第11話 実行と制裁

多田ただれん


 その後、カズは好条件の案件でロロを誘い、おおやけになっていない今後の予定を聞き出すことに成功。

 ロロはこれから配信のために潜るダンジョンと具体的な時間帯まで事細かに教えてくれた。


 夜になると凶暴化するモンスターもいるので、企業向けに詳細な時間帯を知らせるのはおかしいことじゃない。


 でも、こんなにもうまくいくものなのか?


「ロ口ロロは俺が思ってたよりずっと馬鹿だ。作戦を変更しよう。

 最初はダンジョンで隙をついてさらう予定だったけど、撮影ってことにしてロロを空室だらけのビルに誘い出すんだ」



「ごめんくださーい」


 休日。時刻は昼間。

 長い銀髪のツインテールの女の子が、虹色の前髪を揺らして人気のないビルの自動ドアをくぐる。

 その隣にはゴツゴツとした筋肉質な体つきの男が一人。

 ダンジョンでもないのに顔までおおった全身よろいを今日も律儀に着込んでいる。

 ロロとユーガだ。


 僕らはというと、今はビルの空き部屋の一室を借りて高みの見物をしていた。

 今はビルのあちこちに設置した隠しカメラと、ロロに応対する会社員役の大学生のピンマイクから状況をうかがっている。


「ほんとに大丈夫なの?」

「大丈夫さ。あの人、あれでも演劇部らしいし」

「でも、会社のこととか聞かれたら……」

「困ったら『新人だからわかりません』って言えばバレないさ。ロロは馬鹿だし」


 会社員役の大学生はカズのネットの知り合いで、今回はバイトと称して手伝ってもらっているらしい。

 いったいいくらもらったんだろうか?


 画面越しで見る限り、ロロは一切警戒していなかった。

 ユーガの方はよろいで顔が隠れていてわからないものの、今のところロロとカズが用意した大学生の会話に口を挟んだりする様子はない。

 僕の不安とは裏腹に、話は順調に進んでいく。


 そうして、なんのアクシデントもないままにロロは一人更衣室に通された。

 その扉の裏では、空き部屋から移動したカズと僕が待ち構えている。


「『スティールビジョン』」

「へ!? な、なにっ!? もごっ……」


 カズがスキルで視界を奪い、僕が目隠しを外してからロロの口をガムテープでふさぐ。

 抵抗するロロを二人して抑え込み、結束バンドで縛ってキャリーケースにつめ込んだ。

 あとはダンジョンまで運び込むだけだ。


「うまくいったな」

「それにしても、どうして僕が目隠しを?」

「『スティールビジョン』は視界が奪われてる状態の相手には効かないんだよ。  だからダレンが目隠ししてれば、ターゲットはロロだけに絞れる。その方が失敗しにくいだろ?」

