次こそは正しい道を選びます!〜傾国の悪女と呼ばれて処刑されるはずの男爵令嬢は聖女となって宝石騎士に溺愛される〜
歪牙龍尾
0-1
「我々は宝石騎士団だ! ルビィ侯爵夫人、貴殿は国家反逆罪の疑いがかかっている! 直ちに降伏せよ!」
侯爵邸の外から大きな声が響く。その声は尋常ではない響き方をしており、魔石によって拡声されたものであると聞く誰もが気がついた。
声の主は、扱いの困難な魔石を声を届けるためだけにいとも簡単に用いている。そのやり方は、宝石騎士団の到来を信用させるには十分だった。
『とうとう来たかーー』
『やっぱり夫人はーー』
侯爵邸が使用人達の騒めきで埋め尽くされる中、宝石室と呼ばれる一室にいたルビィはつい先ほどまで磨いていた宝石を取り落として固まった。
「今の声は、なんて……? 私が、国家反逆罪?」
全くもって身に覚えのない嫌疑を向けられながら、ルビィは国家直属である宝石騎士団が訪れているという事実にカタカタと手を震わせる。
宝石騎士団はちょっとした疑い程度で動くような組織ではないのだと、少ない知識ながらもルビィは知っていたのだ。
それはつまり、ルビィが何者かによって嵌められたということを意味していた。
「落ち着きなさい、ルビィ。私は大丈夫。侯爵様がきっと疑いを晴らしてくれるはずよ。だって私は何もしてないのだもの」
荒くなる息を抑えるように深呼吸をしながら、ルビィは自らに言い聞かせるように小さく呟く。
その合間にも、下から複数の足音が宝石室に迫っているのをルビィは聞き取っていた。
侯爵邸にてこれほどまでに荒々しい靴音を響かせる使用人はいない。宝石騎士団がもうすぐそこまで来ているのだ。
そしてその音は宝石室の前で一瞬止まり、代わりに扉が開け放たれる音が一際強く響いた。
「ルビィ夫人を発見! それにこれは……」
騎士の一人がルビィを見つめてから部屋の中を見渡して眉根を寄せながら声を響かせる。
騎士が見つめるのは宝石室に散らばる大小無数の宝石達だ。そして、一通りの確認を終えた騎士はルビィを鋭い眼光で睨みつけた。
「これら全て魔宝石か……。これほどの量を一体どうやって用意したのかは知らないが、これが揺るがぬ証拠だな。捕縛させてもらうぞ」
「ま、待ってください! 私は何も……!」
ルビィは咄嗟に騎士達から遠ざかるように一歩後退りをする。その瞬間、騎士達が一斉に手を前に掲げた。
「動くな!」
声が響くとほぼ同時、騎士達の掲げた手に着けられた指輪の宝石が一つ輝いて頑丈な蔓が現れる。その蔓は蛇のような動きでルビィへ迫り四肢を拘束した。
「魔宝石を使えるわけではない……のか?」
何をすることもできないまま拘束されて転がったルビィを見つめて騎士は安堵の息を吐く。
『そもそも魔宝石とはなんなんですか!』
そう叫びたくとも口まで蔓で拘束されたルビィは何も言うことができないまま、侯爵邸から騎士に連れ出された。
「ここに、ルビィ・ツォーバ・ゲルバタイト侯爵夫人を国家反逆罪とし斬首刑を命じる」
「そ、そんな……! 本当に私は何も!」
国家裁判所にて告げられた刑に顔を真っ青に染めてルビィが悲鳴にも似た声を響かせる。
しかし次の瞬間、ルビィは横に控えていた騎士によって拘束されていた。
「静粛に。罪人に発言は認めていない。これで裁判は終了だ」
裁判官がそれだけを告げて立ち上がる。それを合図にしたようにその場に来ていた貴族達も立ち上がると、軽い騒めきを残しながら裁判所から出て行ってしまった。
「あぁ、残念だよルビィ。君がまさか国家反逆を企てていたなんて……」
人がほとんどいなくなった裁判所に甘い声が響く。それはルビィの夫であるゲルバタイト侯爵の声だった。
「エル、どうして!」
「やめてくれ。もう君に愛称で呼ばれるような仲ではいられないんだ、わかるだろう?」
ゲルバタイト侯爵は酷く悲しそうに顔を歪ませて目を伏せる。けれどルビィはそれが侯爵の演技であることを知っていた。
それどころか、自分を陥れたのが侯爵であるとルビィは確信していた。
「最初からこれが目的だったのね! 貴方の隠れ蓑にするために、私を!」
「はぁ、隠れ蓑だなんて外聞の悪いことを言わないでくれ。僕は君が望む通りの宝石を買い与えただけだ。むしろそれを隠れ蓑に兵器にもなる魔宝石を蓄えていたのは君だろう?」
「違うわ! あれは全部貴方が買った物よ!」
ルビィが反逆罪とされた理由。それは、武器にもなる魔宝石を大量に違法所持していたことだった。
その数は宝石室だけでも五十を超え、使う者が使えば一都市を崩壊させるに十分な脅威となっていたのだ。
しかしルビィはそんなことなど知らなかった。全て侯爵からもらったただの綺麗な宝石だと思っていたのだ。
「それは違うと先ほど宝石屋からも証明されただろう? 僕が与えた宝石と似ていながらも君が持っていたのは別物だ。僕も騙されたよ……」
悩ましいと言わんばかりに額に手を当てて侯爵は顔を伏せる。
「それはきっと貴方が宝石屋を買収して……!」
「はぁ、馬鹿なことを言わないでくれ。一箇所ならまだしも国中の宝石屋を全て買収したと? 常識的に考えてありえないだろう」
「くっ……」
裁判のために現れた宝石屋は二十を超えていた。それら全員がルビィの持つ宝石を売った物と別物であると指摘したのだ。
「どうやって君が魔宝石を入手したのか、これからあらゆる手で聞き出されるだろうね。可哀想に」
心痛むとばかりに顔を下げ、騎士に組み伏せられたルビィと侯爵は目を合わせる。その瞬間、騎士からは見えない角度で侯爵はニヤリといやらしい笑みを浮かべた。
そして侯爵は声も出さずに小さく口を動かす。
『助かったよ、お疲れ様』
聞こえずとも間違いなくそう動いた侯爵の唇を見つめルビィは強く叫び声を上げた。
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