第2話 眷属


 図書室の隅で勉強しながら陽が沈むのを待ち、19時を越えた辺りで帰りの支度を済ませ学校を出た。


 家に帰って早々に自室のベッドへ飛び込む。


 ベッドの柔らかい感触で気が緩み、今日一日ずっと抑えてた感情が溢れてだす。


 涙がとめどなく流れ続ける。


 何で自分はあんなこと言ってしまったのだろう。


 いや、本当に彼のためを思ってるならこれが正しい行動なんだ。


 むしろ遅すぎたくらいだ。

  

 嫌だ…離れたくない。


 何が本心なのかわからなくなる。


 なぜ今日言ったのだろうか。


 明日でもよかったではないか。


 いやその繰り返しで今日まできたじゃないか。


「ッ…ヒック…ヒック」


 まともに呼吸できないくらい、ひきつけを起こす。


 苦しい。


 やっぱり明日には謝って許してもらおうか。


 それともなんともなかった顔していつもの場所にいようか。


 優しい彼のことだ。


 きっと許してくれる。


 いや、彼の優しさに甘えちゃダメだ。


 自分でも矛盾していることを分かっているから、半ば強引な形でしか拒絶できなかった。


 寂しい。


 寂しい。


 今すぐ彼の温もり、あるいは彼を感じられる何かが欲しい。


「ヒック…」


 ひきつけを起こしながら横たわっていた身体を起こし、今まで集めた"宝物"がしまってある引き出しに手を出そうとする。


 引き出しに触れる直前になり、今の今まで忘れてたことが不思議なくらい重大なことを思い出した。


 引き出しから鞄へ興味を移す。


 今は何も考えてはいけない。


 考えちゃダメだ。


 そんな邪な気持ちでやったわけじゃない。


 だって彼があんなもの出すから。


 フラフラと立ち上がり鞄の中にある"アレ"を取り出す。


 ジッパー付きポリ袋の中にある白いシルクのハンカチ。


 ポリ袋からハンカチを取り出し、両手で広げまじまじと見つめる。


 一部が赤黒く変色している。


「はぁっ…はぁッ…ハぁッ」


 鏡など見なくても自分が醜い姿に変わっていることなど容易に想像できる。


 大丈夫。


 彼に迷惑をかけているわけじゃない。


 赤黒く変色した部分を思いっきり鼻に押し当てる。


「はぁぁぁぁぁぁ…」


 幼い頃から近くで嗅いできた匂い。


 その何倍も…何十倍も芳醇で甘美な香り。


 ひと嗅ぎすれば、脳がグチャグチャの液体になったんじゃないかと錯覚するほど快楽物質の海に溺れる。


 今度は大きく深呼吸をする。


「ぅ…ぁ…」


 目玉がグルンとひっくり返り、背筋には寒気を覚えるほど電流が流れる。


 最早、脳内で処理できないほどの快楽に身体が痙攣する。


 あれだけひとしきりに泣いて身体の水分という水分が抜け切ったのに、よだれが沸いて止まらない。


 みっともなく口端から雫が垂れる。


「あぁたまんないっ…!本当にすごいっ」


「ダメだろッ…狡いだろッ!こんな下品で…官能的で、刺激的なものを出すなんて」


「世介!世介ぇ!!!」


「好きだッ…大好きッ…愛してるッ…!」


 違う。


 こんなもの愛なんかじゃない。


 本当に愛してるなら彼の幸せを一番に考えなければならない。


 ただ口から出た戯言だ。


 「あああああああああ!!!世介の全部飲みたい!飲ませろ!!!干涸びるまで貪りたィ!!!」


 理性の歯止めが効かず、自分が一番嫌いな化け物の本能が剥き出しになる。


 我慢ができず、部屋にある小さな冷蔵庫にある経口補給しやすいように加工された輸血パックを手に取る。


 誰の血でもいいから口にしないと堪らなかった。


 普段は輸血パックの表に記載されている、提供者の情報を見るがこの際どうでもよかった。


 どうせ味は"不味い"に決まっている。


「ンク…ンク…ンク…スゥゥゥゥゥ」


 口から入る不味い味と匂いをかき消すように鼻に当てっ放しのハンカチの匂いを深呼吸で嗅ぐ。


 腹が満たされたことで、徐々に落ち着きが取り戻す。


 ほんの少し理性が入り込む余裕ができると、急激に自己嫌悪と逃避していた現実が胸を苦しめる。


 また涙が溢れ出る。


 自分みたいな化け物は彼から離れなければならない。


 自分じゃ彼を幸せにできない。


 久しぶりに彼の血を手に入れたから興奮してしまった。


 しかもこんな大量な血は初めてのレベルだ。


 匂いを嗅ぐだけで気が狂ってしまうのに、これ以上の香りと味になったらどうなってしまうのか。


「アイツを眷属にしたらどこまで…」


 はっとして、また自己嫌悪でうずくまる。


「それだけはダメ…それだけは絶ッ対にダメ、…それだけはダメなんだ」


 頭に浮かんだ最低で最悪な欲望を必死に抑え込む。


 彼の幸せを願う、この気持ちが偽りにならないように。


 この愛だけは間違ってないと証明する為に。



ーーーーーーーーー

ーーーーーーー

ーーーーー

ーーー




 共犯ーーー


 その言葉に頭が真っ白になる。


「ここは月光によく照らされるわね」


 彼女は両手を広げ、くるりと身体を一回転する。


「夜風も気持ちいい」


 風を肌で目一杯感じる為に目を閉じ、今度は童女のように笑みを浮かべる。


「あな…たが殺したんですか?」


「私以外に誰かいるとでも?もう少し賢いのかと思ったわ」


 呆れたように吸血鬼の女性はため息をはく。


「それはあの人たちが悪者だから…だから正当防衛で仕方がなかったんですよねっ!?」


 動揺もなく人を…いや吸血鬼を殺した女性がどうしても悪者に見えてしまい縋るように質問をする。


「いいえ」


 満面の笑みでそう答えた。


「…じゃあ俺は助ける人を間違え…た?」


「誰が悪とか間違えたとか、本当につまらない考えをしてるのね貴方」


 鋭い眼光で睨みつけられる。


「彼らと私は意見が合わなかっただけ。お互いにお互いが煙たかっただけ。倫理だの道徳だの、貴方じゃない誰かが作った価値観でしか好き嫌いを選べないの?まるで物差しね、貴方」


 ため息混じりに呆れられるが、呆れる理由が自分には理解できなかった。


「そもそも私とアイツらじゃ考え方が違うのよ。アイツらにとっての吸血は『食事』。生きていくための行為。何よりも生きていくことを優先する。だから生活や正体を脅かすリスクは極力排除する」


