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「さて、ここが取調室だ。貴殿にはこれから私の質問に答えてもらう必要がある」

 向かい合った椅子と間の机しかない狭い部屋へと連れてこられたルビィに、痛いほどに冷たい声がかけられる。

 声の主は、ルビィの燃えるような赤い髪とは対照的な深い水底を思わせる青の髪をした青年だった。

「……貴方は?」

 目の前の青年は今まで自分を取り押さえていた騎士達とは何かが違うとルビィは気がついて問いかける。

 すると青年は一つの記章を懐から取り出してルビィに見せた。

 そこに描かれていたのは、王家直属の騎士の中でも最も位が高い者のみに許された紋章だった。

「宝石騎士団長、シアフィルだ」

「騎士団長、様……?」

 ルビィは驚きに目を見開いて目の前のシアフィルを見つめる。

 若くして宝石騎士団に入り異例の速度で騎士団長まで上り詰めたシアフィルの名は、社交界に疎いルビィでも知っていた。

 しかしそれでもルビィが驚いてしまうほどに、その地位にある者にしてはシアフィルの姿は若々しかった。

「私のことはどうでもいい。重要なのは、貴殿に何があったのかということだ」

「私に何があったか、ですか」

 憔悴した様子でルビィはシアフィルの言葉を繰り返す。

 これまでもルビィは自分の潔白を幾度も騎士達に訴えてきた。しかし一度たりともルビィの話がまともに聞かれたことはない。

 贅沢三昧の悪女と噂されるルビィから放たれる言葉を信用しようとする者は一人もいなかったのだ。

「どうせ信じてもらえません……」

 諦めたようにルビィはそう呟き目を伏せる。

 これからきっと拷問すらも交えた尋問が始まるのだと予想したルビィは、自らを守るように恐怖に震える手で自らを抱きしめた。

「信じるかどうかは聞いてからだ。まずは話してみろ」

 少しだけ柔らかい声音でシアフィルが告げる。それと同時にシアフィルの手がルビィの震える手を握った。

「何をして」

「不安なのだろう。案ずるな、私に貴殿を害する気はない」

 拘束されてから初めてかけられた優しい言葉にルビィの瞳が潤む。

 そして気がつけば、ルビィはシアフィルに侯爵に騙されていたことを告げていた。

「侯爵殿が貴殿を隠れ蓑にして魔宝石を集めていた、か。確かに信じ難い話だな」

 シアフィルは小さく息を吐き出して、少し悩ましそうに自らの髪をかき上げる。そうしてしばらくルビィを見つめていたシアフィルは、ふと重々しく口を開いた。

「信じ難くはある。……だが、信じよう」

「えっ……?」

 シアフィルの言葉と表情にルビがィは目を瞬かせる。

「信じると言ったんだ。私はこの事件に裏がある気がしてならない。大事な何かを見落としている感覚とも言えるな」

 トントンと指で机を叩き、シアフィルは眉根を寄せる。

「それに、貴殿が反逆を企むよりも侯爵殿が企む方が理解できる。貴殿が国を落としてまで欲しい物が想像できないからな」

「……まるで私を知っているかのように言うのですね」

「多少はな」

 小さくシアフィルはふっと笑う。それから真剣な表情に戻ったシアフィルは椅子からゆっくりと立ち上がった。

「さて、そうとわかればこうしてはいられないか。今から急いで調べたとしても貴殿の処刑前に無罪の証拠を用意するのは不可能に近いだろうからな」

「そう、ですよね」

 沈鬱な表情で俯くルビィの処刑日は既に三日後まで迫っている。

 信じてもらえたのは嬉しかったが、本気で調査をしたとしてもシアフィルが何か証拠を掴んでくる可能性はないに等しいだろうとルビィもわかっていた。

「こんなことなら、あの時侯爵じゃなく彼を選んでいれば良かったわね……」

 ふと何気なくルビィは思い出したように呟く。それを聞いたシアフィルは、少し興味深そうに眉をぴくりと動かした。

「侯爵以外と結婚する予定でもあったのか?」

「そう、ですね。本当は地方から来た騎士見習いの婚約者がいたんです。でも侯爵が私を見初めたと聞いて……」

 当時を思い出してルビィは苦笑いを浮かべる。

 会えばお互いに憎まれ口を叩いていた黒髪の生意気そうな婚約者の姿は何故か今でも鮮明に思い出せた。

「婚約者と言っても彼は私をあまり好いていないようでしたから、私は侯爵を選んだんです。家は貴族でも貧しい方でしたから、贅沢をしてみたくて」

「そう、だったのか。もしやり直せるなら、貴殿はその騎士を選ぶと?」

「愛されていなかったのは、どちらも同じでしたから。それならば、こうして騙されるよりもまだ彼といた方が幸せだったのだと思います」

 話しても仕方のないことだと理解しつつルビィはそう零した。

 シアフィルはその話を立ち上がったまま真剣な表情で聞き、そこで少しだけ思案するように小さな唸り声を漏らす。

 呆れられただろうかとルビィは少し不安になりながら、自嘲気味な微笑みを浮かべた。

「ごめんなさい、こんな話を聞いても困ってしまいますよね」

「気にするな。それを聞いて少し思いついたこともある……がとにかく時間が足りないか。すまないが私はこれで去る。貴殿の処刑をどうにか避けられるよう尽力しよう」

 シアフィルはそれだけを言い残して足早に取調室から飛び出すように出て行ってしまった。

「あ、その……ありがとうございます!」

 去り行く後ろ姿にルビィはそれだけを伝える。

 それからルビィは後から来た騎士達に連れられて独房へと戻ることになった。


「それではこれよりルビィ・ツォーバの処刑を始める」

 重々しい声が処刑場に響き渡る。その瞬間、その場に集まった民衆達の歓声が周囲に轟いた。

「私は、こんなにも……」

 自分の死を望む声があまりに多いことにルビィは言いようのない悲しみを感じて、小さく唇を噛んだ。

「シアフィル様も間に合わなかったのね……」

 残る淡い期待も打ち砕かれて、ルビィは死を覚悟しながら頬に涙を零す。

「私の人生、間違ってばかりね」

 斬首台に首を乗せられ、チャリチャリと鎖の音を響かせながら巨大な刃が頭の上で上がっていくのをルビィはただ嗚咽を漏らしながら聞いていた。

「次があれば……。次こそは」

 まるで現実逃避するように、死した先に新たな人生があると信じてルビィはうわ言のように言葉を繰り返す。

「刃を落とせ!」

 処刑人の声が響き、刃が落ちてくる。

 その瞬間、ルビィは処刑場に入ってくるシアフィルの姿を見た。

「何を……?」

 シアフィルが何か叫んでいるように見えて、ルビィは小さく首を傾げる。その瞬間に遠くで一際眩い光が溢れたように見えて、そしてルビィの意識は暗転した。


「はっ……! あっ、えっ……?」

 首に手を当ててルビィは飛び起きる。胃の奥から酸っぱい物がこみあげ、ルビィは激しく咳をしながら周囲を見渡した。

 視界に入るのは見慣れた家具に、見慣れた天井。けれどそこは、遠い記憶となってしまった場所。

「ここは……」

「大丈夫ですか、お嬢様!」

 部屋に慌てて入ってきた使用人の姿を見て、ルビィは固まる。

 もう死んだはずの使用人が、若い時の姿のままにそこにいたのだ。

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