短編 はじめての劣等感

WEBキャンペーン特典SSの再掲です(レーベル様許諾済)。

セリカが初めて妹に劣等感を抱いた時のお話。














 Unityはカレンに翼を与えた。

 私にはその翼はなかった。


 私、黒瀬セリカと双子の妹であるカレンは生まれつき頭が良かった。

 血というよりは突然変異だろう。父も母も学業から早々にドロップアウトしたタイプの人間だからだ。

 一般的に「ギフテッド」と呼ばれる。神から授かった才能――そんな意味だ。

 保育園児のころにはすでに私もカレンも小学生レベルのテストなら解けたし、知能指数テストでも群を抜いて高い数字を出していたらしい。

 答え合わせの結果は見ていないから詳しいことは知らないし興味もないが、「何が難しいのか、これを解けて何が凄いのかもわからない」。そういう感想を抱いたことは覚えている。

 私とカレンは同じ顔をしているから、能力も同じだろうと思われがちだが、当然、私とカレンは別の人間だ。同じ能力だなどということはありえない。


 ――初めて私がそのことに本当の意味で気付き、妹に対して劣等感を抱いた時のことは、今でもハッキリと思い出せる。

 カレンがUnityというソフトを見つけてきて、2人でそれぞれ別のゲームを作った時。

 プログラム言語自体は、もっと小さい頃から触り始めていて、最初はどちらかというと私のほうが得意だった。だが、ゲーム作りでカレンの能力は覚醒した。


 それまでは、なにをやらせても私のほうが少し上手で。私にとっては、カレンはちょっと抜けたところのある可愛い妹だった。

 少なくとも、あの時まではそうだったのだ。

 でも違った。本当の天才はカレンのほうだったのだ。

 完成したゲームの評価は、私のものとカレンのものでは段違いだった。

 まだ荒い部分はあるにせよ、彼女の作ったものは独創性に富み、販売に出してみたらあっという間に話題になり、インディーゲームながら、子どもが手にするには桁外れの金額を稼ぎ出してしまったのだ。

 これは――その時の話。


 ◇◆◆◆◇


「ねぇねぇ、セリカン。これ知ってる? ゲーム作るプログラミングソフト、タダで使えるんだって」

「どれどれ? へぇ……プロと同じ環境なんだ。面白そう!」


 妹のカレンが見つけてきたのは、Unityという総合ゲームエンジンで、個人でもインストールして使うことが可能ということだった。収益別に利用料金が決まっており、なんと年商10万ドルまで無料とある。事実上、無料で使い続けられるのと同じだ。


「ふぅん。プログラミング言語はC#だって。これなら私たちでも作れるんじゃない?」

「作れる作れる。すでにちょいと触ってみたけど、問題なのは画像作成くらいだニェ」


 プログラミング自体はすでに触っていて、遊びでアプリを作ったりはしていたから、カレンが言うように問題になるのは画像ぐらいだろう。音楽はフリーのものを使えばいいし、どういうゲームを作るかはこれから考えればいいのだ。

 いや、画像だってフリー素材を組み合わせれば問題ないかもしれない。

 自分で考えたゲームを作る。そのことに私はワクワクした。カレンも珍しくテンションが高い。私もゲームは好きだが、カレンは私よりも熱中してやりこむタイプだから、なにか作りたいゲームのアイデアがあるのかもしれない。


「ゲーム作りか。確かやってみたかったんだよね。これから夏休みだし、ちょうどいいな」

「でしょでしょ~? いっしょに作る?」

「ん~、せっかくだから一人で作ってみよっか。触りながら一通り覚えたいし」

「りょ~~」


 私たちはそのときすでに、それぞれ高スペックなPCを持っていたし、ゲーム作りも初心者が作るようなものなら全く問題がなかった。

 私はインディーズゲームや古いゲームのことを調べ、どういうゲームが売れているのかを調査し、人間がどういうゲームを面白いと感じるのか、その原則に従って、キャラクターが行動する度に報酬が発生するようなゲームを作った。

