第6話 家達一択が提示する真相
家達と和鳥栖が原付バイクのもとへ戻ったときには、時刻は十八時十五分を指していた。
泰然とした様子で原付バイクのシートに腰を下ろしている家達と、緊張でそわそわしている和鳥栖。
十分ほど経過した頃だった。誰も使わないはずの裏門を抜けて、その人物は現れた。
スポーツ用のエナメルバッグを肩にかけたその人物は家達たちの存在に気がつくと一度は立ち止まって訝しげな眼差しを寄越したが、やがて歩みを再開し、最終的には家達たちの眼前までやってきた。
すらっと高い身長。黒くて潔い短髪。日焼けして精悍な顔立ち。制服の上からでも胸板の厚さは明らかで、半袖から覗く腕は逞しい。見事に鍛え上げられた肉体を持ったスポーツマンの姿であった。
原付バイクのシートから腰を上げた家達は、その威圧感をものともせず微笑をたたえた。
「こんにちは、あなたが陸上競技部の部長さんですね。それともこう呼んだ方がよろしいでしょうか――リレーバトンと靴紐を盗んだ泥棒さん」
家達と和鳥栖の眼前に佇むのは、ほかでもない陸上部の部長、キャプテンだった。
しばしの静寂があった。
犯人――陸上部の部長は、やがて小さく息をつくと言った。
「……どうして分かった」
「バトンと靴紐の使い道が分かったからですよ」
家達は言った。
「プラスチック製のバトンには手がつけられず、アルミニウム合金製のバトンだけが盗まれたと知った僕は、まずその差異に着目しました。どうして犯人はアルミニウム合金製のバトンを欲しがったのでしょうか? 考えた結果、僕がたどり着いた結論は『アルミニウム合金の耐久性が必要だったから』というものです」
部長は何も言わない。しかし構わず家達は言葉を続ける。
「そのうえで僕はバトンの用途について考察しました。バトンはどんな形状をしているでしょうか? そう、中空の円筒状をしています。バトンをバトンとしてでなく、中空の円筒として捉えたとき、そこには何が見えてきますか。きっと違った姿が見えてくるはずです」
「バトンの違った姿……」
家達の隣で懸命に考える和鳥栖に、彼は微笑みかけた。
「それじゃこういう訊き方をしようか和鳥栖くん。中空で、円筒状で、さらにそれは金属でできている。そんな物体を思い浮かべたとき、君はそれを何だと思う?」
「中身がくり抜いてあって、筒の形で、金属でできてて……うーんと、えっと……あ、ろ、『ローラー』ですか!?」
家達は満足げに頷いた。
「その通りだよ和鳥栖くん。アルミニウム合金製のリレーバトンは、すなわち『アルミニウム合金製のローラー』としての側面を持ち合わせているんだ」
そして家達は再び部長へと向き直る。
「バトンをローラーだと考えたとき、その用途はより明確に想像することができます。ローラーの役割として最も主だったもののひとつは、『物体を転がして搬送する』ことでしょう。そして今回の事件においても、バトンはある物体を搬送するためのローラーとして使われることになりました」
家達はそこで一度言葉を切り、また口を開く。
「それと同時に靴紐の用途にも見当がつきます。五本の靴紐は、六本のバトンがバラバラにならないよう繋ぐために使用されたんです」
「なるほど……!」
和鳥栖が両手のひらを合わせて納得の驚きを表す。
「では、その靴紐によって繋がれた六本のバトンは何を搬送するために使われたのでしょうか。……それを知るための手がかりは、靴紐自身にありました。靴紐はどれもが泥を吸って汚れていました。したがって、靴紐とバトンは泥あるいは泥水に浸ったと推測することができます。それじゃ泥水に浸る可能性がある場所というのはどこでしょうか。グラウンドですか? 僕は違うと考えました。雨に濡れたグラウンドで、バトンをローラー代わりにしてまで一体何を運ぶというのでしょうか。さらにアルミニウム合金製のバトンが選ばれた事実からその物体はある程度以上の重量物であることが想定されますが、そんなもの、グラウンドにはないですよね。
したがってグラウンドではない。だったらどこか? 検討の結果、僕が思い至った場所は裏門の先にある未舗装の道でした」
部長は沈黙したまま、しかし家達を真っ直ぐに見据えて耳を傾けている。
「この学校の裏手側は山林に囲まれているせいでじめじめと薄暗く、また道も舗装されていないため、こちら側を通る生徒はほとんどいません。ですが、どうやら犯人は裏門を使用するようです。その場合、一体どんな理由が考えられるでしょうか? それについては、そもそもこの道が何に使われるかを考えれば予想がつきます。正門同様、こちらの裏門も用途は同じ……つまり登下校です。したがって、犯人がわざわざ裏門を使う理由とは、『登下校に使っている重量のある道具を人目につかせたくないから』であろうと予測できます。たとえば、原付バイクのような乗り物をね」
和鳥栖は息を呑みつつ家達の推理を見守っている。
「結果、実際に僕は山林の中に原付バイクを発見しました。あとは、その原付バイクを搬送するためにローラーを必要とする場所を探すだけです。そしてそれもまた、すぐに見つかりました。道を寸断するかのように横に伸びる泥濘みがね。事件当時の三日前は午後以降ずっと雨が降っていました。部活を終えて帰ろうとした際、きっと泥濘みの状態は最悪だったでしょう。普通に越えようと思っても、原付バイクの車輪が泥濘みに嵌ってしまう程に劣悪だったのだろうと想像します。……だからあなたは即席でつくりあげた。『泥濘を越えるためのローラーコンベア』を。靴紐で繋いだ六本のバトンを泥濘に浸し、その上を通過させることで、あなたは原付バイクを泥濘の先へと運んだんです」
