至高人類
「駄目だ!【盲目】がやられた!」
焦燥した声が荒れ狂う戦場に響き渡る。巨大な龍が咆哮を上げ、その一撃で冒険者たちを吹き飛ばしていく。金属が砕け、悲鳴が交錯し、煙と血の匂いが充満する絶望の光景の中、名のある冒険者【盲目】の倒れる姿が目に入った。
「【盲目】が……嘘だろ、あの人まで……!」
冒険者の一人が震え声で呟く。戦いの最中においてさえ、彼が倒れた事実は仲間たちの士気を大きく削いでいった。
指揮を執るリーダーが叫ぶ。
「引け!全員引け!奴には敵わん!」
だが、引けという命令も虚しく、龍の猛威は止まらない。次々と冒険者たちは爪に、尾に、圧倒的な力に蹂躙されていく。逃げようとする者も、立ち向かおうとする者も、すべてが瓦礫のように弾き飛ばされていった。
――その時だった。
「……蒼い光?」
視界を覆う煙の中、突如として鋭い蒼い閃光が空間を切り裂いた。その光は一瞬のうちに龍の巨体を超え、次の瞬間、誰もが目を疑う光景が広がった。
龍の首が宙を舞い、血の雨が降り注ぐ。あの圧倒的な力を誇った龍が、抵抗する間もなく討ち取られたのだ。
「何……だと……?」
「情けねーつらしてんな!雑輩ども」
その男の声が、戦場に響き渡る。それは冒険者たちの絶望を嘲るような、しかし圧倒的な自信に満ちた声だった。
煙の中からゆっくりと現れる男。鋭い蒼い光を帯びた剣を片手に、彼は悠然と歩いてくる。鎧は身に着けず、戦場で汚れた素朴な黒い服装。
しかし、その足取りには一切の迷いも恐れも感じさせない。
「言う事とやる事あんだろ?」
「お前は……! ジーク・ドームゲート!」
誰かがようやく声を上げる。
彼の名はあまりにも有名だ。
”至高人類”――彼に着いた名は、ある者は驚愕と畏怖と歓喜を込めて。
ある者は同じ人類に対せる哀れみと共に呼んだ。
「ああはいはい、どうもどうもジーク様だよ。あわったならさっさと出すもん出せって言ってんだよ。雑輩共」
「出すって……何をだ……!?」
「身ぐるみ全部に決まってんだろ」
ジーク・ドームゲートの声には、余裕と軽蔑が入り混じっていた。だが、その言葉には冗談や遊びの気配は一切ない。
冒険者たちは思わず息を呑んだ。龍を一撃で葬ったその力を目の当たりにした後では、誰も彼に勝てるなど思っていない。
「……おい待て! 俺たちは今、命を懸けて戦ってるんだぞ! お前が助けたのは事実だが、だからってこんな――!」
反論しようと声を上げた若い冒険者がいた。しかし、次の瞬間、ジークの鋭い蒼い瞳がその冒険者を射抜いた。
「お前、命懸けて戦ってんなら、命の価値くらい分かるだろ?」
彼の言葉は冷たく、しかし圧倒的な説得力を持っていた。
「それを俺が助けてやった。それ以上の仕事はしてねぇ。タダで済むと思うなよ、雑輩ども」
蒼い剣が軽く振られるだけで、空気が震えた。振り下ろされるわけでもない。ただの仕草だ。それだけで、全員の喉が凍りついた。
「……ジーク、お願いだ、待ってくれ!」
リーダー格の冒険者が前に進み出る。その顔には恐怖と焦りがありありと浮かんでいた。
「俺たちはただ、生き延びるためにここにいるだけだ! 龍を倒せる力が俺たちにはなかった。それは認める。だが、だからって、ここで全てを失えば俺たちは――」
「お前らの事情なんて知ったこっちゃねぇよ」
ジークはため息交じりに言い放つ。その態度にはまるで相手の言葉が耳に入っていないかのような冷たさがあった。
「龍の首を取ってやった。それで何人か生き延びられただろ。これ以上の慈悲が欲しけりゃ、神にでも祈れ。俺はただ――報酬をもらいに来ただけだ」
ジークはそう言い放つと、ゆっくりと冒険者たちの方へ歩み寄ってくる。その足取りに迷いはなく、ただ真っ直ぐに、自分の目的を遂行するために。
「……」
冒険者たちの間に重い沈黙が落ちた。誰も彼に逆らおうとする者はいない。逆らったところでどうにもならないことを全員が理解していた。
「お前らが守りたいもん全部、そこに置いてけ。それで許してやる」
ジークはその場に立ち止まり、蒼い剣を肩に乗せながら続ける。
「さっさとしろ」
彼の言葉に逆らえる者は、もういなかった。誰もが震えながら、自分の持ち物を地面に置き始める。それは金品、武器、防具、命より重いとさえ思っていた物品たち。
だが、それらすべてを捨ててもなお、彼の前では命が最優先だった。
冒険者達が去って行ったあとジークは要らない鎧や剣を蹴り飛ばし金貨袋を拾い上げた。
ジークは拾い上げた金貨袋を軽く振り、カラカラと音を確かめる。
「しけてんなぁ」
蒼い剣の輝きが徐々に薄れ、まるで彼の気分に合わせるように光を失っていく。
地面に無造作に転がった鎧や剣、散乱する物品を冷たい目で一瞥するジーク。
龍の死体を合わせこれらすべてを売り飛ばせば、相当な金になるがジークは興味がなさそうだった。
「金以外持ってかえんのもめんどくせえし、これじゃ俺が手間をかけただけ損ってもんだ」
彼はため息混じりに呟くと、金貨袋を無造作に腰のベルトへくくりつけた。
周囲はすっかり静まり返り、冒険者たちが去ったあとに残ったのは冷たい風と、ジークの足元で転がるいくつかの物品だけ。
「ったく、雑輩どもに期待した俺が馬鹿だったな」
ジークは小声で呟き、再び剣を肩に担ぐ。足元のいくつかの武器や防具をつま先で蹴り飛ばしながら、歩き出す。
彼にとって、この行動はただの暇つぶしに過ぎない。戦場に立ち、強者ぶった冒険者たちを叩き伏せるのも、龍を仕留めるのも、結局は退屈を紛らわせる手段に過ぎなかった。
金貨を得たところで、それをどう使うかさえも彼には決まっていない。龍の死体や散乱した武具の価値を考えるよりも、その場で軽く笑って蹴り飛ばしてしまう方が、彼には性に合っていた。
「ま、暇だし賭場行くか……」
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