最終話 憧れと制裁系配信者

多田ただれん


 制裁配信を始めてもうすぐ1時間がたとうとしていた。

 かつてない同接、高評価数、そしてとんでもない額のスーパーチャット。

 すべてが順調だった。

 あとはこうして、カズとともにダンジョンの入り口で待ち構えていればいいのだ。

 ユーガは必ず来る。

 来たら、カズのスキルで視界を奪って、ロロと一緒にダンジョンの中へ置き去りにしてしまえばいい。

 そう、まさしくすべてが順調。

 順調、のはずだった。

 それなのに、どうしてか僕の脳裏を昔のことばかりがよぎる。


 昔。

 ロロに憧れて、ロロのマネをして、ダンジョン攻略動画を上げていた、ついこの前までのあのころ。

 ほとんど誰も見ていなかった僕の配信。

 ちっとも伸びなかったチャンネル登録者数、一件つけば良い方だったコメント、当たり前のようにゼロのスーパーチャット。

 最近のことのはずなのに、どうしてか、ずいぶん昔のことみたいだ。


 ロロのやらせを偶然配信に載せて、大炎上させて、それからは他の配信者の炎上を晒す暴露系配信者になって。

 そうして気づけば、ロロに正義の鉄槌を下す制裁系配信者になっていた。


 どうして?

 どうしてこうなった?


 不意に、思ってもみなかった疑問が胸に突き刺さる。


 手元のスマホに目を落とすと、画面の中で手足を縛られ、ガムテープで口を塞がれたロロが涙目になっておびえていた。

 大好きだった、憧れだったはずのロロが。


「何考えてんだろ、こんなときに」


 頭を振って、僕はそれ以上考えないことにする。

 だいたい、もう引き返しようがないんだ。

 今更、もう遅いんだ。



〜加藤〜


 ダンジョンへとつながる洞窟の入り口では、やはりダレンとその仲間、カズが待ち構えていた。


「止まれ」


 気づいたカズが腰を上げ、こちらへ歩み寄ってくる。


 俺はすぐにジネから借りたカメラ付きのVRゴーグルを装着し、カメラをオンにした。

 カメラを通してゴーグル内部のスクリーンに目の前の映像が映し出される仕組みだった。

 ジネの仮説が正しければ、これでカズのスキルを封じることができる。


「一人で来いと言ったはずだぞ、ユーガ」

「そうなのか?」


 振り返ると、ユーガは気まずそうにうなずいた。


「DMで言ったよな、一人で来なかったら、ロロは死ぬ」


  ダレンはその言葉に一瞬驚いたように顔を上げたあと、すぐにまたうつむく。

 俺はそれを見逃さなかった。


「ダレン、カメラをこっちに向けてくれ。あのボタンを押す」

「あ、あぁ」


 持っていたスマホのカメラをカズの方へ向けようとするダレン。

 カズはポケットから取り出した何かのスイッチをかかげる。


 次の瞬間。


「『パワー・ド・タイム』ッ!!」

「ぐっ!?」


 スキルを発動させたマシューが地面の石つぶてを拾い上げ、カズの手元に向けて放つ。


 まさに一瞬の出来事だった。


「これでもうスイッチは使えないな」


 気づいたときにはカズの手元からスイッチが消え、足元に壊れたガラクタが転がっていた。


「カズ、お前のスキルは俺には効かない。ゲームセットだ。こんなことは終わりにしろ」


「ふざけんな!! そんなものじゃ俺の『スティールビジョン』は無効化できない。それに、これは俺たちだけじゃない、"みんな"が待ち望んでることなんだよ。今さらやめられるかよ!」