陸上部の部長は否定しなかった。それはこの状況において肯定にほかならない。
「す、すごい……!」
感嘆の声を漏らす和鳥栖。
しかし、家達の推理はまだ終わってはいない。
「板か何かを用意すれば良かったじゃないか、とは訊かないんですね部長。まあ、その場合には持ち運びに不便な板を探すよりも手近にあったバトンと靴紐で即席コンベアを用意した方が楽で手っ取り早いという言葉を返させて頂くところですが」
部長は少し目を閉じる。何かを考えるような仕草ののち、そこに至って部長は家達に問いかけた。
「お前の推理には驚くほかない。すべてお前の言う通りだ。……だが教えてほしい、バトンと靴紐の用途から、どうして犯人が俺だと導き出した」
「だって、そこまでして原付バイクで通学していることを隠す必要があるのは部長のあなたしかいないじゃないですか」
家達はこともなげに言った。
「あなたは普段から部長として、そしてキャプテンとして部員たちに厳しい指導を行なっている。それこそ、戦力となる選手たちには『自転車通学すらも禁止する』ほどに厳しく。それなのに、当の本人が原付バイクで通学しているなんて知れたらどうなるか分かったものじゃありません。だからあなたは、原付バイクで通学しているということを決して誰にも知られるわけにはいかなかった。そもそも、ほかの部員たちは鬼キャプテンのあなたに逆らってまで原付通学をしようなどという気持ちはきっと起こらないでしょう。自分の言葉を最も容易く裏切れるのは、ほかならぬ自分自身というわけです」
家達の言葉を受けた部長は、やがて小さく頷いた。
しかし、そこで疑問を口にしたのが和鳥栖であった。
「でも……どうして部長は自分が決めたルールを破ってまで原付バイクで通学してるんですか……! 見た感じ、きっと怪我とかもしてないですよね。だったらバイクを使う理由なんてないはずです。それに私思うんですけど、バイクを泥濘の先に運ぶのだってわざわざバトンと靴紐でローラーコンベアなんかをつくる必要なかったんじゃないですか。だって部長さんには彼女がいるじゃないですか。もしバイク通学をせざるを得ない理由があるんだとしたら、それをちゃんと話せばあの子は手伝ってくれたはずです。ふたりで力を合わせれば、きっとバイクを運ぶことだってできますよね……? それなのにどうして……」
「それは無理な話だ和鳥栖くん」
家達は和鳥栖の言葉を遮った。
「部長にとって、それだけは絶対にできない。自身が原付バイクで通学している理由を彼女に話すなんて、何があってもできないことなんだ」
「なんで……」
「それはね、部長さんが原付バイクで通学しているのは、ほかの誰でもない彼女のためだからだよ」
予想外の家達の言葉に、ぽかんと呆けた顔をする和鳥栖。
「彼女の、あの子のため、ですか……?」
家達は頷いた。
「ああそうさ。ねえ和鳥栖くん、部長が自転車ではなく原付バイクを使うのにはどんな理由が考えられるかな?」
「えっと、それは、自転車よりも速く移動できるから、ですか……?」
「それもある。けれどもうひとつあるよ。それはね、原付バイクを使えば、徒歩よりも、そして自転車よりも速く、そして『遠くへ行ける』ということさ」
「遠くへ……? でもどうして遠くへ行く必要が……?」
「それは思うに、きっと陸上部の部員にバレないように『遠い場所でアルバイトに励むため』だろうと僕は考えている」
「遠い場所でアルバイト……?」
首を傾げながら和鳥栖は部長の顔を見やる。すると、部長はどこか気恥ずかしげにそっぽを向いていた。
再び家達に視線を戻す和鳥栖。
「部長はどうしてそこまでしてアルバイトを?」
「そんなの決まってるじゃないか」
家達は微笑みをたたえて言った。
「大好きな彼女に誕生日プレゼントを買ってあげるためさ」
和鳥栖は思い出した。そうだ。友人は言っていたのだ。もうすぐ自分の誕生日だと。そして、その日はちょうど日曜日だからデートをする予定になっているのだと。とても嬉しそうにそう語っていたじゃないか。
そんな彼女のために、部長はとっておきの誕生日プレゼントをサプライズで用意してあげたいと思ったのだ。そしてそのために、自らが定めたルールを破ってまでアルバイトすることに決めたのである。すべては彼女の誕生日を最高の思い出にするために。
だからこそ、部長は何があろうとも自分が原付バイクで通学していることを彼女だけには知られるわけにいかなかったのである。
一見して不可解な泥棒事件は、一貫した恋の物語であった。
そう思うと、和鳥栖はどうしてか、ほのかに笑顔をたたえずにはいられなかった。
そして彼女は小さく呟く。
「……なんと非現実的推理(マジカル)な」
それに対し、家達は自信に満ちた笑みで答える。
「いいや超論理的推理(ロジカル)さ」
かと思いきや、そこで何か思いついたらしい家達はにやりと目を細め、訂正するようにこうも付け加えたのだった。
「けれどやっぱりマジカルかもしれないね。だって、『恋は魔法』って言葉もあるくらいだしさ」
〈リレーバトン泥棒の秘密 解決〉
家達一択は間違えない ~リレーバトン泥棒の秘密~ 夜方宵 @yakatayoi
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