第十一話 激突、そして……

「花子さんっ!」


「喰らいやがれぇぇぇぇっ!」



血沸肉男に肩車されたマナイ=田ノ上。上下に並んだ二人は助走なしに階段の数段下にいる灰土に突撃するため、宙へ飛び上がった。


プラスチック製でバネの無い膝が無理な挙動にミシリと音を立てるのが聞こえたが、痛覚の無い血沸肉男にとっては取るに足らないことだった。


目を剥き見上げる灰土。

視界に映るのは覆いかぶさってきそうな人体模型。

そして、大上段に掲げられたマナイの木刀。




灰土は咄嗟とっさ髑髏どくろを体の前に掲げていた。

掲げなくてもいいのに前に突き出したのは、身を守る本能だったのかもしれない。



「来るぞっ!」


「ハイッ」


「はい!ドーン!!」



先程までと違い、声の後で髑髏が光る。

衝撃波の発生がワンテンポ遅いのだ。


衝撃が闇に閉ざされた校舎をはしる寸前、肉男はマナイを投げていた。



――真上に




「ヤァッ」



マナイが天井に届くほど高く投げられた直後、灰土の抱える髑髏から衝撃波が飛ぶ。


窓ガラスではなく、灰土に向かって大の字で自由落下していた血沸肉男が砕けた!



「アァァァァァァ!」


「肉男っ⁉」



灰土に向かい急降下するマナイも、砕け散る血沸肉男を見てしまった。

しかしここで動揺するわけにはいかなかった。

この隙がチャンスである。



「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」



全身全霊の雄叫びを上げ、マナイは木刀を振り下ろす。


ガチン! 


と、固い者同士がぶつかる音。




木刀は髑髏に命中していた。



真っ二つに折れる木刀、ヒビの入る髑髏。



プールへの飛び込みのように真っ逆さまになって木刀をぶつけたマナイは、激突の衝撃を利用して宙返りしながら灰土の頭上を飛び越え、背後に片膝をついて着地する。

幽霊であるマナイの膝から下はほぼ無いのだけども。



腹部を中心に部品パーツが散り散りに吹き飛び、音楽室の扉に激突したのは肉男の上半身。

ぶつかった衝撃で上半身を構成する部品が更にバラバラと散乱する。


左右をきっちり分けるようど真ん中にヒビの入った髑髏が光を失うと、それを掲げていた女教師灰土もまた倒れる。



「肉男ーーーっ!!」


「ヤット……名前ヲ呼ンデクレマシタネ……」



駆けつけるマナイにむけ、臓器が、背骨がバラバラに散らばり、胸像のような姿になった血沸肉男が弱弱しく言う。

皮膚の無い側の眼球と脳も飛んでしまい、怪談に出る怪異に相応しい見た目だ。

出血が無いのは本当に救いである。


肉男の元に辿り着いたマナイは、彼の両肩を掴んで揺さぶる。



「何笑ってんだバカ野郎! しっかりしろ! お前が……、お前が壊れちゃ意味ないだろうが!」


「花子サン……ドウシテ泣イテイルンデスカ……?」


「あたいは……、あたいはっ……! こんな競争なんてバカやってくれるあんたが大事だったんだよ! あんたがいなくなったら、あたいはまた独りぼっちで……トイレに縛られたまんまになっちまう……! あたいを連れ出してくれたあんたが好きだったんだよ!」


「……」


「返事……返事しやがれ肉男ぉぉっ!」



肉男を抱きしめるマナイの瞳から光の粒が溢れる。


肩から上だけになっても体液ひとつこぼさない木偶でく人形は残っている方の瞳も光を失い何も語らない。



「うっ……うぅぅぅぅぅ……」



歯を食いしばって泣き叫ぶのをこらえるマナイ。

特攻服姿の茶髪少女からとめどなく流れる涙は、床に落ちると光の粒子になって舞い上がる。

幾百位苦戦の蛍が舞うように、少女が銀河に浮かんでいるように。



「やれやれ……心配になって来てみれば……」


「見事なラブロマンス! これがホントのまな板の上の鯉マナイ=田ノ上の恋ってね! ……って、いったぁ!」


「茶化すんじゃないよ」



涙に濡れたマナイが顔を上げるとそこには二つの影があった。



「お、お前っ……!」



視界が滲んでいるのと、暗がりで顔は判別できないが聞き覚えのある声だった。

その二つの影のうち、ひょろ長いの脇腹に小柄なほうが見ごとに肘を決めていた。



「フン、お節介が……」


「減らず口は相変わらずだね。さ、おいぼれは後始末をしようかねぇ……」





   ◇



血沸肉男とマナイに見送られ、猛スピードで廊下を走るアサギと咲を乗せたタイヤの無い黄色いスクーター。



「止まらねぇ! 藤村ぁ! ブレーキ利かねぇよぉ!」


「も、もうすぐ私たちの教室だよーっ!」


「な、なにかいるっ!」



人……っ⁉


「わ!」


「わぁぁぁぁぁぁぁ!!」


「ぶつかるぅぅぅぅぅぅぅ!!」



四年一組の扉の前に立ちふさがるようにいたのは、灰土の「はい、ドーン!」で操られた雲堂。

職員室のパソコンでいかがわしい動画を収集していた、たるんだ中年体系の体育教師である。

灰土が気絶したことで、催眠術が解け、呆然としていたところだった。



ハンドルを切るのも間に合わず、スクーターは雲堂に激突する。



「うわぁぁぁぁぁぁ!!」


「うわぁぁぁぁぁぁ!!」



衝突。



風船の破裂したような音が響くと雲堂は二メートル吹っ飛び、アサギと咲もスクーターごと廊下に転がった。

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