでもある。

 一年の評価なのに、一ヵ月も二か月も不足した成績表を渡すのは不正である。


 そうなると、十二月二十四日までの成績を送るべきなのだろうけど、しかし集中して成績表が送られてくると、サンタクロースの作業量が膨大になる。

 別の組織に委託したとしても……、それでも時間が足らなさ過ぎるし――。

 同時に、プレゼントも用意しなければならない。


 用意して、梱包して――それが二十四日のことだ。

 そして本番が二十五日――。

 世界中の子供たちにプレゼントを届ける予定なのだけど……あれ? ――無理じゃない?


「…………」

「みはる? 考え込んでどうしたの?」


「……サンタさんは、もしかして、最初からプレゼントを渡す子供を選別しているんじゃ……?」


 じゃないと間に合わない。

 サンタクロースが、百人や千人いたならまだしも、二桁程度の人数では作業の物量が多過ぎて処理できないはずだ――。

 だから、成績表を見て、確認し、プレゼントを用意し――という手間をかけないために、今年はこの子のところへプレゼントを届ける、と決めているのではないか。

 もしかすると、届く子供は毎年届いて、届かない子供には毎年、絶対に届かないのかもしれない……――良い子も悪い子も関係なく、サンタクロースの裁量一つで決められている……、去年プレゼントが届いたから今年も届くだろう、と思うのは、早計かもしれない。

 サンタクロースの裁量一つなのだ、面倒だからやめた、という気まぐれもあるだろう。


 つまり、サンタクロースが『来るのか来ないのか』、と、こっち主体で考えるのではなく。


 サンタクロースが『行くか行かないか』に、委ねられているのでは……?

 良い子だから来るでも、悪い子だから来ない――は、関係ない。


 サンタクロース次第なのだから。


「……悪い子でも関係ないなら、おやつのつまみ食いをしてもいいんだよね?」


「どんな結論が出たのか知らないけど……、切羽詰まったわけじゃないならしない方がいいわよ。それに――もうおやつの時間だから食べてもいいわよ。時間前のつまみ食いが美味しく感じるのは分かるけど――その後ろめたさがないのは、やっぱり気が楽でしょう?」


 洗濯物を干し終えた母親がベランダから部屋の中へ。


 手作りケーキを親子で食べながら、みはるの推測を聞いた母親が答えた……まあ、正解ではないだろうけど。


 そもそもサンタクロースはいないので、不要な推測でもあった。


 だが、うちの子は天才かもしれない、と考えるきっかけにはなったようだ。


「確かにみはるの言う通り、作業量が凄いことになってると思うけど……手作業じゃないでしょう?」

「あ」


「成績表だって、パソコンに取り込んでしまえば管理できるし、プレゼントも必要なものを持ってくるのではなくて、最初から必要なものを予測して置いておけば、梱包するだけだし。梱包だって、機械に任せてしまえば楽だわ……もしかしたら、サンタクロースは冬も暇なのかもしれないわね――年中怠けている。だってプレゼントを運ぶのだってトナカイなのだから」


 それに。


「枕元に置いておくのはおかあさんだけど、プレゼントは扉の前に置き配されてるから――もっと楽をしているわよ、サンタさんはね」


 こう言っておけば、万が一、枕元に置く途中でばれても言い訳ができる。


 サンタクロースは置き配をしていったわよ――と。



 ―― 完 ――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

サンタ・クローズ 渡貫とゐち @josho

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