幕間SS:りっちょんは新しい道を歩き始める

 りっちょんは病室のベットの上でため息をいた。

 日本政府と繋がった変な配信冒険者パーティが個室の病室を取り、ここに閉じ込められた。

 夕ご飯以外の時間はずっと尋問をされていた。

 罵倒されたり殴られたりはしなかったが、女性職員の声は冷たかった。

 うるせえな、と思った。

 政府なんか関係無いじゃない、口を挟むんじゃないわよ、とか、りっちょんは思っていた。


 ロシア人に改造手術をされてから、いつもイライラしている気がする。

 みのりの事を考えると嫉妬で心が焼き付きそうに痛む。

 タカシと知り合ったのは私が先なのに、彼に媚びて取り立ててもらって、史上二番目の『吟遊詩人』バードの座を盗みだして、ズルをして人気者になった、と思うと怒りで体が震えた。


 レーザー砲をぶっ放して病室という名前の監獄を破壊したいと思ったが、政府の犬の女に義手のバッテリーを外されて動かなくなっていた。

 右目の義眼に埋め込まれた情報機器も電波が通じないのか表示が動いて無い。

 早くロシア人が助けに来てくれないかな。

 りっちょんは儚い希望を願い、夜の街を見ていた。


 ドアがノックされた。

 また取り調べか、とりっちょんは表情を曇らせた。

 何度も何度も同じ事を話して、もううんざりだった。


「こんばんわ~~、サッチャンです~♡」


 予想外の人物が入って来て、りっちょんは思わず立ち上がってしまった。

 世界で一番有名な女悪魔のサッチャンだった。


「タカシくんからのお届け物です~~♡」

「ああ、タカシくん、やっぱり私の事を想ってくれていたんだっ、嬉しいっ!」

「それは無いようですよ~。伝言も預かっています~~♡」

「なになに、彼は何を言ってきたの。みのりんが嫌になったのね、あの日、ずっと私の顔を惚れ惚れと見とれてたしっ」

「手と眼を治してやるから、もう二度と『Dリンクス』に近づくな、ですって♡」

「……、嘘よ、嘘嘘っ!! 彼は絶対私の事が好きなのよっ! 上流階級のみのりんの両親が怖いから心にも無い事を言ってるんだわ、絶対そうよ」

「いやあ、呆れちゃうほど自分勝手な妄想を浮かべますねえ~♡ ストーカー女はそうでなくっちゃっ♡」

「たかしくんはどこ? 近くに居るんでしょ、会わせてっ! 一目会いさえすれば、きっと彼の迷いも断ち切れるわ、私たちは二人で世界に羽ばたくのよ」

「たかしくんとあなたでは、差がありすぎで、人気になっても、それは彼の力ですよねえ~♡ いやいや、自分は努力しないで楽して世間を渡っていく根性が素敵ですねっ♡」

「うるさいうるさいっ!! 黙れ黙れっ!! 人間で無いお前なんかに何が解るんだっ!!」

「私は何千年も人間を観察してきましたから、人間通なんですけどね。まあ、らちが空かないので、ほいっ♡」


 サッチャンはむしゃぶりついて来たりっちょんにエリクサーの瓶をぶつけた。


 ガチャンッ。


 ガラス瓶が割れ、中の紫色の液体がりっちょんの体に降り注いだ。

 シュウシュウと音を立て激しい煙が出て、右腕から義手が外れ、頭から義眼と脳に埋め込まれた機械、脊椎に埋め込まれた機械が押し出され、音を立てて床に落ちた。


 りっちょんは久しぶりに世界がくっきり見えたような気がした。


「何か強い薬を使ってましたね~♡ ロシア人は雑だから~♡」

「……」


 りっちょんは自分の右腕を見た。

 元通りの綺麗な腕だ。

 ポケットから手鏡を出して開く。

 ああ、眼も顔も元通りだ。

 あの牛の化け物に潰された顔も綺麗に治っている。

 なんだか夢のようだ。

 ポロポロとりっちょんは泣いた。


「それでは失礼します~~♡」

「ま、まって、ど、どうしてタカシくんはここまでしてくれるの? いま、昔を思いだしたら初めて会った日から、私は最低だったわ。サイボーグになってからは輪をかけて酷かったわ、なのにどうして」

「馬鹿で善人だからですよ。善人の母親から生まれて、善人の母親に愛されて育ったから、不幸な事があっても頑張れるし、失礼なサイコ女にも慈悲を掛けられる甘ちゃんなんですよ」