 漠然と彼女の命が狙われていた理由が分かってきた。


「私は違う。吸血は『娯楽』よ。男が恐怖に怯える様を眺めながら、命の最期の一滴まで吸うのがたまらないのよねぇ」


 恍惚な表情を浮かべ舌舐めずりをしている。


「なぜ男性しか狙わないんですか?」


「別に私は味にこだわりなんてないけど、流石に同性の血は不味くて飲めたものじゃないわよ」


 同性の血の味を思い出したのか、苦虫をすり潰したような顔を浮かべた。


「ところで貴方の幼馴染とやらは男なのかしら?」


 今度は彼女の方から質問が飛んできた。


「…いや、女の子ですけど」


 素直に答えると女性は興味深そうに目を細めた。


「へぇ…。そんなに側にいる人間を眷属にしないなんて何を考えてるのかしら」


「眷属?」


 さっきも聞いたことのある単語が出てきたので反射的に聞き返してしまった。


「話すら聞いたことないの?」


 意外そうな顔を浮かべ、二歩三歩とこちらに近づいてきた。


「人間が吸血鬼の血を飲んだらどうなると思うかしら?」


 人間が吸血鬼の血を飲む。


 そんなこと考えもしなかった。


「それが貴方が今生きている理由の答えよ」


 先ほど見た夢の内容がフラッシュバックする。


 自らが化け物になるあの夢が。


「もしかして俺は吸血鬼になったんですか?」


 この質問に一瞬彼女は呆気に取られた表情を浮かべる。


「ぷっ」


 端麗な顔を歪ませ、堪えきれなかった何かを吐くと大口を開けて笑った。


「アハハハハハハハハハ!吸血鬼になる?なれるわけないじゃない」


 静かな住宅街の路地裏に笑い声が響き渡る。


「貴方が成ったのは唯のまがいもの。本物の吸血鬼より劣った劣等種」


 どちらでもよかった。


 昨日までの自分とは違う生き物になったことには変わりないのだから。


「人間はね、吸血鬼の血を飲めば飲むほどにその体質は吸血鬼に近づく。まぁどれだけ飲もうと近づくだけで吸血鬼になる事なんて無理なんだけど」


 明らかに人間を見下している彼女は、目尻に溜まった涙を拭き取る。


「貴方に与えた血は、命を取り留める最小限だから吸血鬼とは程遠い出来損ないよ」


「それが今生きている理由…」


 血まみれの服と両手をまざまざと眺める。


 現実と非現実が混ざり合わさって何が真実なのか分からない。 


「吸血鬼に体質については、貴方の幼馴染からよーく聞いてるんじゃない?」


「…ええまぁ」


 確かにある程度は吸血鬼の体質については知っているつもりだった。


「吸血鬼と眷属の違いはいろいろあるけど、一番の違いは眷属にした吸血鬼にとってとびきりのご馳走になることね」


 自分は獲物なのだとそう告げられ、背筋に寒気が走り体に緊張が走った。


 彼女は身構えた自分を不思議そうに眺めていた。


「?ああ、別に取って食ったりしないわ。さっきも言ったけど不味くなければ味なんてどうでもいいわ。どうせ私にはそこまで違いはわからないし」


 どこまでその言葉が本当なのか分からないので緊張が解けなかった。


 そんな自分の様子を気にすることなく彼女は続けた。


「ご馳走になってそして、主人以外の吸血鬼にとっては毒になるの。まぁ一種のマーキングだと考えてもらって構わないわ」


「それが…眷属…」


 自分が新たな世界に足を踏み入れたのだと気づき始める。


「貴方の幼馴染からどこまで聞いてるか知らないけど、吸血鬼の世界は窮屈で退屈よ。ま、その内わかると思うけど」


 意味深なことを言われ、心の中で首を傾げる。


 女性はまた二歩三歩と歩き男たちの事態に近づき、どちらの持ち主か分からない腕をつま先で蹴飛ばした。


