第7話 ようこそ、クルール

「まあ、まずはお互いのことでも話そう」そう言ったのは黒髪の少年。

テラスだろうか、この家と床が繋がっていて、ウッドデッキの床の上には机とテーブルがある。

皆に嬉々とした表情で私たちを案内し、お茶を淹れてくれた。席についた少年は軽めの自己紹介をしてくれた。ノワールと名乗った少年は、先ほどからずっと楽しげに見える。


風が気持ち良い。

辺りはやはり緑一色で、天井のないこのテラスから空を見上げようにも木々が空を塞いでいる。かといって暗いわけではなく、僅かに空いたスペースからは太陽が顔を覗かせていて、明るい。

どこからか涼やかな風が舞い込んでくる森の奥地のような場所で、紅茶の芳しい香りが漂う中、私たちはいろいろと話をした。


私は自らの出生を話した。あまり面白い話ではないと思うが。

名前はクルール。祖父に付けてもらった名前だと聞いたことがある。田舎の農村に産まれたこと、勇者となって魔王を倒したこと、つい先ほど王城から男の子に拉致されたこと…。

王城から男の子との出会い?を話してる途中、エルフの女性は男の子を怖い目で睨んでいた。当の本人は意に介さず飄々としているが。


「クルールね、いい名前だ。」

先ほどからニコニコと笑みを浮かべているノワールという少年を見て、何が嬉しいのだろうかと疑問に思う。

先ほどまで強い悪意を浴びてきた私には理解が出来ない要素である。


「おい、お前の番だぞヴィー」

少しムスッとした顔の美しい少女は、「わかっているわ」とぶっきらぼうに呟く。


「私はヴェルト。種族は見ての通りエルフよ。で、こいつの元パーティメンバー。」

そう言い終わった後、強い意志を感じる瞳で私を見てきた。拒絶…だろうか。私を歓迎していないかも知れない。数秒間にわたって視線が合わさっていて少し気まずい気分になる。

何か探られるような感覚が身体を巡り、僅かな瞬間で解放された、ヴェルトさんは目を閉じて何も話さず考えを巡らせているよう。ようやく開けた瞳は揺れて見えた。


「……ごめんなさい。貴方の記憶を少しだけ覗かせてもらったわ」

悲しそうな表情で、頭を下げ申し訳なさそうに私に言った。


記憶を覗くといった人類の叡智を以ってしても到底できない芸当で、私の何を知ったのだろうか。そんなことを考えていると…。

彼女は、その長い腕で、その豊満な身体で力一杯私を抱きしめた。


「よく…、独りで最後まで歩き切ったのね。辛かったでしょう?」


ズキンと言葉が胸に刺さった。言葉が出なかった。

…別にこの功績を誰かに認めて欲しかった訳ではなかったんだ。

幼い頃に背負った重圧は、私個人の意志を封じ込めた。


「貴方の頑張りは、多くの人達を幸せにしたの。これは誇るべき立派なことよ。」


それでも、まずは無事に帰ってきたことを誰かに喜んで欲しかったと思う。

豊満な胸が当たって少し呼吸がし辛い。だけど温かい。誰かの温もりを肌で感じるのはいつ以来だろうか。


「私たち二人は貴方…クルールを歓迎するわ」

「ようこそ、クルール」

教会で見た聖母像のような微笑みで私を見るヴェルトさんが眩しく見える。手に頬を乗せたまま相変わらず維持された微笑みでノワールさんもこちらを見つめる。

3人で手を取り合って笑う。まるで幼い子供達のような行動で少し恥ずかしい気もするが、居心地の良さを感じる。


温かく二人に迎えられた私。我々はここで新たな生活を始めることになったのだった。


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