老衰遮断器
@ramia294
僕の最も知りたい事は……
希望という名を置き忘れた少子化対策。
官僚や政治家の皆さんが、知ってか知らずか当然のように崩壊し、世は大高齢者世界。
一方で、この国の医学の進歩は好調で、再生治療は世界一の水準を誇り、循環器の再生は完璧。
悪性腫瘍を克復し、認知症さえ治療を確立させた。
さらに、自動車メーカーは、相変わらずの世界一水準。
クルマは、全てフルオート化され、交通事故は激減、いや、なくなった。
この国の人々の死因は、よほど不運な事故でもない限り、老衰しかあり得ないとなった。
この国の死因の九割超が、老衰に数えられた。
伸びない出生率。
尽きない命。
高齢化社会は、ますます進み、老人に労働力となってもらうしか、この国が生き残る道はなかった。
労働力の維持のため、老人たちに死なれては困るこの国のある企業は、それをついに、生み出してしまった。
老衰遮断器だ。
尽きない命は、さらに伸びる。
この国の死因1位の老衰死を克服するために作られたそれは、小さな卵の様な形をしていた
ウズラの卵よりひと回り小さいそれを身体に埋め込むと、老衰死を感知、卵が割れ、老衰死を回避する物質が、体内に溶け出す。
つまり、死後の世界から無理やり引き戻すのだ。
その物質の正体は誰も知らなかった。
老衰遮断器を作っているメーカーが、正体を明かさないのだ。
社名は、エンジェル。
天使の社名を持つその小さな会社は、いつの間にか、この国の奥深く食い込んで、今では誰も止められない重要企業になっていた。
しかし、全く正体の分からないこの企業。
政府のある機関が、エンジェルの秘密を探り出す決定を秘密裏に下した。
つまり、顧客の政府もこの会社の正体を知らなかったのだ。
四十代という、この国の住民としては、比較的若かったからか、探偵の真似事をしている実質フリーターの僕に白羽の矢がたち、この企業に潜り込んだ。
卵の中の物質の正体を掴むことが出来れば、国家公務員というエサにつられた。
寿命の長さは、まだ百年以上は確実。さらに、老衰遮断器を使うと……。
僕には、魅力的なエサだった。
潜り込むと、不思議な事に、この会社には研究部門が無かった。
そんなに大きくもない工場で、老衰遮断器の小さな卵を延々と作り続けているだけだ。
一度卵が、割れると、その老人には、新たな卵を埋めないといけないので、需要は無くならない。
毎日、大量の卵が専用のケースに詰められて、政府指定の場所に運ばれて行く。
工場に潜り込む事は、比較的楽だった。
オートで作られるそれを監視しているだけの仕事の募集に応募すれば良かった。
製造ラインを増やす度に、ひとり雇うようだ。
誰でも応募出来る。
工場敷地内の事務所も調べてみる。受注の受け付けと配送の準備をしているだけだ。
事務所内にも原料の情報は、いっさい無かった。
原料の製造元の本部があるはずだが、どんなに調べてもここが本社になっていた。
原料を運ぶトラックは、見当たらない。
夜中に来ているのかと、徹夜で張り込んだが、全く姿はなかった。
しかし、無くなりそうな早朝には、原料が山積みされていた。
製造ラインは、全く誤動作をする事無く、一日が過ぎていく。
リーダーと呼ばれる製造ライン全体の責任者や事務所の人間も何ひとつ原料についての知識を持たない。
僕が、モタモタしている間に、政府が怖れていた卵の超過使用が、始まった。
老衰死からの救済という事は、その時点よりも肉体が若くなるということだ。
つまり卵を一個使うのではなく、二個、三個と使えば、その分肉体は、若くなっていく。
九十歳の者が、卵を七つ同時使用すると肉体は二十代になる。
もちろん、誰もがそれを望んだ。
老衰遮断器の需要は、いっきに増えていく。
政府の予算は、いっきにひっ迫する。
様々な憶測が飛び交った。
新たな武器、
あの大国の国ひとつ分の実験、
神の采配、
等。
どちらにしても、国家予算のピンチだ。
僕も、もうモタモタしていられない。
原料置き場に、潜む事にした。
物陰に潜む事三日目、それが現れた。
ひとりの女性が唐突に姿を現し、材料置き場にその手を触れた。