「そうだよ、カズの言う通りだ。これは"制裁"なんだ。お前らなんかに邪魔されてたまるかよ!」


「ダレン。悪人を罰するのは社会だ。俺たちや、お前たちじゃない」


「お前なんかに何がわかるんだよ!? 社会や世界じゃ、裁かれない悪人がいる!」


「確かにまだまだ仕組みは不完全かもしれない。でもな、それは悪人を攻撃して良い理由にはならない。

 だからこれは、正義でも制裁でも無い。

 ただ俺が、お前を殴りたいだけだ!!」


 走り出した俺に、カズが手のひらをかざす。


「『スティールビジョン』!!」


「うっ!?」


 振りかぶった拳は、──

 無効化されないというカズの発言は、ハッタリだったようだ。


「いった……」


 倒れ伏すダレン。

 ポケットに入れたスマホの通知が、さっきから鳴り止まない。

 取り出すと、ダレンのリスナーたちからの怒りのDMが殺到していた。


「もうダンジョン配信者には戻れないかもしれないな」


 マシューが複雑な表情でつぶやく。

 その手にはやはり通知で震え続けるスマホがあった。

 俺は、あえて何でもないことのように笑いかける。


「いいさ。そのときはみんなで頭下げて、ブラック企業に再就職しようぜ?」


「あーあ、パイセン巻き込んでクビになったと思ったら、今度はあたしがパイセンに巻き込まれて再就職かぁ。

 ま、いいっすけどね」


「すいません、僕のせいで……」


「何言ってんだ、どうせもう手遅れだ。

 いっそ今から配信でも初めて、最後に爪痕残してやろうぜ?」


「あー、パイセン、そのことなんすけど」


「ん?」


 サナが頭にかぶったヘルメットのカメラを指差す。

 それはいつぞやの、俺がクソ上司の指示でかぶらされたあのヘルメットと同じものだった。


「まさかお前……」


「とっくに配信中で〜す! 気づいてなかったとか、パイセンのざぁこざぁこ♡」


 言いながら嬉々としてスマホの画面を向けてくるサナ。その様子にクルミちゃんも楽しそうにくすくす笑っていた。

 コメント欄を見て、俺も苦笑する。


「ひでぇな、大炎上してる」


 かつてない同接数だったが、低評価も過去一だった。

 でも、高速で流れていくコメント欄の中に、『がんばれ』というたった一つのコメントが混じっていたのを、俺は見逃さなかった。


「それじゃ、とっとと行くか」


 みんながうなずくのを見て、俺はロロの待つダンジョンへ、足を踏み入れるのだった。



〜多田蓮〜


 カズに助け起こされながら、僕はよろよろと立ち上がった。


「失敗しちゃったな」


「あぁ……すまない」


「いいんだ。これで良かったんだよ、きっと」


 言ってみると、笑えてきた。

 カズに悪いとは思いながらも、自然と笑顔がこぼれてしまう。

 憑き物が落ちたような、吹っ切れたような、不思議な気持ちだった。


「また、ダンジョン配信でもしようかな」


「は?」


「カズもやろうよ。二人で」


「…………それもいいかもな」


 僕は笑った。カズも笑った。

 これで良かったんだ。

 あらためてそう思えた。


 はずだった。



「ん?」


 カズが振り返る。

 視線の先には、高そうな服を着た黒い長髪の男がいた。

 コツコツと音を立てて、ゆっくりとこちらへ近づいてくる。


「誰だろう?」


 富豪だろうか。

 紫の詰襟つめえりのその服にはいかにも身分が高そうなフリルが散りばめられている。

 足音の正体は黒革のブーツだった。

 それをコツコツと踏み鳴らして、男が近づいてくる。

 

