終章 2人の門出 2

 すると、ヴィオラとノエルが互いに目配せすると私に声をかけてきた。


「レティ、私達教会に行ってるわね。また後で会いましょう?」


「またね、レティシア」


「ええ。また後で」


2人は手を振ると扉へ向かい、父に会釈すると控室を出ていった。


「どうぞ、お父様」


「あ、ああ……ありがとう」


タキシード姿の父は、ためらいがちに部屋に入ってくると私の近くまで歩み寄ってきた。


「レティ……そのドレス、とても良く似合っている。ルクレチアの着たドレスだったのだろう?」


「! お父様……御存知だったのですか?」


「勿論だ。そのドレスは、私とルクレチアが2人で選んだドレスだったのだから。彼女から言われたんだ。自分に合うドレスを私に選んでもらいたいと」


「そうだったのですか……」


やはり、父は母に深い愛情を持っていたのだ。けれど、それは全てイメルダ夫人によって歪められてしまった……。


「レティ、その……本当に私で良いのか? 結婚式のエスコート役の件だが……」


父はきっと、祖父に遠慮しているのだろう。

けれど祖母に説得されて、エスコート役を父に譲ることになったのだ。


「はい、勿論です」


「そうか、ありがとう。……そうだ。一応、マグワイア家にもレティが結婚することを伝えたよ」


「! セブランの……? そ、それで……おじ様とおば様は何と仰っていましたか……?」


2人に対し、罪悪感がこみ上げてくる。


「どうか幸せになって欲しいと言っていたよ」


「幸せに……」


「セブランの行方はまだ分からないそうだが、マグワイア家ではもう彼のことは吹っ切れたようだ」


「そうですか」


セブランは、もう『リーフ』に住んでいないのだろうか?

けれど、私が彼のことを気にしてもどうにもならない。もう、私と彼は完全に縁が切れているのだから。


「さて、それではレティ。……そろそろ、式場に行こうか? レオナルド氏が待っているのだろう?」


「はい、お父様」


私は父の差し出した腕に、そっと手を添えた――



****


ゴーン

ゴーン

ゴーン……


厳かな教会の鐘が鳴り響き、目の前の扉が音を立ててゆっくりと開かれる。

真っ赤なヴァージンロードの両端には大勢の参列客が一斉にこちらを振り向いた。


参列客の中には、私の良く知る人たちもいる。


ヴィオラにイザーク、ノエル。アルバイト先のヘレンさんは私に小さく手を振っている。

席の中程には、シオンさん。その隣には小さな子供を抱いたアンジェラ様の姿もある。

皆が私とレオナルドの結婚式の為に集まってくれた。


腕を組んだ父とゆっくりヴァージンロードを進んでいくと、最前列にはお祖父様とお祖母様。2人は涙ぐんで私を見つめている。


そして、祭壇の前で待つ人は……私がこの世で一番愛する男性レオナルド。


レオナルドは優しい笑顔でこちらを向いて手を差し伸べる。

父のエスコートはここまでだ。


私はレオナルドの手を取ると父は「幸せになりなさい」と囁き、下がっていく。


「レティ、とても綺麗だよ」


そして眩しい程の笑顔で私を見つめてくるレオナルド様。


「ありがとう……ございます。レオナルド様」


思わず顔が赤くなったところで、神父様の祝の言葉が始まった。


やがて長い祝辞の後に指輪の交換、そして誓いのキスの言葉。


レオナルドが私の被っていたヴェールを上げると、彼の美しい顔が近づいてくる。

目を閉じると、そっと唇が重ねられ……周囲に拍手が響き渡る。


式が終わったのだ。


「行こうか? レティ」


「え? キャアッ!」


あろうことか、レオナルドが私を抱き上げたのだ。


「レ、レオナルド様? な、何を」


「こうして、式場を出るのが夢だったんだ。……駄目だったか?」


レオナルドは真剣な目で見つめてくる。


「……いいえ、駄目じゃありません」


「なら、いいな?」


無邪気な笑顔でレオナルドは笑う。

そして私は人々に祝福の拍手を浴びながら、愛する人と一緒に教会を出ると振り返った。


この教会は大学内に建てられた教会で、周囲は美しいアネモネが咲き乱れている。

教会を見つめていると入学式の時の記憶が蘇ってくる。

あの日私はレオナルドに言った。


『こんな素敵な建物で結婚式を挙げられるなんて、ロマンチックですね』


「レオナルド様、私……夢が叶いました」


レオナルドの腕の中で、彼に話しかける。


「夢? どんな夢だ?」


「はい、この教会で結婚式を挙げることです」


「俺も夢が叶ったよ。……初めて会ったときから、いつかレティと結ばれますようにって」


「お互い夢が叶いましたね?」


「ああ、そうだな」


そして、私達は再びキスをした。


あのとき勇気をだして『リーフ』を出て、本当に良かった。


だって……私に居場所を与えてくれたから。

それに、こんなにも愛する人に出会えたのだから。



私達の頭上では2人の門出を祝ってくれるかのように、いつまでも鐘が鳴り響いていた。


風が運ぶアネモネの花の香と共に――



<完>

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ただ静かに消え去るつもりでした<書籍、電子書籍発売中・コミカライズ計画進行中> 結城芙由奈 @fu-minn

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