神産日
「ここからは私が皆を案内するわね」
とエルフの一人が言った。
彼女は少女や、他の生き残りをまとめて村の居住区へと連れて行く。
「ここは王が作った空間、実越仙境よ」
とエルフの女性が語りながら、生き残った仲間たちを優しく導いていく。その声には穏やかさと誇りが込められていた。
「この空間に人間はこれないし、ここには衣食住がそろってる。暮らすだけなら不自由はない場所よ」
「この水も、食べ物も本物なの?」
とエルフの一人は言った。
「うん、食べ物は私達が育てている物もあるけど水とかに関してはマナから生成されてるって聞いたよ」
「そんな事できるの?実物を作るなんて」
「私達もまだよくわかってないの、でも王が言うにはここのマナはあらゆる物質を作れるんだって」
そんな会話を続けながら、エルフたちは村の中を案内される。その途中で、彼らは様々なものを目にした。
それは畑で実った野菜や、川で獲れた魚だった。どれもこれもが本物そっくりで、色鮮やかに輝いている。
少女は恐る恐るそれを口に入れると。
「美味しい……」と驚きを隠せなかった。
エルフの女性が微笑みながら頷いた。
「美味しいでしょ? ここで暮らす私たちが作ったものよ。だけど、私たちが手を加えられるのも、この空間の力のおかげなの」
他のエルフたちも次々と果物や焼きたてのパンに手を伸ばし、その味に驚きと感動を浮かべていた。何年も飢えや苦しみに耐え、生きるために必死だった彼らにとって、これほど豊かな食事は夢のようだった。
「でも……」少女が一瞬躊躇して言葉を切る。
「どうしてこんなことができるの? 王様は、一体どんな力を持っているの?」
エルフの女性はその問いに少し考え込んだ後、穏やかな声で答えた。
「私たちも王の力の全てを知っているわけじゃないけれど、ただ一つだけわかることがあるわ。あの方は、私たち全員を守るために、全てを捧げる覚悟を持った方だということ。だから、ここにはこんなにも安心して暮らせる環境が整っているの」
その言葉に耳を傾けていたエルフたちは、どこか胸を打たれた様子で頷いた。
村の案内は続き、居住区へと進むと、そこには木々と一体化したような美しい家々が並んでいた。木の枝を生かして組み上げられた住居は、まるで自然そのものと調和しているかのようだった。
「ここが皆さんの住む場所になるわ。家はそれぞれ好きに使っていいわよ。きっと少し狭いけど、これから自分たちで広げたり、手を加えていけるから」
案内役の女性が説明するたび、生き残りのエルフたちの表情が柔らかくなっていく。少女もまた、小さな家の一つを見つめながらそっとつぶやいた。
「ここで……本当に平和に暮らせるのかな……」
その呟きに、案内役のエルフがそっと手を少女の肩に置いた。
「心配しないで。ここでは誰も傷つけられないし、無理をする必要もない。王様がそのためにこの空間を創ったのだから」
少女はその言葉に安心したように微笑み、そっと家の中へと足を踏み入れた。やがて、他のエルフたちも各々の居場所を見つけ、それぞれの新しい生活の第一歩を踏み出していく。
★
ある地下室。
低い天井と古びた壁、無数の埃が舞う薄暗い空間。その奥、重厚な扉を押し開けた先には、一人の女性が椅子に腰かけている。彼女の姿は悠然としたものであり、その目には退屈とほんの少しの興味が浮かんでいた。
「このような埃臭い所に我を呼ぶとはな」
女性が口を開く。彼女の声は冷たくも重々しい威厳を帯び、周囲の空気を瞬時に変える。
扉をくぐった男――ミザールは一瞬も怯むことなく、彼女の前に立ち止まる。
「会うのは二回目だね、ミザール……で、達成したのかい?その集大成は?」
椅子に座る女性が問いかける。その表情は飄々としているが、声の奥には鋭い探るような響きがあった。
ミザールは眉一つ動かさず答えた。
「ハイルデザートに置いたままだ。このような狭い所に連れてこれる訳なかろう」
その言葉に、女性は小さく息をつく。ほんの少し、口元に笑みを浮かべながら、まるで独り言のように言葉を紡ぐ。
「そうか……成功はしたんだね、ならいいよ」
「レース、貴様こそ、儀式の用意はどうなんだ?」
「……計二千組の出産二か月以内の妊婦とその番い。まだその時じゃないけど順調さ」
淡々と述べるレースはミザールの問いを待ち望んだかの如く満足気だった。
「なるほど、時が経てばか……では計画通りその全員をハイルデザートへ移すぞ」
「頼むよ、ミザール」
レースの声には、期待と共にどこか薄ら寒い狂気が滲んでいた。彼女は椅子に深く腰掛けたまま、指先で軽く髪を弄りながら目を細める。その瞳には、計画の成功への執着と、不確定な未来への不気味な興奮が宿っている。
ミザールは彼女の様子に一切表情を変えず、わずかに顎を引いて答えた。
「分かっている。ハイルデザートは準備が整っている。我の集大成が生み出す空間ならば、お前の求める『儀式』も完全な形で成し遂げられるだろう」
「ああ、だからこそ君を頼ったのさ」
レースの声が甘く響いた。その一言には、単なる信頼だけでなく、何かしらの罠や計算が込められているようにも聞こえた。
しかしミザールはその意図を深追いする素振りも見せず、代わりに彼女を冷ややかな視線で見据えた。
「計二千組の妊婦とその番い……それが儀式の鍵か」
「そう。彼らが持つ命の根源を束ねることで、新たな神を『産み出す』のさ」
その言葉にミザールは思わず笑みを浮かべた。
「新たな神、か……」
ミザールは冷たく笑みを浮かべ、そのままゆっくりと視線をレースに向け言い放つ。
「人は力を持ち過ぎた……驕りを持ちすぎた。神の下に立つ者のはずが今は神さえも落とさんと如き力得た」
「人は神に支配されるべきなのだ」
ミザールの声は低く、どこか厳かな響きを帯びていた。その言葉には、まるで長い年月の中で積み重ねられた信念が込められているかのようだった。
レースはその言葉に軽く眉を上げると、興味深そうに口元を歪めた。
「支配されるべき、ね……面白い考えだけど。僕は好きじゃないかな」
「神の力を人が手にしたとき、秩序は崩壊する。だが神は違う、個人の損得を考えずその力を秩序に使う」
「ふふ、ずいぶんと高尚な理想論だね」
レースは再び椅子に深く腰を沈め、手元で髪を弄りながら満足そうに頷いた。
「君の目的はわかったよ。私はそのために必要な『儀式』を進めるだけだ。あとは……そうだね、君の『新たな神』が私たちをどんな未来へ導くか見届けるとしよう」
ミザールは短く頷き、踵を返して扉の方へ歩き始める。
扉の前で一瞬立ち止まり、彼は最後に低く呟いた。
「人は神に支配されるべきだ――だが、その力を持つ存在は真の神でなければならない。それが新たな秩序の礎となる」
扉が重く閉ざされる音が地下室に響き渡る。レースはその音に微かに笑みを浮かべながら、小さく呟いた。
「真の神、ね……君が望む通りになるといいけどさ」
薄暗い地下室には、重苦しい静寂が再び訪れた。しかし、その静寂の中には、これから起こるであろう大きな変革の予兆が静かに蠢いていた。
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