蒼天

「赤!赤だ!」

ジークは賭場の片隅で声を張り上げ、テーブルのルーレットに熱中していた。

金貨袋を乱暴にテーブルへ叩きつけ、無造作に金を積む姿に、周囲の客たちは「またか」と言った様子で見守る。

ディーラーが慣れたな手つきでルーレットを回す。

玉が盤の上をカラカラと転がり始めると。ジークは椅子の背にもたれながらその顔を苦悶の表情へ変えていく。

「……黒かよ」

玉が止まる前に、彼は顎を軽く撫でながら心底鬱陶しそうに口を開いた。

「見えますかな?」

と、ディーラーが尋ねてくる。


「黒の20だ。そこに止まりやがる」

ジークの言葉通り、玉は『黒の20』でピタリと止まった。ディーラーは淡々とした表情で結果を確認し、チップを片付け始める。

「ご明察でございます、ジーク様。ですが、賭けは……赤でございましたね」

ディーラーは薄い微笑みを浮かべながら言う。周囲の客たちは遠巻きにジークの反応を伺い、場には緊張感と微妙な笑いが漂う。

「あーあーその通りだよ」

「ジーク、これ以上はやめとけ」

背後からの声に振り返ると、そこには顔なじみの冒険者仲間が腕を組んで立っていた。少し苦笑しながらジークをたしなめるように見ている。


「ったく、遊びだってのに熱くなんなよ。お前、どうせまた借金抱える気だろ?」

「借金? いや、そんなの関係ねえって。俺が本気出せばすぐ返せる額だしよ」

「じゃあ本気出せよ、今すぐにさ」

仲間が軽く言うと、ジークは肩をすくめながら笑う。

「気が乗らねえんだよ。な、今はその話やめとけって。ほら、次だ次! 今度は黒に賭けてやる!」

「おいおい、懲りねえな……」

仲間は呆れたように頭を掻くが、ジークのこの気楽な性格を知っているせいか、何も言わずにそのまま近くの椅子に腰を下ろした。

ジークは「次!」と宣言すると、また楽しげにルーレットを眺め始める。



「あー負けた負けた。やっぱギャンブルは勝てねえわ」

ジークが頭を掻きながら店を出ると、もう夜が更けていた。

彼はそのまま賭場の近くにある酒場に向かおうと歩いていると、急に進路を変え、路地裏へと入り込んでいった。

そして誰もいない路地の中を進んだ先で足を止める。

「見つかっちゃった」

そんな言葉と共に、建物の陰から一人の女性が姿を現した。

「押しかけ女房って嫌いかしら」

「あー顔による」


その女性は背中に羽をはやしていた、無頓着に流した真紅の髪には白い肌がよく映え、妖艶な雰囲気をただひたすらに漂わせている。

薄い微笑みの中に浮かぶ深紅の瞳がジークの姿をとらえていた。そう、クエンだ。

「その眼……【極地の祝眼】か」

ジークは目を細め、警戒心を隠さずにクエンを睨みつけた。路地裏の静けさが、一瞬にして冷たい緊張感に包まれる。

「おいおい、こんな場所でそんな目を光らせてどうするつもりだ? 俺はただの負け犬ギャンブラーだぜ」

ジークは軽口を叩きながらも、手は無意識に腰の剣へと伸びていた。その動きにクエンは微笑みをさらに深める。

「ただの負け犬ね……なら私はどうなるのかしら」

クエンは羽を軽く広げ、ふわりと宙に浮かぶように姿勢を変える。その動作には余裕と威圧感が漂っていた。


「ま、そりゃギャンブルで勝つのも運命、こんな美人に命を狙われるのも運命ってやつだ。俺の運がいいのか悪いのか、知ったこっちゃねえけどよ」

ジークの口調は相変わらず軽いが、その瞳の奥には鋭い光が宿っていた。

「でも、さっきも言った通り、顔次第だな。お前は……ギリギリセーフってところだ」


彼の挑発的な言葉にクエンはクスリと笑い声を漏らす。その笑みの裏には何か底知れぬものが隠れていた。

「ふふ、そう。なら、私はその『ギリギリ』を埋めてあげるわ」

彼女の瞳が一瞬強烈に輝く。その瞬間、ジークの全身に一種の圧迫感が走る。【極地の祝眼】が発動したのだ。

「ま、落ち着けって」

それと同時にジークも目を紅蓮に光らせ【極地の祝眼】を発動させる。

二人が同時に【現実改変】を使用する。二つの現実が衝突し相殺される。


「止める気は?」

「あると思う?」

そう言ってジークは虚空に手を置いた。その手に蒼い剣がいつの間にか納まっている。「俺もねーよ」


