エピローグ 俺にはあの暗がりが心地よかった
最終話です。ご愛読ありがとうございました!
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「レーヤ、クロ! そっちは任せた!」
「任せろ! ナナミは大丈夫か?」
「大丈夫。アイちゃんもいるし」
「こっち終わりました。ジャンヌさんに加勢します!」
「来たぞ! スキュラだ!」
俺たちはメルティア大迷宮の第4層に潜っていた。
今日は、スキュラ討伐戦。
あれからいろいろあったが、俺はまだメルティアにいる。
◇◆◆◆◇
あの日はほんとうにいろいろあった。
目まぐるしいほどの状況の変化に、俺自身も戸惑いがあったが、迷宮を出てからもいろいろあったのだ。
迷宮の入口に、探索者ギルドのボスことギルドマスターと、水と土の神殿の大神官が俺たち――厳密には俺とジャンヌを待ち構えていた。
闇の精霊術を使って逃げようかともチラリと考えたが、ギルドマスターが「悪いようにはしないから来てくれ」というので付いていった先は、ずいぶん前に魔王討伐パーティーで行った領主の館だった。
フェルディナントが起こした騒ぎは、この街にとっては看過できない「事件」であったらしい。当然、その顛末は領主にまで話が行くこととなった。
俺たちは事情を聞かれ、転移者であることなどは伏せつつ話した。
神殿側は、俺とジャンヌの身柄を預かりたいとのことだった。
俺に関しては、大精霊の食事にさせたいという意味に違いない。そんなことをシレッと要求してくる神殿に空恐ろしいものを感じるが、それが彼らの常識なのだろう。
ジャンヌに関しても似たようなもので、彼女が「嫌われ者」であるとバレてしまったことで「放置することはできない」となったらしい。
どうやら「嫌われ者」というのは、大精霊の天敵らしく、本来は生まれてすぐ洗礼の時に間引かれる運命にあるのだそうだ。
だから、大人になることができる嫌われ者は少ない。洗礼を受ける習慣がない土地とか、大精霊の神殿がない土地の人とか、そういう場所にわずかに存在するだけ。
だからか、大神殿の神官たちの中では、俺よりもジャンヌの存在のほうが問題になったらしい。
どのみち、神殿に移されてしまえば末路は俺と似たようなものだろう。
最悪、力ずくで逃げることも考えたが、意外な味方というべきか、探索者ギルドと領主である伯爵自身が救いの手を差し伸べてくれた。
俺とジャンヌは腐ってもメルティアで数十人しかいない金等級探索者なのだ。しかも、若手で将来有望。たった数か月で
そんな将来有望な探索者を神殿は排除するのかと、伯爵とギルドマスターが逆に抗議。
不干渉を勝ち取ってくれた。
これに関しては、さすがにギルドと領主には感謝せざるを得ず、俺たちはまだしばらくこの街で活動することになった。
伯爵からすると、ただでさえ迷宮都市は運用費用がかかるのに、むざむざ有能な探索者を減らしたい領主はいないとのことだ。
打算的な考えなのかもしれないが、だからこそ信用できそうだった。
神殿が良くても、大精霊自体はどうか?
アレは自然現象に近い存在で話が通じるとも思えないのだが、これも問題なかった。
そもそも、大精霊は愛され者を遠距離からでも知覚できるわけではなく、せいぜい100メートル程度の知覚範囲しかない。俺という存在を大精霊に知られた今でもそうで、今まで通り、大神殿に近づかなければ問題ないとのことである。
フェルディナントの件はあくまでイレギュラー的な事態。実際、それまでは(一度、火の大精霊の知覚範囲に入ってしまったことはあったけど)問題なくやれていたのだから。
まあ、神殿関係者からすれば俺がどこか別の街に移ってくれたほうが良いのだろうが、領主とギルドのほうが力が上だったようだ。その後、彼らが俺に干渉してくることはなかった。
この街で活動を続けることが決まり、あと気がかりなのは他の転移者たちのこと。
オザワやフェルディナントのことがあった以上、他の転移者たちにも注意が必要だったのだが、ナナミの「会って話せばいいじゃん。こっちのほうが強いんだし」というもっともな意見により合流。
実際、会ってみたらみんな普通の人たちだった。
前に俺たちが無視した3人組にはさすがに謝ったが、フェルディナントの一件があったからか理解してくれた。
ヲリガミさんにはほとんど土下座する勢いで謝られた。
メッセージでかなりきつく視聴者から怒られたのだそうだ。
ただ、あいつらは擬態がうまかったから、そこは仕方がないことだったと思う。
そんなこんなで、俺たちは未だにあの屋敷で迷宮探索者として暮らしてる。
◇◆◆◆◇
「プロテクション!」
術の発動と共に半透明のシールドが発生し、スキュラの触手攻撃を防ぐ。
新しく覚えた魔術だ。物理攻撃も精霊術も防ぐそれは、防御力が低く回避に特化していた俺には、非常に頼もしい新しい武器となった。
少し前に精霊力アップレベル1を取ったのも大きい。