 かわいい半裸の女の子が魔物を倒しながら少しずつ装備を調え、魔法を覚え、成長していく横スクロールアクションゲーム。

 キャラクターのドット絵以外は全部無料配布のものだけで作れたから、意外と時間はかからず、調整やデバッグ作業も含めて1ヶ月で完成させることができた。

 兄や、ナナミ姉さんにも好評で、私は自信をもってこのゲームをインディーズゲーム市場へと投げた。

 一ヶ月分の働きとしては十分なお金を稼ぐことができたが、これは横スクロールアクションで、表記言語を選べたことが理由だろう。日本よりも海外で少しだけ売れた。

 ランキングは下の下に一瞬乗る程度のもの。それでも小学生の私は鼻高々だった。世界を相手に自分の作ったものが認められた。確かにそう感じたものだ。


 一方カレンのほうはというと、ゲーム開発に没頭しながらもなかなか完成せず、結局半年はずっとかかりきりだった。

 どんなゲームを作っているのか――私は知らなかった。カレンが「秘密だみょん」などとはぐらかしていたからだ。

 私はというと、前作の反省点を踏まえた新作の開発に着手し始め、それに夢中になり、カレンがなにをやっているのかあまり気にしていなかった。


「できたぁ~~~~」


 カレンは雄叫びを上げてマスターアップの宣言をしたのは、冬休み直前のことだった。

 正直に言えば、彼女のゲームに期待をしていなかった。

 私よりも少し不器用な妹の作るものだ。

 かわいいけれど不親切で、味はあるけど不可解な、そんな――人を選ぶものに仕上がっているだろうと、私は半ば確信していたのだ。

 そして、その確信はある意味では正解だったと思う。

 断言できないのは、彼女が作ったゲームはそういう次元で語られるようなものではなかったからだ。


「それで、どういうゲームを作ったの? アクション? シューティング? 意外とパズルゲーとか?」

「ジャンル? んん~~、なんだろ。俺TUEEEEシミュレーションかニェ~?」

「俺ツエーシミュレーション? なにそれ」

「まあまあ、ものは試しよ。ちょっとやってみて」


 私はカレンのパソコンの前に座り、その作りたてのゲームアイコンをクリックした。

 簡素な黒塗り画面に浮かび上がる「wonderful after life」の文字。

 NEW GAMEならぬ、NEW LIFEをクリックするとまたもや簡素な画面へと移った。


<あなたの本名は?>


「あっ、ここはちゃんと本名を書いて」

「じゃあクロセ・セリカ……と」


 そう打ち込む画面はまた暗くなり、明朝体で言葉が浮かび上がってきた。


<セリカ……セリカ……目覚めなさい。清浄なる魂よ……新しい世界へと旅立つ前にいくつかの質問をします……。嘘偽りなく答えるのですよ……>


 その後、かなり多くの質問が繰り出された。

『性別』『年齢』『職業』『恋人の有無』『結婚歴』『好みのタイプ』『勇者パーティーなら自分はどれ』『お金とやりがいならどちらを優先するか』『仕事は好きか』『学校での成績は』『好きなスポーツは』『死ぬならどんな死に方がいいか』『一番嫌な死に方は』『コツコツ頑張るタイプか、一夜漬けタイプか』『好きな色は』『この中で一番好きなゲームは』『詠唱魔術と無詠唱ならどっちが強い?』『好きな魔物は』『好きな魔法は?』などなどなどなど。


「めっちゃ質問多いな!」

「まあ、ここがこのゲームのキモだからニェ~」


 いや、余裕で100問くらいあるんじゃないの? 選択式だからいいけど、それにしてもすごい量だ。

 質問が終わると、いよいよゲームがスタートした。


 ゲームは端的に言えば、RPGだった。

 だが、ゲーム画面は驚くほど簡素で、ほとんどが文字情報だ。テキストノベルとRPGを合わせたようなもので、まるで一冊の小説を読んでいるようなイメージでゲームを進めることができる。

 主人公である「私」はクロセセリカが死後転生した姿で、赤ちゃんの状態からスタート。貧しい村の村長の家の娘であり、上に2人の兄。下に1人妹がいる設定。

 自力でなんとか魔法を覚えて強くなり、村に現れたゴブリンをその魔法で倒して――


「……なんか前に読んだファンタジーマンガの筋と似てない? これ」

「うんうん。この展開になるのはすごくセリカンらしいニェ~」

「どうゆうこと?」

「とりあえず、セーブしてまた最初からやってみて」

「はぁ? まあいいけど……って、え? また、あの質問攻めを?」

「そだニェ~」


 とはいえ、あの100の質問がゲームのキモというくらいだし、仕方がない。


「あ、今度は自分のことと思わずに、好きに答えてみてちょ」


 私は言われるまま、今度は性別や年齢など嘘を交えながら適当に質問に答えた。

 すると――


「えっ、ぜんぜん筋が違うじゃない」

「ふへへ、今度は悪役令嬢転生を引いたみたいだニェ~。王道展開が続くのは、セリカンの人徳の成せる業というやつかも」


 私はさる王国の公爵令嬢で、王子様から婚約破棄を言い渡されていた。

『な、なぜ⁉』と『わかりました』の2種類の選択肢が出たので、わかりましたを選んだら、主人公が「せいせいしましたわ! これからは自由ですわ!」などと叫んでパーティー会場から脱出。馬車に乗って家に戻ってしまうではないか。

 その後は、自由になったからやりたいことをやるんだとばかりに、領地の開拓をしたり、冒険者のイケメンと知り合ってパーティーを組んでダンジョンに潜ったりした。

 主人公である私のスペックはレベル1とは思えないほど強く、ゲームとしてはめちゃくちゃヌルいのだが、いちいちパーティーメンバーが驚いてくれるのが、なかなかバカバカしくて楽しい。

 とはいえ、初回プレイとはこれは全く違う筋書きのはず。


「……ねえ、カレン。このゲームは一体なんなの?」

「だから俺TUEEEシミュレーターだってば。数多ある異世界転移とか異世界転生の世界に、飛び込んでいけるゲーム。選択肢によって、スタートの仕方が5000通りくらいあるの。さらに世界も20個あるし、細かい選択肢のズレまで入れたらほとんど無限にパターンがあるってわけ。まあいきなり詰むような状況で始まるパターンもまあまああるけどニェ」