 りっちょんは自分で自分の体を抱いた。

 正気に返ったのだ。

 あの日、アイドル殺しに合ってから後の自分の言動を思いだして自己嫌悪で死にそうになっていた。


「ど、どうしたら、どうしたら、この恩を返せるの?」

「さあ? 悪魔の知った事じゃあ無いですね。ではでは~♡」


 そう言って、サッチャンは病室を出ていった。

 りっちょんはブルブルと震えた。


――すごいアレな人みたいな行動をして、しかも、それを全世界に動画配信されていたんだ……。


 芸能界に復帰なんかできっこ無いと思った。

 汚れのバラドルにも成れないだろう。

 ロシア人の甘言に乗って自分で自分の未来を全部ドブに投げ捨てたんだ。

 どうしようどうしよう。

 りっちょんは頭を抱えた。


 またドアがノックされた。


「だ、だれ!?」


 この場にタカシくんが来たら、死んでしまう。

 りっちょんはそう思って怯えた。


「失礼しやす」


 入って来たのは、なんだか風格のあるヤクザっぽいおじさんだった。


「あなた、誰?」

「越谷小太郎という半端なヤクザでさあ」

「ヤ、ヤクザ?」


 芸能界は興行の世界なので、伝統的に裏社会との繋がりが強い。

 りっちょんも社長に言われてヤクザに挨拶した事もある。

 その時会ったヤクザの幹部よりも越谷という男は風格があった。


「な、何の用なのっ! みのりんに言われて報復に来たの!?」

「あっしは今、世間の半端者を集めて配信冒険者パーティを組んでましてね。丁度『吟遊詩人』バードが必要になったんでさあ。良かったらうちのパーティに入って『吟遊詩人』バードをやっちゃくれやせんか」

『吟遊詩人』バード……、こんな私を、必要としてくれるの?」

「ええ、地獄を見た律子さんだからこそ、うちのパーティに入って欲しいんでさあ」

「迷宮を、迷宮で冒険をするの? 深く潜るの?」

「ええ、さっきのサッチャンにあっしは遺恨がありやして、少なくとも百階までは潜りやす」

「百階……、でも私、配信冒険者の修行はしてないのよ、アイドルで歌って踊る事しか出来ないわ」

「覚えてくだせえ。あっしの手元にはタカシさんの『暁』の兄弟刀『宵闇』がありやす、これを起動させるのに、律子さん、あんたの力が必要なんですよ」


 りっちょんは心の底から熱い物が湧き上がってくるのを感じた。

 なにより、こんな残骸のような自分を必要としてくれる人が居る、その事実が嬉しかった。


「わ、私は駄目な子で、親は毒親で、世話になった社長が毒社長で、こ、越谷さんに迷惑を掛けちゃう、だ、だから、無理……」


 越谷は薄く笑って首を振った。


「あの社長の付き合いは断ちましょう。あっしは安部興行に伝手がありやすから、移籍してくだせえ」

「あ、安部興行って演歌の老舗事務所じゃない、私、演歌歌うの」

「歌いたければ、やりましょう。悲しい目にあって、苦しい思いをして辛酸を舐めた律子さんは良い歌を歌えるでしょう」


 演歌なんか、と思ったりっちょんだったが、でも、演歌でも良いかもとも思い直した。

 悲しい事苦しい事があった私なら、ずるくて卑怯で駄目な女の私なら、良い歌が歌えるかもしれないと思った。

 なぜか、歌が歌いたかった、アイドルの時も、『吟遊詩人』バードになっても歌は手段であってあまり好きでは無かった。

 でも、今は心の底から凄く歌いたいと思った。


「歌いたい、越谷さん、私、歌いたいです」

「歓迎しやすよ、律子さん。あっしの他のメンバーも馬鹿で屑ばっかりですが、歓迎すると思いやす」


 ああ、迷宮に入って『吟遊詩人』バードとしてやり直そう、そう、りっちょんは思った。

 新しい環境で新しい事をしよう。

 そうやって頑張って冒険すれば、いつかタカシくんに恩を返せる時も来るかも知れない。

 りっちょんは、そう、思った。


(俺とオカンがDチューバー、第一部、完) 

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Dチューバーな俺とオカン ~俺のゲットしたレアスキルが【オカン乱入】だった件 大バズりしながらかーちゃんと一緒に迷宮最深部を目指すぜ~ 川獺右端 @kawauso

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