百合メーカー
雨が降っていた。
最初は細かかったものが、徐々に激しくなっていく。窓にぶつかる雨粒がより暴力的になってくる。
わたしの隣の席は、今日も空席のままだ。
景が学校を休むようになって一週間が経った。
こんなことでショックを受けるような彼女じゃないと思っていたけれど、LINEはずっと既読がつかないし、SNSへの反応もない。本格的に心配になってきた。
授業の終わりを告げるチャイムが鳴り、わたしは荷物をまとめて教室を出る。空気は湿っていて、制服の布が肌に触れるのが気持ち悪かった。低気圧と曇天の白い光に頭痛の予兆を感じながら、わたしは薄暗い廊下を歩く。
「今日も一人?」
靴を履き替えていると、背後からそう話しかけられた。
わたしは振り返り、彼女の名前を呼ぶ。
「アリサちゃん……」
「顔暗すぎ。どうしたの?」
「……」
「まあ、景のことでしょうね」
アリサちゃんの言葉に、わたしは無言で頷いた。嘘で取り繕えるほどわたしは器用じゃない。
するとアリサちゃんは酷く呆れたようにため息をついた。
「私、あんたたちのことすごい馬鹿だと思う」
「……ひどい」
「会いに行けばいいじゃん、心配なんでしょ?」
「でも、景はわたしに会いたくないかも」
私が振り絞るようにして言った言葉に、アリサちゃんは一度小さく目を見張り、そして優しく微笑んだ。
「本気で言ってる? バカじゃん、早く行きな。……あいつが春乃に会いたくないわけないんだから」
◇
ビニール傘越しの風景は絵画みたいだ。
ビニールのキャンバスで切り取られた景色が、雨粒でぼんやりと加工されている。雫が当たるたびに姿を変えていく様子は見ていて飽きない。
わたしは傘を少し傾け、クリアになった視界で景の家を仰ぎ見る。その状態で何度か深呼吸をして決意を固め、インターホンを押した。
景は案外あっさりと現れた。カメラ越しにわたしの姿を確認すると、「ちょっと待ってて」とだけ言い、すぐに扉を開けてくれた。
ちょっと痩せたみたいだ。もともと細身な彼女だけど、肩の尖り具合とか、顎のラインが前より鋭くなっている気がした。ちゃんとご飯は食べているのだろうか。
わたしは二階にある景の部屋に通された。景がベッドに座り、わたしはドアの前で立ったまま景の横顔を見ている。
何度も訪れている場所なのに、妙な緊張感で手のひらが湿ってくる。
「あのね、景……」
「来てくれてありがとう。私も春乃に話したいことがあるんだ」
わたしが話し出した途端、景は被せるように張った声で言った。伏せられていたまつ毛が上がり、横幅の広い綺麗な目がこちらに向けられる。
「もう、今までみたいなことはやめよう」
暗闇に沈むような重い声で、景は言った。
「気づいたんだ、自分がしていることの醜さに」
醜さ。
その強い言葉に、わたしは静かに唾を飲み込んだ。
「正直私、他人の恋事情なんてどうでもいいんだ」
わたしは何も言わず、何も言えず、景の言葉を耳で追う。
「ただ、自分たちで考えた作戦で自分たちの思ったような結果になるのが気持ちよかったってだけ。本当は誰が誰を好きかだなんてどうでもよかった。今回は初めて春乃と意見が対立して、ちょっとムキになっちゃったけど」
景は淡々と語った。その姿は落ち着いているというよりも、波が立ちそうな心を押さえつけているように感じた。
「今回改めて思った。私、最低だなって。自分の楽しみのために他人の恋愛に首突っ込んで、裏工作みたいなことをして他人の人間関係を掻き乱してさ。どれだけ自分勝手なんだろうね」
そこまで話すと、景は一度微笑んだ。それが無理矢理作った笑顔だと気づけないほど、わたしは鈍感じゃない。
「ごめんね、春乃。今までこんなことに付き合わせて。もう終わりにしよう」
景は目を伏せると「わかったら、出て行って」と言い、ベッドの上に脚を乗せてわたしに背を向ける。
一瞬、風が強く吹き、雨粒が激しく窓ガラスを叩いた。
「行かないよ」
景の肩がびくりと震えた。
まさかこんな強い声が出るとは思わなかった。自分でも少し驚く。
すーはーと深呼吸をして心を落ち着け、わたしは言葉を続ける。
