ネタ切れ雀

 むかしむかし、ある新聞社の地方支局に、大変ダンディながら心優しい支局長がいました。積徳男(せき・のりお)という四十代前半のうだつの上がらない男です。この支局は山間部にあり、支局員は積と五年目の鬼頭(きとう)という女性記者の二人のみです。

 支局長の積も積極出稿しないと日々の紙面は埋まりません。木々の葉が赤や黄色に色づき始めたある日、積は取材で山奥の大学を訪れました。そこで、ある女子学生に出会いました。名前は竹中雀(たけなか・すずめ)です。

 雀は「卒業後は新聞記者になりたいんです」と言いました。今や新聞業界は斜陽産業です。それにもかかわらず、あえて新聞記者を目指す雀という女子学生の熱意に積は大変感動しました。その場で、本社に掛け合って、インターン生として支局で受け入れることにしたのです。



 一週間後に雀は支局にやってきました。積はダンディながら、とても面倒見の良い支局長でした。ネタを引く力は弱く山間部の支局長に甘んじていますが、入社二十年で一度もハラスメント事案はありません。「クリーン積」の異名そのままに、インターン生である雀に懇切丁寧に取材のイロハを教えました。

 ところが、一人、怒りを露わにする人物がいました。そうです。鬼頭記者です。「あら雀ちゃんネタ切れかしら」「あなた、才能がないわよ」「そんな雀の涙みたいなネタが記事になるとでも思っているの?」と辛辣です。ことあるごとに因縁をつけては冷たく接していました。


 そして、インターン開始二週間で事件は起こりました。その日、積は東京出張で不在でした。
「この泥棒雀め!」支局に鬼頭の怒声がこだまします。鬼頭は雀が自らのネタを盗んで記事にしたというのです。「盗んでいません」雀は涙ながらに否定します。しかし、鬼頭は許しません。

 実は鬼頭は積に淡い恋心を抱いていました。積は妻帯者で、これが許されざる恋、成就しないのは分かっています。それでも、二人支局という閉鎖空間で日々、積と過ごす日々は幸せでした。ところが、雀が来てからというもの、積は雀にばかり話しかけます。鬼頭はそれが許せませんでした。「あんた、出て行きなさい!」ついには雀を支局から追い出してしまったのです。


 翌日、戻ってきた積は「なんて酷いことを……」と嘆きます。すぐに雀を探しに支局を飛び出していきました。インターン生として受け入れる際に記載してもらった書類の住所は山奥でした。道なき道を進んで、積がたどり着いた先は、なんと大きな屋敷でした。「ここが竹中記者の自宅……?」


「あれっ⁉︎ 支局長!」呆気に取られ、困惑する積の前に現れたのは雀本人です。屋敷の中に招き入れられると、吹き抜けの大階段の前には、ずらりと執事が並んでいました。「お嬢様、お帰りなさいませ」

 そうです。雀はあの大財閥「竹中コンツェルン」の令嬢だったのです。シャンデリアや豪華な調度品が並ぶ豪奢な部屋で、食事やあんなことやこんなこと、心尽くしのもてなしをされました。

「支局長、これ、お土産です」翌朝、送迎のヘリに乗り込む直前、雀は大きな箱を積に差し出してきました。が、積は「そんな大きなものもらえないよ」と頑なに固辞します。「それならば、せめて。ほんの気持ちですので」と、雀は小さな箱を手渡します。積は根負けし、ようやく受け取ります。


 支局に戻ってから積は、小さな箱を開けてみました。すると、そこにはUSBが一つ入っているのみでした。「こ、これは……」ところがUSB内には、ネタが複数入っていました。特ダネではないものの、向こう一ヶ月は出稿に困らないほどの多彩なネタです。しばらくは年下デスクからいびられる心配はありません。

「これで紙面が埋まる」積は安堵のあまり、声に出していました。だから、鬼頭記者が背後に忍び寄っているのに気付きませんでした。端末の画面をバッチリ覗かれているのに気付いた時には、時既に遅しでした。


「私も行ってきますね!」鬼頭記者は舌なめずりして、支局を飛び出して行きました。山の中の雀の屋敷に着くと「私はあなたに期待していたからこそ厳しくしていたのよ」と、びっくりするほどの掌返しで雀に取り入ります。

 積支局長同様のもてなしをされて、ヘリでの帰宅の際には、やはり土産を差し出されました。目の前には大きい箱と小さい箱が並んでいます。「こっちにするわ」鬼頭は迷わず大きい箱を選びます。



 社宅に帰ってから早速開けてみました。中に入っていたのは、たくさんのUSBです。その全てにネタがぎっしりと詰まっています。支局長の積は小さい箱を選んだばかりに一ヶ月分の平凡なネタしかもらえませんでした。「どこまでも小さい男ね。そんな性格だからババを引き続けるのよ」貧乏くじばかりを引かされる積のことが何だか哀れに思いました。

 USB内のネタを精査すると、すぐに報道しなければ腐ってしまう超ド級の特ダネがありました。竹中コンツェルンのM&Aネタです。鬼頭は支局長の積を通さずに直接、本社デスクに電話します。「一面トップで打ちたいネタがあります。支局長には話を通してありますから」と嘘をつきます。

 ですが、慎重派で知られるデスクは渋りました。終いには「担当の本社記者にも当たらせたい」と言う始末です。鬼頭にはこれは自分が掴んできたネタだという自負がありました。本社の記者にネタを横取りされるかもしれないとの焦燥感も手伝って「竹中CEOからも裏取りできています。他社も動いています」と咄嗟に嘘をつきました。今日組じゃないと腐ると暗に匂わせ、デスクを説き伏せたのです。

「こんな片田舎の支局で私は終わらない」特ダネを出稿した瞬間、鬼頭は呟きます。この時、鬼頭の網膜には薔薇色の未来が映っていました。特ダネを連発し続けて、東京本社の政治部に栄転。史上最年少でデスクに昇格。積なんて比較にもならないほどの伴侶に恵まれて、幸せな家庭を築いています。

「徹底的な裏取り取材しろ」「百%の確信がなければ打つな」前のめりになるあまり、新人研修で習ったそんな基本中の基本を疎かにしていました。この時の鬼頭記者はもはや記者ではありませんでした。リークネタに高揚し、記者の本質とも言える「見抜く力」を完全に失っていたのです。


 事実無根であり遺憾──。竹中コンツェルンが鬼頭記者の報じた一面トップの特ダネに猛抗議したのは、その翌日のことです。鬼頭に厳正な処分が下されたのはそれからすぐのことです。鬼頭は支局はおろか、新聞社を去ることになりました。


 季節は変わり春となりました。「積支局長、このネタで今日はどうですか?」山間部の支局には、今日組の出稿予定を上目遣いで相談する竹中雀記者の姿がありました。この春から晴れて記者となり、人事部への入念な根回しの結果、希望通りこの支局に配属されました。「良いね。それでいこうか」積は柔和な笑みを返します。

「もう邪魔者はいない」雀は積に背を向けると、心の中で呟きました。その表情は醜悪でした。キャンパスで出会ったあの日、雀はダンディな積に一目惚れしたのです。今まで出会ってきた男とは違う包容力に「手に入れたい」と心の底から思いました。結局、一番欲しかったものを手に入れていたのは雀記者だったのです。


(了)

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マスコミむかし話 松井蒼馬 @moenopotosu

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