第33話 好き
大きな声を出したせいで視線が藍斗に集中する。クラスメイトだけでなく、もちろん先生もだ。先生はこっちを見ながら、何をしているんだと信じられないような表情をしている。
そんな先生に見せつけるように藍斗はおにぎりを大きく頬張った。塩の味しかしない塩むすびだ。安いからという理由で二つ買っておいた。
「おい、土雷。さっき隣で氷堂が怒られているのを見て――」
「はい、すみませんでした。これはもう要らないんで廊下に立ってます」
注意しながら席へと歩いて来る先生に塩むすびを渡してから、藍斗は廊下に出る。後ろで先生が間抜けたように口を開けていたのが扉を閉める際に見えた。
廊下に出ると氷雨は窓から外を見て呆然としていた。外には何もなく、グラウンドが広がっているだけ。黄昏れているのだろうか。こっちに気が付いた様子がない。
「何か見える?」
氷雨の隣に並んで同じ様に外を見る。やっぱり、何もない。今は体育の授業を行っているクラスもないようでグラウンドも閑散としていた。
「天国に昇ったおにぎりのことを考えてた」
「そっか……」
「なむあみ」
拝むように両手を氷雨が合わせたので藍斗も真似をしておく。天へと昇ったおにぎりを思い浮かべながら空を見上げるとふと気付いたことがあった。
「あの雲、おにぎりみたいな形してる」
「え、どこっ!?」
「ほら、あそこ。三角の雲が流れてる」
「ほんとだ!」
窓ガラスに体を押し付けて氷雨が空を見上げる。
「最後まで食べてあげられなくてごめん」
お腹の音を鳴らしながら、先生には決して出なかった謝罪の言葉が氷雨の口から紡がれた。氷雨の中では先生よりもおにぎりの方が存在が大きいんだなということが伝わってくる。
「きっと、おにぎりも感謝してるよ。氷雨に美味しそうに食べてもらってありがとうって」
氷雨は本当に美味しそうに食べる。食べている時は常にニコニコできっと調理された食材達も氷雨に食べられるなら本望だろうと思ってしまうほど。
「次は完食するから……!」
「授業中に早弁するのはもう控えた方がいいと思うよ」
「そんな……藍斗も私の敵?」
「いやいや、味方だよ。敵じゃない。出来るなら俺がどうにかして誤魔化してあげたいよ」
でも、実際問題、授業中の飲食を誤魔化すことは難しい。咀嚼音や食器の音も出るし、匂いだってする。教室の中を歩きながら授業を行う先生だっている。
そんな状況の中で氷雨の早弁をどうすれば誤魔化してあげられるのか方法が浮かばない。
「けど、それは難しいからさ。氷雨だってバレなかったことはなかったんでしょ?」
見逃してもらっていた、というのは見られてはいたということだ。氷雨は自分で早弁のプロだと豪語していたがバレないようにするのは下手過ぎた。むしろ、隠す気がないんじゃないかと思った。
「もし、また氷雨が授業中に怒られるようなことがあると俺が嫌なんだ」
「どうして藍斗が嫌な気持ちになる?」
「氷雨には美味しそうに完食してほしいからかな」
おにぎりを取り上げられた時やおにぎりを廃棄された時の氷雨は凄く悲しそうにしていた。同情出来るような内容ではなかったにしても、藍斗はそんな氷雨を見て胸が痛んだ。
「藍斗は私が美味しそうに食べてると嬉しい?」
嬉しい、というよりも微笑ましい気持ちが強いが似たようなものだろうと頷いておく。
すると、氷雨は神妙な顔付きで考え始めた。
「あ、別に嫌いな物まで美味しそうに食べる必要はないよ」
「好き嫌いしないからそこは問題ない」
じゃあ、何を考えているのだろうか。腕を組んだり首を捻ったりして氷雨はずっと何かを考えている。
「……分かった。藍斗が嫌がることはしない」
「そんなに苦しそうに言われるとこっちも心苦しいなあ」
「大丈夫。手が伸びそうになっても我慢する。そのかわり、藍斗も一つ約束してほしい」
「何?」
「もし、空腹で私が倒れる時があったら支えてほしい」
「そんなの当然だよ。空腹じゃなくても、氷雨が倒れそうになったら支えるから」
「ん、それなら授業中の早弁はもうしない。休み時間まで待つ」
両手を丸めて気合いを入れる氷雨。これ以上、氷雨が悪の道に進んで戻ってこれなくなるように言いたかったのだがちゃんと伝わったのだろうか。
ちゃんと伝わっていないとしても、氷雨がこれ以上怒られるようなことを少しでも減らせたのならそれでいいやと藍斗は納得した。
「ところで、藍斗はどうして廊下にいる? トイレに行く途中?」
「あ、その方法もあったのか」
氷雨に声を掛けたくてわざと内申点を下げるような行動をしてしまったが他にも方法はあった。氷雨に言われてようやくその案が浮かんだ。
「その方法?」
「ううん、こっちの話。俺もおにぎり食べて怒られたから廊下に立ってるんだ」
「藍斗もお腹が空いてたんだ……同志!」
「いや、お腹はそんなに空いてないよ」
「それなら、どうして早弁を?」
「氷雨が一人で廊下に立ってるのは楽しくないんじゃないかと思って」
「それで、来てくれた?」
「まあ、俺も氷雨がいない授業は楽しくないから」
それに、どうやら氷雨は一緒に怒られてくれる人が好きらしい。これで、氷雨に好かれようだとかは狙っていないが氷雨の為ならたまになら一緒に怒られるのも悪くない。
「藍斗、好き」
「え?」
「藍斗のこと、これまでも好きだったけどもっと好きになった」
目を見て言われ、藍斗は頬が熱くなる。
好かれようと企んでいたことはない。けども、氷雨からそう言われて嫌なはずもなく、言葉が喉を通らなかった。
これは、氷雨からの告白と受け取ってもいいのだろうか。さっぱり分からない。
そして、これが仮に告白だったとしてどう返事すればいいのだろうか。
「やっぱり、藍斗はとってもいい人。大好き」
そんなことを考えている間に言われた一言。それを聞いて、藍斗はこれは告白じゃない可能性が高いと冷静になった。
言うなれば、氷雨の好きはラブではなくてライクという方が近いだろう。氷雨にとって大好きな食べ物と同じ。いや、食べ物の方が氷雨の中では存在が大きいのかもしれない。
たとえ、そうだったとしても氷雨から好かれていることは藍斗にとっては光栄なことだ。
「ありがとう。俺も氷雨のこと好きだよ」
異性として、氷雨と付き合いたいだとかは正直なところまだ自分の気持ちが分からない。でも、大切な友達として氷雨のことが好きである。そこは、はっきりとしている。
「藍斗に好かれてる……!」
ぴょんぴょんと氷雨が笑みを浮かべながら飛び跳ね始める。
これが、氷雨にとっての喜びや嬉しさを表現する方法だと知っている藍斗は気恥ずかしくなりつつも可愛いなあ、と氷雨から目が離せなかった。
土雷くん、合コンに参加してみた~余っていた女の子に優しくしてみたらめちゃくちゃ好かれた件~ ときたま@黒聖女様3巻まで発売中 @dka
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。土雷くん、合コンに参加してみた~余っていた女の子に優しくしてみたらめちゃくちゃ好かれた件~の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます