1-6

「その指輪をお前に渡すこと、それが裏切らないという何よりの証明になる」

「ま、待って! そんな重大な物受け取れないわ! それに万が一これを誰かに奪われたら……」

 指輪を持つことの意味を考えてルビィはぶるりと身体を震わせる。

 裏切りを恐れてはいれども、人の生死をその手に握るほどの勇気はルビィにはなかった。

「魔石と正式な契約を交わせばいい。そうすればその魔石が使えるのはお前だけになる」

「そ、それでも貴方の命を握ることになるのは変わらないわ!」

 ルビィが押し返そうと指輪をエーデルの手に乗せる。するとエーデルは不思議そうに眉根を寄せた。

「それの何に問題がある? 俺はお前に文字通り命を預けてもいいと思っているんだ。妻となってくれるならば、な」

 エーデルが指輪を受け取り、ルビィをじっと見つめる。その瞳は揺らぐことなくルビィからの返事を待っていた。

「どうしてそんな……」

「俺を見つけてくれたから」

 狼狽したルビィの呟きにエーデルが一瞬で言葉を返す。その声には強い意志が宿っていた。

「地方から出てきたばかりの何も持たない俺を拾ったのはルビィだろ、忘れたか?」

 エーデルの問いかけにルビィは自身にとってはもう古い過去となってしまった出会いを思い出す。

 もう少しだけルビィが幼い頃のこと。家族と出かけた森の中でふと親が目を離した合間に奥深くへ迷いこんで獣に襲われかけていたところを、ルビィは偶然近くで訓練していたエーデルに助けられたのだ。

「それを言うなら、救われたのは私の方だったわ」

「あれくらい、何てことはなかった。魔獣でもない獣だしな。だがお前は俺に感謝をしたいとこの家まで連れて来たんだ」

「助けられたのだから当然でしょう」

「そこらの得体も知れない平民を、家にまで連れて来て歓待するのが普通か……。お前の家族も含めて、そんなところに俺は惹かれたんだろうな」

 エーデルは優しい表情でルビィの邸宅へと視線を向けて微笑む。

「本来、下賤の者が触れようとするなと叱責されても不思議ではないんだ。でもお前は私を自分の騎士にしたいとまで言った」

「そ、そんなことも言ったかしら?」

 ルビィは昔の自分が放ってあろう言葉に少しだけ恥ずかしい気持ちになって苦笑いを浮かべる。

 するとエーデルは小さく声をあげて笑った。

「ははっ、深い意味で言ったわけではなかっただろうな。けれど、俺にとっては大きな意味があった」

 エーデルはギュッと手を握り締めながらルビィを真剣な眼差しで見つめた。

「俺はこの国に騎士として身を捧げるつもりだ。だが、それと同時にルビィの騎士でもありたいと思ったんだ」

「私の騎士に……」

「この指輪は騎士の誓いでもある。俺はお前にこの命を預ける。代わりに、どんな災いだろうと俺が切り払うと誓おう」

 エーデルが騎士という言葉を口に出す時、その冷たい青の瞳には似合わないほどにとてつもないほどの熱がこもる。

 本気なのだと、もうルビィは疑うことができなくなっていた。

「貴方が想像しないくらいの災いが降りかかるかもしれないわよ。それでも後悔しない?」

「しないな。むしろその災いから貴殿を守る機会があることが誇らしいだろう。知らぬ間に貴殿が苦しんでいることよりも悲しいことはないからな」

「……信じるからね」

 エーデルの言葉を聞いて、一度だけ深く呼吸をしたルビィは手を差し出す。

「あぁ、信じてくれていい。私の名と誇りにかけて、貴殿を守り抜く」

 エーデルは跪きながらにルビィの指へと指輪をはめた。

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次こそは正しい道を選びます!〜傾国の悪女と呼ばれて処刑されるはずの男爵令嬢は聖女となって宝石騎士に溺愛される〜 歪牙龍尾 @blacktail

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