「カップリングを作るのはやめよう。その部分は、わたしも景の意見に賛成」
景はまだこっちを見ない。わたしは彼女の頼りない後ろ姿に語りかける。
「本当に楽しかったのは、カップリングを成立させることでも、妄想で勝手にカップルにすることでもない。まあ、まったく楽しんでなかったかと訊かれるとそうじゃないけど……」
一度言葉に詰まって、仕切り直すように咳払いをする。
「わたしは」
なんと言えば伝わるだろうか。この気持ちを丸ごと話せたら、わかってもらえるだろうか。
わたしはぎゅっと拳を握りしめる。雨の音なんて今は気にならない。
「景が一緒だったから、楽しかったんだよ」
こっちを見てよ、景。
「景と二人で一つのことについて考えて、たくさん語り合って。休み時間も放課後もずっと一緒だったよね」
そうやって作っていった二人の空間が心地よかった。
「景と二人で考えた作戦で、目的を達成したときは高揚した。でも、それはカップリングが成立した喜びじゃない」
二人で何かを達成できたのが、嬉しかった。
あなたの満足して笑った顔を見られるのが嬉しかったんだよ。
だから、それ以外は何もいらないのだ。
「カップリングなんてやめよう。そんなのはどうでもいい。わたしは、景と一緒ならなんでもいいんだよ」
そう言い切ると、わたしは肩をすくめて微笑んだ。こんなに素直に自分の気持ちを伝えたのは初めてで、口角を上げた顔が仄かに熱を帯びてくる。景はなんと思っただろう。
わたしの言葉を受けた景は、無言で私を見た。その表情が泣く前の子どものように見えて、真剣な話の途中なのになんだか顔が緩みそうになる。
そのままたっぷり沈黙の時間を置いた後、景は華奢な声で呟いた。
「春乃、カップリングやめたら私からも離れていくと思ってた」
「え!? なんで!? そんなわけないじゃん!」
まさか景がそんなふうに思っているとは思わなかった。わたしは驚いて、慌てて「これからも一緒だよ!」と言う。
景はベッドから脚を下ろし、再びわたしから目を逸らす。
そういえば、この子はこういう人だったな。
きゅっと唇を結んで視線を落とした景を見ながら、わたしは思った。
こんなに綺麗で、一見意志が強そうだけど、本当は自分に自信がなくて、自分の気持ちを伝えるのが苦手で。いじらしくて、可愛い人。
そう考えていると、愛おしい気持ちがどんどん湧き出てきて、わたしは思わず景をぎゅっと抱き締めた。
◇
「あの二人どうなると思う?」
ずっと昨日観たアニメの話をしていたユイカが、ふと思い出したようにそう訊いてきた。
「さあ? そのうちくっつくでしょ」
あとはもう勝手にしてくださいって感じ、と私はテキトーに答える。
雨上がりの空には虹がかかっていた。
さっき水たまりを踏んでしまったからか、靴の中が湿っている気がする。
雨は好きだ。靴下が濡れるところ以外は。雨粒が地面にぶつかる音を聞くと心が落ち着くし、ペトリコールが漂う帰り道は清々しい気持ちになる。
それにしても。
「ずっと見ていて焦ったかったんだよね、あいつら。絶対お互い大好きなのに、いつまでもお友達ごっこ続けててさ。百合漫画かよ」
「百合? 百合ってなに?」
「ユイカは無知で可愛いね」
「は? 無知じゃないけど。アリサより成績いいし」
拗ねたように目を細めるユイカ。頭を撫でてやると嫌そうに顔を顰める。彼女の懐かない猫みたいなところが可愛くて、ついいつも嫌がられることをしてしまう。
ひとしきりじゃれ合うと、ユイカが体を寄せてきて私の手に指を絡めてきた。歩きにくいけれど、雨上がりの夕暮れにはちょうどいい距離感かもしれない。
「私たち、恋のキューピットだね」
ユイカが綺麗に微笑んで言った。「私たち」と言っても、ユイカは特に何もしていない気がする……
まあ、そんなことはどうでもいいか。
「天才、百合メーカーガールズ! って感じ?」
「……」
「無視かあ」
了
天才百合メーカーがーるず!! 青葉寄 @aobasan0
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