魔術を連続で使用しても息が切れなくなった。
プロテクションはそこまで精霊力を使う術ではないのもあって、肉薄して相手の命脈を刈り取る俺の戦い方に合っている。
「ダークネスフォグ! フィアー!」
周囲が闇に包まれる。俺はプロテクションで身を守りつつ、肉薄。
フィアーで相手の動きが鈍くなった瞬間に跳躍、スキュラの首を刈り斬った。
全長はかなり巨大なスキュラだが、上半身は人間体であり、命脈の位置も同じ。
触手さえしのげれば、なんとかなる魔物なのだ。
スキュラが死に、周囲のラミアたちもジャンヌたちによって狩りつくされた。
戦闘終了だ。
「勝利! やはり、このステージは面白いな。なんといっても儲かる」
「こんなに頻繁に来れる場所じゃないはずなんですけどね、本来は……。ちょっと強すぎですよ」
「レーヤ。こんなとこはまだまだ途中も途中。通過地点に過ぎないんだぞ? まだまだどこまであるかわからないんだからな、迷宮は!」
「本気で踏破目指すんですか?」
「そう言っているだろう? 懸念もなくなったし、行けるところまで行く」
ラミアの巣での戦いは、確かにエキサイティングだが、そろそろ簡単すぎると感じられるようになってきた。
スキュラは強大な魔物だが、攻略法がわかればそこまで怖くないし、ラミアもそうだ。
自分たちの力を過信するわけではないが、そろそろ次の階層に挑んでもいいだろう。
それでも今日ここに来たのは、ナナミの探索者ランクを上げるためだった。
「みんなお疲れ様。怪我はない?」
「大丈夫。ナナミの援護のおかげだよ。だいぶ慣れてきたんじゃないか?」
「う~ん、どうかな。まだ、だいぶ頭こんがらがるけどね」
「ナナミさん、さっきは助かりました」
「お礼はアイちゃんにね。私はお願いしてるだけだから」
ナナミは「意思疎通」というスペシャルスキルを取得していた。
アイが仲間になったのも、その能力があったかららしい。相手の考えていることがわかるという、ちょっと危険な感じがする能力なのだが、あくまで「読もう」と思わなければ読めないらしい。本人は人間相手には基本使わないと言っているが、どうだろうか。まあ、どうせ確認はできないのだから信じるほかない。
とにかく、その能力が戦闘でもかなり有利に働くことがわかった。
なにせ、相手がどう動こうか考えているのが、事前にわかってしまうのだから強力でないはずがない。ナナミが言うには、魔物は動きが素直な分、小細工をしようとするとすぐわかるのだとか。せいぜい「回り込め」とか、「奇襲するぞ」とか、そんな程度らしいが、それがわかるかわからないかだけでも違うものだ。
もし、これが人間相手だったとしたらほとんど必殺の能力になりえるだろう。
ゆえに、ナナミが「この人たちは大丈夫」と第2陣転移者たちに太鼓判を押したことで、俺たちは安心できた。
あと、アイが強い。最近は俺のを見て覚えたとかで魔術まで使う。
怪物で准魔王。精霊術を駆使して戦う上に、噛みつき攻撃も凶悪だ。
実際のところ、ラミアなどほとんど相手にもならない。たぶん、魔物の格としては6層とか7層とかのレベルなんじゃなかろうか。
俺が感じ取れる精霊力の力強さだけでも、スキュラ以上だ。
実際、4層の魔物あたりでは、アイがいるだけで近寄ってこないほどなのである。ナナミが無事でメルティアまでたどり着けるわけだ。
「とにかくこれで、一度ギルドに戻ろう。この石を提出して、ギルド員の査定を受ければナナミも金等級だ」
「ん~。でもヒーちゃん、私全然なんにもしてないけど、その査定って通るの? まだ、私、
確かにナナミは弓による援護こそしているが、実際のところそれほど積極的に戦闘に参加しているわけではない。水の大精霊との契約により、回復や援護なども可能だが、金等級相当ではないかもしれない。精霊術の実力という意味なら、銀等級のジャジャルダンのほうが遥かに上だろうし。
でも、もともと探索者パーティーは戦闘に参加しない「回復要員」がいるものだ。
「問題ないだろう。少し前にギルド員に確認をとったが、動物を使役している場合、その動物の活躍も査定に反映されるらしいからな。メルティアには少ないが、他の迷宮では賢い動物を連れている探索者、わりといるらしいぞ?」
「それなら大丈夫かなぁ。アイちゃんは世界一カワイイもんね」
「そうだな。カワイイ。モフモフで……」
けっこうジャンヌは毛が生えていればなんでもよかったのか、アイのこともお気に入りだ。
そんな見るからに化け物であるアイなのだが、今ではなぜかギルドのマスコット的存在だ。
アイがギルドに入ると、女探索者たちがこぞってモフりに来て、飴玉よろしく精霊石を食べさせるのだ。
そもそも、こいつセーフなの? とも思ったが、動物を使役する探索者はゼロではないとかで、ナナミのそれも普通に受け入れられた。
俺からするとアイはかなり魔物然として映るのだが、
不思議だ。俺の感覚がおかしいのだろうか。
やはり洗脳されているのではないだろうか……?