需要超過で、心細くなった材料は、それだけで満杯になった。
「隠れている方。出て来られては如何でしょう?」
天使の様に美しいその人は、残念ながら翼を持ってはいなかった。
彼女こそが、この老衰遮断器の発明者だった。
「あなたは、誰なのですか?天使ですか?何故この材料は人を老衰死から救うのですか?」
その人は、何か企むような視線で僕を見ると、イタズラな笑顔を僕に向けた。
「よければ、その目でご覧になりますか?」
彼女の美しさばかりが、目に入り、背後のエレベーターに気づかなかった。
手を触れただけに見えたのは、台車を動かす動作だったらしい。
どうやら、原料は単純にエレベーターで運ばれていたようだ。
僕は彼女に案内されて、工場の地下施設に入った。
大きくない施設でプラスチック成型の原料の様に、卵の中身が作られていた。
「特に珍しい物でもないのだけどね」
自動的に30キロの袋に詰められ台車でエレベーターに運ぶ。
「最初に作った時、こんなに需要があると思わなくて。もう少し工場のレイアウトを考えるのだったわ」
需要が大きくて、施設の改良をしている暇がないらしい。
「ところであなたは、政府からのスパイ?」
「はい、すでに老衰遮断器の卵を若返りのための過剰使用に使っている人が出てきています。今は情報拡散を政府が防いでいますが、それも時間の問題かと。その時のための対策用の情報取集係というところです」
「そうね、本来の使い方ね……。ありのままを報告してもらって差し支えないわ。何なら撮影してもらっても構わない」
本来の使い方?
老衰死からの救済が、本来の目的ではないのか?
僕の報告により、国がお金を出し、大きくて効率的な施設を作ることになった。
もちろん過剰使用が、増えた。
この国は、肉体年齢は、二十代だが、実質的には百歳をとうに過ぎている人ばかりになった。
ところで、肉体年齢が、若返ると、当然、恋も再びということになる。
心も若返るのだろう。
面白い事に、夫婦ともに若返ると、ほとんどの人は、元の相手を選ぶ。
科学者によると、脳の錯覚が、固定されているとの事だ。
基本的に、人に浮気者は、少ないらしい。
もちろん違う相手を選ぶ例外もいたが、どちらにせよ恋が結実した結果、子供が生まれた。
見た目年齢は、無茶苦茶になったが、ここに、本当の意味で、少子化対策は、完了した。
少なくとも、若い肉体と心を持つ働き手が増えた事により、この国の経済力は、復活した。
もちろん、将来的には、本来の意味の若い労働力も期待出来た。
すると、税収が増え、老衰遮断器に潤沢な予算をつける事が、可能になった。
そうなると、僕の存在理由はなくなり、国との契約は完了となった。
増産の手柄は、認めるという事なので、約束通り国家公務員として、迎えるという話もあったが、僕は断った。
今では、恋人となった彼女と、大きくなったエンジェルの経営者としての仕事が、忙しかったからだ。
老衰遮断器を発明した彼女は、卵の中に入っているのは、行き場の失った片恋だと僕に教えた。
「恋は片思いが、最も純粋でしょ。でも、若い頃は平気で無謀な片思いをするけど、ある程度の年齢になると恋に、臆病になり片思いから逃げるわ」
相変わらず彼女は、若々しく、美しい。
間近に迫った僕たちの結婚式の準備をしながら、彼女は続けた。
「無謀な片思いこそ、若さの特権。それなら行き場の失った恋を集めて固定すれば、若返りに使えるかもと考えたの」
どのように固定するのだろう?
それに、老衰遮断器の実験第一号は、誰だったのだろう?
彼女は、教えてくれなかった。
僕もしつこく聞かなかった。
僕には、それ以上に、知りたい事があるのだ。
それは……、
今年の彼女の誕生日。
ケーキを切りながら、何気なく訊ねた僕の疑問に、彼女は、ただ笑っていた。
その疑問だ。
僕には、それ以上に、知りたい事はないのだ。
来週から家族になる、僕の天使。
彼女の本当の年齢は、いったい何歳なのだろう?
終わり
老衰遮断器 @ramia294
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます