「ああもう、本当に規格外ね」

「次は当てんぞ、さっさと決めろ、死ぬか生きるか」

そう言うとクエンは両手を上げ、「参りました」と言った様子で呟いて肩を落とす。

「で、何の為にこんな事しやがった?」

「特に?理由なんてないわ。強いて言うなら退屈だったから」

「命落としかけて退屈しのぎねえ、そんなイかれた奴初めて見るぜ」

「初めて?私達初めましてじゃないはずだけど」


クエンの言葉にジークは即座に反応する。

「何処かであったか?悪いな雑魚は覚えてねえんだ」

「ハイルデザート、空に浮かぶ島、天使達、覚えてない?」

クエンのその言葉を聞くとジークは少し考える仕草をし、「あー!」と声を上げた。

「あの時のか、なんか変な島があるなと思って飛んで行ったっけ」

ジークは思い出すと同時に、顔に微妙な表情を浮かべた。


「あの時の奴か、確か天使とかいう連中がいて、妙に騒がしかったよな。」

クエンは肩をすくめ、薄く笑う。

「ええ、あの時もあなたは随分と暴れ回ってくれたわね。ハイルデザートの天使たちが泣いてたわよ」

ジークは豪快に笑い飛ばす。

「あいつらが攻撃してくるからだろ?俺はただ、返してやっただけだ。それにしても、よく無事だったな」

クエンは不敵な笑みを浮かべて答える。


「無事じゃなかったわよ。私は何度か貴方に殺されたもの、でもあの時は楽しかったわぁ」

ジークは興味深げに彼女を見つめた。


「ふっまあ昔話はこれくらいにしておくか。じゃあな俺は戻るぜ」

「ねえ、ハイルデザートを出て私一つ気付いた事があるの」

「お腹ってこんな感じに空くのね、のども乾いて眠気もひどいの。ねえ奢ってくれない?」

ジークはクエンの唐突な言葉に一瞬間を置いてから、肩をすくめて答える。

「はぁ?お前、俺にたかるつもりか?」

クエンは微笑みながら首を傾げる。

「貴方のせいなの、私がハイルデザートを追い出されたのは。だから責任取ってくれない?」


クエンが口から出まかせを言うとジークは少し考えてから。

「嘘つけよ、この俺のせい?何十年前の事掘り返してきてからに」

「あら、覚えてない?本当に?」

クエンはそう言いながらジークの眼を覗き込んでくる。

その瞳には怪しげな光が宿っていたが、それ以上にはっきりとした意志の強さを感じられた。

その眼の光に当てられたジークは目を逸らすことが出来なかった。

「……分かったよ奢ればいいんだろ、ついて来い」

ジークが諦めたように言うと彼女は大喜びする。そして二人は夜の空を降りていく。




「いいお酒ね」

クエンはグラスを揺らしながら妖艶な笑みを浮かべる。

ジーク達は路地裏の酒場から場所を移し、冒険者ギルドと併設されたバーに来ていた。そこで彼女は酒を嗜んでいたのだ。

その隣ではジークが渋い顔をしながらワインを飲んでいる。

「そりゃ良かったな」

「おやおや、ジークが女を連れてくるとは、珍しいこともあるもんだ」

「ねえ、マスター何か食べる物ないの?お腹空いちゃった」

「あるぞ~ちょっとまってな」


そんなやり取りをしながら二人は軽口を叩きあう。

「ねえ、ジークは何か食べなくていいの?」

クエンが尋ねるとジークは軽く首を振る。

「いや俺は酒だけでいいや」

するとマスターが料理を運んできた。

それは野菜と肉を煮込んだスープだった。湯気が立ち上るその料理からは食欲をそそる香りが漂ってくる。


クエンはそれを一口食べると目を輝かせた。

「あら、美味しい」

その様子を見てジークはクエンに問いかける。

「なあ、さっきの話はどう言う事だ?お前ら精霊だろ、何で食事や睡眠がいる」

クエンは口の中のものを飲み込み答える。

「確かに、私たち精霊に食事も睡眠も必要ないわぁ。でも天使は違うハイルデザートに滞在する代わりに生まれ持った能力を底上げする契約を生まれつきしてる」

「ハイルデザートにいないなら、人間と同じように食事と睡眠も必要。精霊としてのメリットを消されてる」

ジークはクエンの言葉を聞きながらワインを喉に流し込んだ。

「ふーんで、お前これからどうすんだよ」

クエンはジークにグラスを向ける。

「押しかけ女房って言ったでしょ、貴方について行くわ。暫くね」

「……は?」



これで何か変わるのだろうか―――。

朽ち果てた玉座に座る灰の王は、静かに息をつく。周囲には暗黒の霧が漂い、彼の存在感がその場を支配している。

「これで何か変わるのだろうか……」

彼の瞳には一抹の疲労と、かすかな絶望が宿っていた。

同胞たちを匿い、安全な生活を提供する場所を作り上げた。しかし、それだけでは解決しない。

「日の元を堂々と歩き、人間と同じように生活する……それにはあまりにも高い壁がある」

彼の声は重く、玉座の間に響く。

その時、不意に何かに気付いたように目を見開いた。

「……勇者め、貴様はどれほどの障壁を作った?」

灰の王はその言葉を噛み締めるように呟き立ち上がる。

「……何を言おうと変わらないな。やれることをするだけだ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

フェンリルに転生した俺、人間に復讐を決意します アイスメーカー @aisumeika

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