「洗脳されてないよ。ヒーちゃんが変に怖がってるだけだって。ほら、こんなにカワイイ」
アイにぺロペロ舐められる俺。
カワイイかなぁ……カワイイといえばカワイイのか……?
俺の場合、その強大な力が感じられすぎてしまうから、カワイイと思えないのかもしれない。
◇◆◆◆◇
「じゃ、じゃあ家に帰りましょうか。えへ、えへえへ」
「レーヤ……今日はもうずっと顔がにやけっぱなしだな」
「え~、だって、しょうがないじゃないですか。えへ」
「う~ん、やっぱり
「え、ええ……! そんな……!」
「冗談よ。いまさら女に二言はないわ」
迷宮を出て、ギルドで報告を済ませた帰り道、リフレイア、ジャンヌ、ナナミが話をしている。
今日、リフレイアとの
なぜか、ナナミがそれを告げに来て、強引に約束させられたのである。
言い訳の一切は通じなかった。
「ヒーちゃん、ここはもう日本じゃないんだよ? 力ずくのほうが好み? 別にそれでもいいんだけど……私、できれば美しい思い出にしたいんだけどなぁ?」
そう言ったナナミの目は笑っていなかった。
ナナミの気持ちも、あのアルバムの文章を読んだからということではなく、わかっていた。今更、幼馴染だからとか、そういう言い訳をするつもりはない。
でも、ナナミはどちらかというと独占欲が強いタイプのように思うのだけど……。
俺のその思いを読み取ったのか、ナナミは静かに語りだした。
「ん~、半端な気持ちの人だったら私だって嫌だよ? でも、人生をヒーちゃんにかけてもいいくらい強い気持ちを持ってるなら、いいかなって。それに……ハッキリ言っちゃうと、本来は私の横恋慕だからね。状況に甘えて強引に横入りを成立させただけだもん。ヒーちゃんが優しいのを知っていて、何食わぬ顔で居場所を確保しただけだなって、ちゃんと理解してるからさ」
「ナナミ……そんなこと……」
「あの子……リフレイアさんね、私が来て、いっしょに暮らすことになったってのに、全然私のこと嫌いとか、邪魔とか思ったりしないの。私が来たことで、ヒーちゃんが元気になってくれて良かったって……無邪気に本気で思ってんのね。私、あんな能力とったからさ、つい知りたくなっちゃって……ホント、自己嫌悪。今だって、あの子、ヒーちゃんのことしか考えてないのよ? そんなの、さすがの私も、引き離したりとかできないって」
「そっか……」
俺自身、彼女たちとの今後の関係について、考えなきゃならないとは思っていた。
俺が「普通の転移者」となった今、もう普通に暮らす以外にない。そういう割り切りも必要だし、なにより俺自身だって結局普通の男でしかないのだ。
「まあでも、明日以降、私もジャンヌさんも相手してもらうつもりだからね。覚悟しておいてよ?」
「え? そうなの?」
「当たり前じゃない。なんだと思ってんの? ね? ジャンヌさん、リフレイアさん」
「襲って欲しかったけど、仕方がない」
「えへえへ。楽しみですね、ヒカル♪」
俺を見る彼女たち瞳が肉食獣のように怪しく輝き、俺は身をすくませた。
◇◆◆◆◇
俺にはあの暗がりが心地よかった。
死と隣り合わせの迷宮で、闇を身に纏い、ただ息を殺し蹲る。
誰にも見られないように。
誰からも注目を集めないように。
そして、誰もが俺のことを忘れるように。
この世界は闇に彩られたクソッタレな世界で、死と悪意だけが本物だと思い込んでいた。
闇に抱かれ、闇へ溶け込み、闇と一体になっているときだけが安息だった。
それが俺の真実だった。
朝が来て、ベッドから這い出して木窓を開ける。
異世界の朝は活気がある。
今日も、人々のざわめきが、早朝とは思えないエネルギーを発している。
太陽が熱く輝き、世界を照らしている。
今だって、視聴者数の異常な多さには居心地の悪さを感じる。
だが、もうあの頃みたいに、暗がりだけが心地良いとは思わない。
みんなに助けられて、今、ここにこうしていられることを知った。
俺を応援してくれる人がいる。
俺の傍にいてくれる人がいる。
俺を愛してくれている人がいる。
本当の世界は、明るくて、こんなにも輝いていた。
そのことを教えてもらった。
