1-3
「珍しいな、お前から来るなんて」
ルビィの記憶に残るエーデルと変わらない憎まれ口。だがよく知る記憶と違うのは、エーデルがその手に幾つかの荷物を持っていることだった。
これが父の言う手土産なのだろうと気がついて、ルビィは今まで出迎えをしていなかったことを少し後悔した。
「エーデル、久しぶりね」
「そうだな。この前喧嘩して以来か?」
「そんなこともあったかしら。それよりその荷物は?」
普段手土産を持って来ていることを少しも話そうとさえしなかったエーデルが何と答えるのが気になって、ルビィは問いかける。
するとエーデルは特に表情も変えずにルビィに荷物の一つを手渡した。
「これは手土産だ。お前のお父様にでも渡しておいてくれ」
「手土産? そんなのを持って来てくれたののなんて初めてね」
「あぁ……いや、初めてではないんだがな」
エーデルが少し気まずそうに視線を逸らす。そんな姿を見るのは初めてでルビィは少しだけからかってみたい気持ちになった。
「あら、そうなの? それなら私に教えてくれたら良かったじゃない」
「それは……はぁ」
しばらく抵抗するように視線を泳がせていたエーデルは小さくため息を吐き出した。
「大した物ではないから、お前に堂々と手土産を持って来たなどとは言えなかったんだ。気になるなら中を見るといい」
「あら、じゃあそうさせてもらうわ。中身は……あっ」
渡された荷物を開いて、ルビィは驚きに声を漏らす。
そこに入っていたのは色とりどりの花束。その花束をルビィは見覚えがあった。
「もしかして、いつも我が家の廊下に飾られている花?」
ルビィは綺麗な物が好きだった。
貴重な物は宝石から、ありふれた物であれば野花まで。美しい色や形を見る時間がなによりもルビィの心を弾ませる。
だからこそ、ルビィは廊下によく飾られていた花もしっかりと記憶していた。
「でも、どうしてわざわざ貴方が花束を?」
「お前が花を好むと聞いたからだ。悪いな宝石ではなくて」
「いえ、そんな。嬉しいわ! 本当に、嬉しい」
自分の顔が熱くなっているのが、ルビィは自分でも恥ずかしいくらいによくわかった。
「そうか? なら、良かった」
エーデルもまた顔を少しだけ赤くして視線を逸らす。
その横顔を見つめて、ルビィは胸が少し高鳴るのを感じた。
「私を想って用意した物を受け取ると、こんなにも嬉しいものなのね」
「……どうしたんだお前。何か今日は様子がおかしいぞ」
エーデルが訝しむように向ける視線を受けて、ルビィは余計に顔を赤く染める。
愛のない結婚と裏切りの記憶によって、人から大切にされることに飢えているのだとルビィは自覚して恥ずかしくなった。
「ふ、普通よ。これまでだって、貴方からの花束だって知っていたら同じように感謝を伝えたはずだわ!」
誤魔化すように語気を強めてルビィは言い放つ。
するとエーデルは少しだけ驚くように目を丸くして、ぱちぱちと瞬きをした。
「そう、だったのか。俺からの物だと知れば気を害すかもしれないと思っていたんだがな」
「どうしてそんなことを思うのよ」
「それは……」
エーデルが何かを言おうとして少し悲しそうに口を歪ませる。けれど逡巡も一瞬のこと、意を決してようにエーデルは口を開いた。
「お前は俺を、嫌っているだろう?」
口に出すだけでも苦しそうに、エーデルは唇を噛み締める。
その様子を見て、ルビィは小さく息を呑んだ。
「嫌ってなんかないわ! 貴方からは、そう見えてしまっていたの?」
「確信はなかったが、少なくとも好かれてはいないだろうと。勘違いだったのか……?」
エーデルが少しだけ希望を瞳に宿して問いかける。その視線が少しだけ痛くてルビィは小さく咳払いをした。
「好きだったとは……言えないわね。でも、どうやら貴方と私にはすれ違いがあったみたい。今なら、その……」
ルビィが口ごもる。その先を言うのが途端に恥ずかしいことのようにルビィは思えてしまった。
けれどエーデルの真剣な表情を見てしまえば、ルビィはそこで言葉を止める残酷さも感じずにはいられない。
ルビィは深く息を吸いこんで、エーデルの瞳をしっかりと見つめ返した。
「今からなら、貴方のことを好きになれる気がするの。だから、貴方の気持ちを教えて欲しいわ」
意を決してルビィがそう告げる。
その瞬間、一見冷たくさえ見えるエーデルの青の瞳が微かに潤んだ。
「今日、俺は大切なことを伝えるためにここに来たんだ」
「大切なこと?」
思っていたのとは少し違う言葉が聞こえてルビィが小さく首を傾げる。
けれどエーデルはその質問に答えるよりも先に、手に持っていた荷物から一つの小箱を取り出していた。
「ルビィ、俺と……いや、私と結婚してくれないだろうか」
エーデルが開いた小箱の中で、美しい宝石に装飾された指輪が一際強く輝いた。
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