「え、ええええ」


 その後も、何度か遊んでみたが、「伝説の剣を引き抜いた少年」とか「クラス全員の転移に巻き込まれた少女」とか「周囲を敵国に囲まれている小国の王様」とか、本当に全部全然違うパターンでストーリーが始まった。

 1つ、気に入ったストーリーのものを最後までやってみたが、ゲームそのものはボスとして存在している魔王とか、敵国の王様とか、時にはゴブリンの親玉とか、あるいは結婚とか、それぞれに設定された条件を満たせばクリアとなるようだった。

 プレイ時間はそれこそ6時間程度のもの。

 だが、どういうゲームが始まるのか、それがわからない新鮮な面白さがあった。


「こんなの……よく作れたわね。文字情報だけでどれだけあるのよ」

「言語処理AI使ってるから、そこをゲームに落とし込むほうに気を遣ったかにゃ~。このゲーム専用に調整したから、時間かかっちったけど。我ながら悪くない出来になったと思う」

「じゃ、自動生成でストーリー作ってるってこと?」

「そうそう。キャラクターの行動でフラグを積んでいって、そのフラグに従ってイベントが発生したり、キャラクターのセリフが変化したりするって寸法。スタンドアローンだと動かないから、そこだけ注意だニェ~」

「そうなんだ……」


 私が優等生的な「よくあるゲーム」を作っている間に、カレンはまさに新しいゲームを「創作」していたのだ。

 だが、この時点ではまだ劣等感を覚えるほどではなかった。

 面白い試みではあるが、画面は簡素だし、必ずしもカタルシスが得られる展開になるわけではない。実際、胸くそ展開でバッドエンドということも起こりえるのだという。

 だから、きっと酷評されて作品もさほど売れずに終わるだろう。そんな風に思っていた。

 斬新だし、内容的にもオタクでPCにも飛び抜けて強いカレンでなければ作れないものではあるだろう。

 だが、これは明確に出落ち的な作品だ。二回もプレイすれば飽きてしまうような、そんな作品。

 だから、売れないと思っていた。

 少なくとも私と同程度の売り上げに収まるだろう。なんて。

 でも、結果は私の想像とはまるで違ったものになった。


「見て見て~、けっこう大反響! Twitterで自分がどういう状況に転生したのかスクショ上げるのも流行ってるみたい」

「そ、そうね」

「ランキングもインディーランキングでは1位だし、これは私の時代が来たニェ~。まあ、国内だけだけど」

「すごいよ、カレン……本当に」


 私はろくに賞賛の言葉も言えなかった。

 この胸に去来する初めての感情に驚いていたのだ。

 これが、劣等感……。これが、嫉妬なの……?


 結局、カレンは小学生天才ゲームクリエイターとして、名を馳せる結果となった。

 私もカレンも、すでに天才小学生としてまあまあ有名ではあったが、こういう種類で天才性を発揮すると周りの反応はまた違ってくる。

「子どもにしてはお勉強がものすごくできる」のと、「小学生クリエイター」とでは、似ているようで全く別の次元のものだからだ。


「……私は凡人だったんだなぁ」


 十で神童、十五で才子、二十過ぎれば只の人。

 私はまさにこれに当てはまるタイプの神童で、本当のギフテッド……神から才能を与えられた人間は、カレンのことだったのだ。

 だから、その日から私は『最強の凡人』になることに決めた。

 カレンにはできないこと、特に対人コミュニケーションを鍛える方向に舵を切ったのだ。

 今にして思えば、子どものくせに変に小賢しくてバカみたいだが、その時の私には「カレンに圧倒的に負けた」ことが、天地がひっくり返るほどのショックだったのだ。

 漠然とした万能感を持って生きていた私が、万能ではないと気付かされた瞬間だったとも言うことができるだろう。

 そして、なによりも双子でも全く別の人間であると、本当の意味で知った瞬間だったのだ。


 ◇◆◆◆◇


 俺は妹のセリカが「私は凡人だったんだなぁ」と呟くのを偶然聞いてしまった。


(本気で言ってんのか……? 天才はやっぱどっかおかしいんだな……)


 セリカの作ったゲームは、日本だけで話題になってるカレンのゲームとは違い、全世界でロングセラーとなっている。

 価格も数ドルという安い設定だが、累計販売数はカレンのものよりも多いし、なにより賛否両論なカレンのゲームと違い、セリカのゲームは95%が「おすすめ」になっているというほぼ絶賛という状況なのだ。

 小学生が初めて作ったゲームでこの結果は、異常といってもいい。

 確かにカレンはアーティストとしてはセリカよりも上かもしれないが、商業的な意味では明らかにセリカのほうが上だ。

 しかも、彼女はカレンが一本作る間に、3本も毛色の違うゲーム――「横スクロールアクション」を皮切りに、「シューティング」「パズル」と連続してゲームをアップしている。

 そんなセリカが凡人だったら、俺やナナミは一体なんなんだ。


 やはり俺は妹達が少し苦手だ。

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俺にはこの暗がりが心地よかった 星崎崑 @medici

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