そのことに気づかせてくれた。
そうして今ここにいることが、こんなにも嬉しい。
「う~ん、ヒカル。起きたんですか?」
「ああ、リフレイア。おはよう」
「えへへ……なんだか、恥ずかしいですね」
「俺はもっと恥ずかしいよ……」
クリスタルを使って配信停止したり、カメラをマニュアルモードにしたりと小細工をしてみたが、視聴者数は減るどころか増える一方。俺は酒を飲んで、そのことは忘れることにした。
ナナミの話では、妹たちが嬉々として実況するはずとのこと。
そんなもの、正気でいられるはずがない。
でも、それは世界の一端。ジャンヌが言うように、今となっては夢か幻のようなものに過ぎない。
昨夜の夢みたいな時間が本物で、ずっと目の前にあり俺を責め立てていると思っていたものこそが、夢幻の類なのだ。
「リフレイア。これからもよろしくな」
「えっ、なんですか。急に。こっちのほうこそ、末永くよろしくです。えへ」
昨日から表情筋が緩みっぱなしのリフレイアが、とろけるように笑う。
朝日を浴びたプラチナブロンドの髪が、光を反射させながら肩を伝い滑り落ちる。
(綺麗だな……。本当に綺麗だ)
リフレイアのこと、今までにも何度も見ているはずなのに、あの日、初めて彼女を見たときのように美しく感じた。彼女を抱いたから、そう感じるだけなのか、それとも俺の心境の変化が関係しているのか、わからない。
でも、これこそが今目の前にある、本当のことなのだ。
――まだ、朝も早いし、もう少しこのまま部屋で過ごしてもいいかもしれない。
俺はステータスボードを開き、配信停止ボタンを押した。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆
ご愛読ありがとうございました。
最後ですので、作品への評価、是非ともよろしくお願い致します!
また作品レビューなども、一言でも構いませんのでしていただけますと、嬉しいです。
改めまして、「俺にはこの暗がりが心地よかった」を最後まで読んでくれてありがとうございます。作者の星崎崑です。
せっかくだから、総括的なものを書いていこうと思います。
正直に言えばかなり実験的な作品でした。これは読者様方も認めるところだろうと思います。
掲示板もたくさんありますし、小説というにはあまりにWEB連載に特化しすぎた内容。なにより、主人公がウジウジしているし、内容的にも暗い。
だから、ウケなければそれはそれで仕方ないだろうと考えていました。
「世間的にどうかは不明だけど、自分的にはすごく面白い作品」というやつです。逆に言えば、これがウケるならもっと自信を持って良いんじゃないかと。
こういう露悪的ともいえる作品が、結果として評価を得られたことは、私としても大きな自信になりました。
と、同時に、自分自身の「好き」だけではここが限界なんだなという限度も知れた作品でもあったわけで、そういう意味でも非常に勉強になったといえます。
さて、ここで「俺にはこの暗がりが心地よかった」は幕を閉じますが、元々、暗がりは二部構成・・・・・・前半と後半とで考えていました。
ここまでが前半に当たり、最低源ここまでは絶対に書くと決めていましたので、書き上げることができてホッとしています。
読者様方の応援がなければ、ここに到達することも適わなかったでしょう。本当にありがとうございました。
書籍版のほうはまだ続巻中ですので、売れ行き次第では、後半戦に突入という可能性もゼロではないです。応援よろしくお願い致します。
また、Twitterのほうも「星崎崑」で検索してフォローして下さると最新情報を入手しやすいですので、よろしくお願い致します。
星崎崑の他作品「てのひら開拓村で異世界建国記」全7巻も良かったら読んでみてください。コミカライズ版も既刊8巻続刊中です。面白いですので是非。
それでは、また次回作でお会いしましょう!
星崎崑でした!
追記 明日、オマケの短編を一つ更新します。
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