二人の手の中にそれぞれの得物、再び武器を構える二人。

「何がしてえのか知んねえけど、俺に挑むって言うんだ」

「覚悟しろよ」


「そうね、前も言ったと思うのだけれど。私はただ私の悦楽の為に動くだけ」

その言葉を言い終わると同時にクエンは駆けだしジークへと剣戟を繰り出す。

甲高い金属音が暗闇の中に響いた。

その剣戟は実力者から見ても圧倒的にレベルの高い物ではあったが、ジークなおも表情を変えず、その剣戟を裁き切る。

クエンの細剣から繰り出される斬撃は非常に素早いものだったが、その狙いを即座に読んだジークは最小の動きで剣をいなし続けていた。


「たくよお、これ以上借金は作りたくねえんだ。ボロ家ども壊さねえよう、場所変えようぜ」

そう言いながらクエンの背後に回り掴み、次の瞬間天高くクエンを投げた。

その勢いは強烈ですぐさま地上が見えなくなる。

「ああ、すごいなんて。エクスタシー」

そう叫びながらクエンは上昇していき、雲を抜けたところで留まる。

ジークはと言うと「行くか!」と呟き、地面を蹴り上げ雲を突き破る。





「どうして魔法の使えない貴方が、空中に留まってられるのかしら?」

「理屈なんか知るか。ただできるそれだけだ」

二人は空を歩き、お互い剣を構える。

「じゃ、改めて。やるか!」

その紅蓮に滾る右目に幾何学模様を浮かべる。

これはジークの二つ目の眼【蒼天】

他のただ一人も持たない唯一無二の眼。この眼がジークに与えるのは圧倒的な知覚速度、情報量、判断力。

これによりジークの動きはこの世で最も完成された物と言っても過言ではない。

ジークは肩越しに剣を担ぎながら、不敵な笑みを浮かべてクエンを見据える。そ

「……いいわぁ、その眼大好き」


クエンが空を走り出す。一瞬にして距離を詰め、クエンの剣が繰り出される。

それをいとも簡単に受け止め、ジークは剣閃に合わせて力を流す。

そうする間にもクエンの動きを観察することも忘れず、目に時折幾何学模様が浮かび上がり、その情報量の多さを物語っている。

ジークは剣を受け止めながら一瞬の隙を見つけ出し、蹴りを繰り出す。

すると一瞬の内にクエンは通常の肉眼では見えないようなところまで飛ばされる。

そんな距離をジークは閃光の如き速さで詰め、クエンの頭を掴んで空中へと動きを止めた。


クエンはジークから放たれる力の限りの強さに思わず微笑みをうかべる。

「で、この俺に手も足も出ねえようだけど。続けんのか?女虐める趣味はねえんだが」

クエンは掴まれたまま声を発する。

「もちろん。【有頂天外】」

瞬間、クエンの姿が変わり肌は紫色に羽は黒く変色している。

すぐさま、【現実改変】を使用し、ジークへ突きかかる。

その凄まじい身体能力と予想のつかない攻撃を目にしてもなお、ジークは余裕を残していた。

「あのなあ、お前も【極地の祝眼】この眼を持ってんなら分かってんだろ、【現実改変】を先に使う事がどう言う事かって」


【現実改変】は同時に使えば対消滅するが、交互に使えば最後に使った物の現実へと向かう。つまり後出しが勝つ。クエンもその事を思い出しながらも攻撃を続ける。


「行くぜ」

【現実改変】 まず初めにジークの【現実改変】が発動しクエンに対し振りかぶっていた。

ジークが振りかぶった剣が空間を裂く寸前、クエンもまた自らの【現実改変】を発動させる。だがそれに対応できないジークではない【現実改変】を同時に使い対消滅させる。

状況は変わらない、次にジークの剣が蒼く煌く。


彼は剣を振り下ろした。その瞬間、蒼い斬撃が生まれ、空間を切り裂きながら地平線の向こうまで一直線に走った。それは単なる斬撃ではなかった。その刃は雲を一刀両断し、空を真っ二つに引き裂くほどの威力を持っていた。天地を揺るがす衝撃波が発生し、周囲に広がる大気が振動している。

雲海が両断され、夜空がその向こうに広がる。地平線の遥か先まで続く斬撃の痕跡は、天空に刻まれた巨大な傷のようだった。

ジークは剣を肩に担ぎ直し、余裕の笑みを浮かべながら言葉を続ける。


「これで分かったか?格の違いって奴が」

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