 男は、カズの目の前で止まった。


「誰なんだ、あんた。──っ!?」

「カズッ!!」


 突然、富豪の男がカズの首元を鷲掴みにした。

 そのまま、カズの体を片腕だけで軽々と持ち上げる。


「離せよ、うわっ!?」


 カズを助けようとつかみかかると、男に突き飛ばされた。ものすごい力だった。

 立ち上がると、カズが地面に叩き落とされるところだった。


「欲しいのは、スキルだけだ」


「けほっ、……『スティールビジョン』!」


 カズが富豪の男に向けてスキルを使う。

 確かに使った、はずだった。


「そうだ、そのスキルだ。それでいい」


 富豪の男は、迷わずカズに手を伸ばす。


「『プランダー』」


 カズの首元に触れ、男は何かを掴み取るかのような仕草をする。


「カズ?」


 次の瞬間、富豪の男はカズの喉仏を掴み、握りしめる。


「カズ! カズッ!!」


 腰が抜けたのか、体に力が入らなかった。

 僕はただ、目の前の光景を見ていることしかできない。


 男の手が離れると、カズはどさりと糸が切れたように倒れ込む。


「見えてるのか? どうして、どうしてカズのスキルが効かないんだ? どうして、カズを殺したんだ!」


「俺が自ら手の内を明かす馬鹿に見えるか?」


 こちらを見る富豪の男と目が合う。

 その瞳には動揺も興奮もなく、こちらを軽蔑するような、深い深い失望が浮かんでいた。


 一瞬の沈黙のあと、男はすぐに目をそらし、加藤さんたちが入っていたダンジョンの中へ消える。


 僕は殺されたカズの、深くかぶったフードをめくった。


「え?」


 顔は至って普通だった。

 ただ、鎖骨の下あたりからあざがのぞいている。

 古いものでは無い。つい最近できたように見える。

 僕は悪いと思いつつ、カズのシャツをまくり上げた。


「……!?」


 言葉を失った。

 カズの体は傷とあざだらけで、胸から腹にかけて、痛々しい火傷のあとがあった。


「もしかして……」


 カズはいつか、ロロの声が母さんに似てるって言ってた。

 だから、幸せそうなのが気に入らないって。

 あのとき僕は笑って流したけど、ひょっとするとカズは──


 呆然として、膝を折って地面に座り込む。

 ポケットの中の固い何かの感触に気づいた。

 取り出すと、それはいつかカズにもらったあのエアガンだった。


 頭の中に、カズとの思い出が駆け巡る。

 瞳から涙がこぼれ落ちた。こぼれてこぼれて、止まらなくなった。


「カズ……」


 カズはクズだ。ひねくれてるし、人としてどうかと思う。


 だけど。


 間違いなく、カズは僕の親友だったんだ。

 僕の、ダレンになった僕の、かけがえのない──


「カズ、カズっ」


 いくら揺さぶっても、カズはぴくりとも動かない。

 カズにもらったこのエアガンは、二人の絆の証だ。

 このエアガンであの男を倒せって、そう言われている気がした。


 僕は富豪の男の後を追い、薄暗いダンジョンの中に足を踏み入れる。


 もう二度と正義なんて気取らない。

 制裁のつもりもない。


 加藤さんと同じだ。


 僕はダレンとしてではなく、多田ただれんとして、カズの親友として、あの男をぶっ飛ばしに行くんだ。



第二部 《ハイドンスカーズ》 完

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あとがき


 第二部ハイドンスカーズは羽川のガバガバ英語で、『隠された傷たち』的な意味があります。

 今回は第一部よりも全体的に暗く陰鬱なエピソードが多くなってしまいましたが、それでもどうしても書きたい内容でした。

 憧れだったロロのやらせを知り、暴露系配信者へと転じてしまうダレンと、ロロを恨むカズ。そして、ロロの炎上に巻き込まれ、ダンジョン配信を活動休止してしまう加藤たち。

 純粋だったはずのダレンはカズに流され、悪に手を染めてしまいます。

 それを改心させるのが今回の加藤の役目だったわけですが、その直後に現れる強大な悪意、富豪の男。

 第三部へとつながる今回の結末は言ってしまえばバットエンド。

 なろう小説としては、ストレス展開続きの今作は残念ながら失格でしょう。


 どれほどの読者様がこの第二部最終話まで読み進めてくださるのか不安でなりませんが、それでも、書きたかった。

 その一心でこの第二部を書き上げました。


 とても時間がかかってしまい申し訳ありませんでした。

 第三部については、富豪の男編ということ以外まだほとんど何も決まっておらず、第二部の反響を見て続きを書くかどうか決めたいと考えております。


 最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。

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しょうもない俺はダンジョン配信で成り上がる 羽川明 @zensyu

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