「なるほど」

「さ、とっととロロをダンジョンに運び込もう」



~加藤〜


 時刻は昼下がり。

 俺たちはマシューたちの家に集まって、のんびりティータイムを満喫していた。


 そんなときインターホンが鳴り、ほぼ同時に玄関のドアを激しく叩く音がしだした。

 おびえるクルミちゃんとジネをなだめるのはマシューに任せ、俺は一人不穏な気配のする玄関へ。

 ドアチェーンをかけてからおずおずと扉を開けると、鉄の塊が突っ立っていた。


「うぉっ!?」


 慌てて扉を閉めようとすると、鉄の塊からにょきっと伸びてきた手がドアに挟まる。


「加藤さん、僕です! ユーガです!」

「は!? え、お前、普通に喋れたのかよ」

「そんなことより、大変なんです、助けてください!」

「助けるって、一体……」


 事情を察してチェーンを外し、中へ入れてやる。

 すると、ユーガはいきなりひたいを床にこすりつけるようにして土下座した。


「お、おい、なんだよ突然ッ」

「虫のいい話なのはわかっています。でも、どうか、どうかお願いします! ロロを、ロロを助けてください!!」

「は?」

「どうした、加藤」


 騒ぎを聞いたマシューがリビングから顔を出す。

 すぐに土下座するユーガに気づき、目を丸くした。


「お前は確か、ユーガか。なんの真似だ?」

「ロロがさらわれました。今、ダレンという配信者の配信で晒し上げられています」

「なに?」


 スマホを出して調べると、すぐにヒットする。

 とんでもない数の同接数だった。


「ん? このチャンネルって……」

「むごいな」


 マシューは俺のスマホをのぞき込み、顔をしかめる。

 ダレンのチャンネルでは、『制裁配信』と銘打ったライブ配信が行われていた。

 その中でロロは手足を拘束され、口にガムテープを貼られた状態でダンジョンの中に置き去りにされている。


 画面上部にはタイマーらしき数字の列があり、その数字がゼロになった瞬間、ロロのそばに設置された爆竹が弾けてモンスターをおびき寄せる仕掛けらしい。


「なにしてんすかー、パイセン」

「か、加藤さん、マシュー。ロロさんが大変なことに」

「加藤さん……」


 サナたちもやってきて、やはりユーガを見て驚いていた。

 待っている間にジネがダレンの配信に気づいたらしく、それ以上説明はいらなかった。


「みなさん、お願いします! どうかロロを助けてください!!」


 5人を前に、改めて頭を下げるユーガ。

 しかし、反応は渋いものだった。

 当然だ。

 ロロはやらせの口止めのために俺たちを脅し、俺たちを巻き込んで大炎上した。

 さすがに可哀想だとは思うが、手を貸してやる義理はない。

 5人の中ではクルミちゃんだけが助けに行こうと息巻いていて、残る俺たちは曖昧な返事しかできなかった。


 俺たちの反応を見るなり、ユーガは突然、頭にかぶった甲冑を外した。


「は?」「ん?」「……ッ!?」「ひっ」「え?」


 三者三様ならぬ五者五様の反応が返る。

 その場に沈黙が降りた。

 ユーガの素顔は、見るに耐えないものだった。

 右目はえぐれていて、顔中痛々しい大きな傷や火傷によって大部分が変色している。


「ロロは、大怪我を負って廃棄されようとしていた僕を買って、奴隷から解放してくれました。

 服をくれて、食べ物をくれて、居場所をくれました。

 僕はロロに、"人生"をもらいました。

 お願いします! 僕はどうなってもいい。

 どうかロロを、ロロを助けてください!!」


「……行こう」


 口にすると、サナもマシューも目を見開いた。


「ちょ、はぁ!? パイセン、本気で言ってんすか? 

 あたしたち、今ロロのせいで活動休止中なんすよ!?」


「加藤、私もサナと同意見だ。

 ロロはこれまでの悪事が明るみになって、しかるべき罰を受けた。

 自業自得じゃないかっ!」


「……ロロは、確かに悪いやつだ。

 ひどいやらせをして、炎上して、そのせいで俺たちは収入を失ったし、今でも復帰の目処は立ってない」


「ならっ!」


「──でも!! ロロはそれだけじゃなかった!

 奴隷になって死ぬところだったユーガを、ロロは救った。

 それだけで十分だろ?」


「確かにロロはユーガさんを助けたのかもしんないっすけど、それでロロが今までしてきたことが帳消しになるわけじゃないんすよ?」


「……悪人は、悪いことしかしないのか?

 善人は、良いことしかしないのか?

 違うだろ!? きっとホントは誰もが悪人で、誰もが善人なんだ」


「それは、そうかもしれないっすけど……」


「俺は俺たちを活動休止に追い込んだロロを助けに行くんじゃない。

 ユーガを救ったロロを、助けに行くんだ」


「加藤……」


「か、加藤さん! 待ってください!」


 パワードアームを取りに戻ろうとする俺を、ジネが引きとめる。


「ダレンの仲間は『スティールビジョン』という、相手の視界を奪うスキルを持っているみたいです。

 私の仮説が正しければ、これはカメラ付きのVRゴーグルで防げます。

 ですが、もしこの仮説が間違っていたら……」


「加藤。そのときは、ダレンにロケットパンチを使え」


 言い淀むジネの代わりに、マシューが一息で告げる。その瞳は真剣そのものだった。


「マシュー、俺は使わないよ」


「なぜだ!? アイツは異常だ! 今回の制裁はやりすぎだ。

 そのうち死人が出るぞ!

 それは加藤、お前かもしれない」


「そのときは、お前らが俺の仇を打ってくれ」


「なんだと? お前、何を考えているんだ?」


「マシューも見たことあるだろ? ほら、あの配信だよ、ロロのやらせがバレたダンジョン攻略動画。コイツ、あのとき配信してた男の子だ。

 なんとなくだけど、ダレンは期待や名声に溺れてるだけなんだと思うんだ。

 コイツは、殺されていい人間じゃない。きっとやり直せる」


「それを証明するために、お前は命をけるのか?」


「そうだよ、マシュー。だから俺は一人で行く。俺のわがままに、マシューたちを巻き込むわけにはいかない」


「あーあ、まったくしょーがないっすねーパイセンは。あたしもついってあげますよ」


「私も行きます!」


「サナ、クルミちゃんまで……いいのか?」


「えぇい、わかった! 私も行く! 行かせろ!」


 そのタイミングで奥の部屋からジネが飛び出してきて、VRゴーグルを手渡してくれた。


「カメラ付きのVRゴーグルは、私が使っているこれ一台だけです。マシューか加藤さんがつければ勝てると思います。

 ダレンさんたちを発見したら、すぐにこれをかぶって、カメラをオンにしてください。それで視界が確保できます。

 私の仮説が正しければ、視界をゴーグルでおおっている人物には『スティールビジョン』が効かないはずですから」


「わかった。大切に使わせてもらうよ」


 VRゴーグルを受け取り、手短に装備を整える。

 そうして、俺たちはユーガとともにダレンの待ち受けるダンジョンへ出発した。



────────────────────────────────────

この小説のトップページ(表紙)または最新話のページの『★で称える』の+ボタンをいっぱい押したり、ハートを押したりして応援していただけるととてもうれしいです!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る