第8話 何だよ、我ながらナイスな提案なんだけど

さて、これから何を目標にどう生きていくか。自分のことなのに、私には皆目見当も付かなかった。長年の念願であった魔王の討伐は先日完了している。これからは自由に過ごすことができる…なのに、何も思い付かない。


暇さえあれば手に剣を持ち、素振りをすることで紛らわす。握り慣れた武骨な両刃の剣を振り続けたことにより、手にはマメがたくさんある。それが潰れても構わず振り続けたことでかなりの硬度になっていた。もはや何度も素振りをしても、このマメが潰れることはもうないだろう。おおよそ年頃の娘の手には見えないが。


一心不乱に剣を振るっている間は余計なことを考えずに済む。

魔王との戦いは、私の全てだったのだと改めて思い知らされる。それを再確認し、少し虚しい。


ああ、ここでの生活は何とも穏やかなものだ。ひとまずは大仕事を終えた静養が必要だろうと2人が提案してくれ、何にも怯えることなく穏やかな生活を送ることができている。


初めこそ拒絶の反応を僅かに示していたヴェルト、もといが献身的にサポートしてくれている。私の人生を覗き、憐れみの感情を持っているのかと思ったが、彼女も中々壮絶な経験があったみたいだ。心を開いた人にしか呼ばせない「ヴィー」というあだ名も、ぜひ呼んで欲しいと早々に許可が降りた。ちなみに私のことは「ルー」と呼んでくる。

友という存在を持ったことのない私には初めてのことで、未だに恥ずかしい気持ちを感じている。


さて、ここ数年間の日課となっている早朝の訓練を終え、汗を流した私は朝食の支度を始めていく。

昨晩から用意していたパンの生地を取り出し、せっせと作業をこなす。寝かしたことで発酵が進んだ生地のガスを抜き、めん棒でその生地を伸ばした後は、成型していく。これまで何度も何度も行ってきた作業だが、この数日間のそれは別の作業のように感じる。なんというか、とても気分が良い。


成型し終えた生地の発酵を待つ間、他の料理も進める。今日はパンの他にスープと卵料理、採れたての野菜でサラダを作るつもりだ。

他の料理が完成しつつある頃、発酵を終え膨らんだ生地をオーブンで加熱していく。

あとは焼き上がりを飾り気のないこの部屋の中央に位置するテーブルにお皿をどんどんと並べていく。

そうしていると外はすっかり明るくなってきた。


部屋に良い香りが立ち込める。パンの焼き上がりはもう近い。そろそろかと思い、2人を呼びに行く。


ノワールとヴィーはとても朝に弱いんだ。これは一緒に生活してみて直ぐにわかった。ヴィーはエルフ特有の種族性だと聞いた。ノワールはただの怠惰だと思うが。

また、2人は揃って家事が壊滅的にできない。今では私が大半の家事を請け負っている。

不思議と面倒なことではなく、自然とこなすことが出来ている。


フラフラと起き上がってきた2人の寝癖を直す。無事順番に顔を洗いに向かったことを確認した私はタオルを用意する。まるで姉にでもなったような感覚だ。無自覚だったが、それが嫌なことではなくむしろ喜んでいたのだと、ふと鏡を見て口元が上がっていたことに気が付いた。


「お、良い表情かおしてるじゃん」

ノワールに言われた。

「なになにー?、ルーったら何か良いことあったの?」

ヴィーにも気付かれたみたいだ。


少し恥ずかしくなった私は、2人に座り、朝食を早く食べるように促す。

ニヤニヤしながら2人は同じテンポでパンを頬張っている。


「ふふふ…聞いてくれ!俺に提案がある!」

あまり後先を考えることがなさそうなノワールが声を上げた。少し気味の悪い笑い声、少ない時間だが共に過ごしてきた私は直感的にとんでもないことを口にするのではと身構える。

どうやらヴィーも同じようなことを考えていたのか、

「あんたの提案って、私良い思い出がないのよねー…」とボソッと呟く。


「何だよ、我ながらナイスな提案なんだけど」

すこしムスッとした表情になったノワールは話を続ける。


「俺たちで、秘密結社を立ち上げるんだ!」

キラキラした目、グッと握りしめた拳。不思議と様になっている姿にポカンと見つめてしまう。


「…ルーってば、このパン凄く柔らかくておいしいよ!」

「本当?嬉しいわ」


…秘密結社という響きよりも、パンの出来を褒められたことが嬉しくてつい無視をしてしまった。


一方ノワールはというと、見事に落ち込んでいた…訳ではなく、自分の発言に酔いしれていた。


「完璧だ…」と、目を閉じて悦に入ったままだ。

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勇者、さらいます。 メリーさん。 @merrysan0717

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