 正直胸糞が悪くなるような光景だった。


「ところで貴方、吸血鬼についてはどこまでご存知なの?」


 彼女はこちらを見ず背中越しに話題を変えた。


 どこまで、と聞かれても知識の程度が分からないので答えにくい。


「血を飲まなきゃ生きていけない、太陽の火を浴びると身体が大火傷をする、力が強い…」


 とりあえず知ってる知識を羅列していく。


「もういいわ、結構」


 あと数個羅列すれば出し尽くすところだったが無理矢理制止される。


「これ以上貴方から聞いても身体的な特徴しか上がってこないでしょ」


 見透かしたようにそう答える。


「吸血鬼のコミュニティについて何も知らなさそうね」


「コミュニティ?」


 疑問を口にすると女性は苛ついた表情を浮かべた。


「そうやって鸚鵡返しに聞けばなんでも教えてもらえると思ったら大間違いよ。私別に親切な吸血鬼でも、優しい吸血鬼でもないわ」


 剣呑な顔つきに思わず恐怖を覚える。


 やはりまともではないのだ。


「他に知りたいことあるならその幼馴染とやらに聞けばいいんじゃないかしら」


 彼女は服についた汚れを払う動作をした後、大きく伸びをした。


「さて、つまらない男の血で口を汚したから口直ししなきゃ」


 自分に向けて告げたわけではない台詞は不穏なものだった。


 頭で考えるより先に彼女に対峙する。


「…なんのつもり?」


 彼女はまた剣呑な表情を浮かべ首を傾げる。


「あ、あなたはこれから人を襲いにいくのでしょう?あなたを助けた俺には止める責任がある」


 そう言うと、剣呑な表情から心底呆れたような表情へ移ろいだ。


「本当につまらないわね貴方」


 大きくため息を吐くと、こちらを鋭い瞳で睨んできた。


「『退きなさい』」


「え?」


 彼女の前から離れるように身体が勝手に動く。


 初めての感覚に驚きと戸惑いが隠せなかった。


「いいこと教えてあげる。主人はね眷属にある程度簡単な命令を強制できるのよ」


 無理な体制で身体が動いたため尻餅をつく。


 彼女はこちらに少し近づき紅い瞳でこちらを見下ろす。


「貴方を生かしたのは気まぐれだけど、ここまでつまらない男だとは思わなかったわ」


 月光に照らされた彼女はどこか浮世離れした姿だった。


「これで心気なく吸い殺せるわ」


「っ?!」


 どうやら自分は本当に助ける人を間違えたようだ。


 恐ろしいことを告げられため、慌てて立ち上がり彼女から距離を取る。


 彼女は一連の動作を顔も動かさず瞳だけでこちらを追っていた。


 次にこちらを睨めつけた瞳を固定したまま顔をあげる。


「と、言っても今吸い殺しても何にも面白くないし。今は見逃してあげる。貴方が最高に面白くなるその瞬間に吸い殺してあげる」


 明らかに作り物の笑顔を浮かべる。


「バイバイ」


 笑顔のまま彼女は踵を翻した。


 ただし再び邪魔しようものなら容赦しないと殺気立った雰囲気でその場を後にした。


 彼女がいなくなった後もしばらく動けずその場に立ち尽くしてしまった。


ヴーヴー


 ポケットからバイブレーションで、現実に引き戻される。


 スマホを手に取ると、21時34分と母親の二文字が画面に写っていた。


「げっ!」


 気絶していた間にかなりの時間が経っていたようだ。


 流石にこの時間からは海姫家には行けないので、諦めて帰ることにする。


 恐る恐る通話ボタンをオンにする。


「世介!!!今どこにいるの!!?」


「ご、ごめん母さん。こ、公園のベンチで寝ててさぁ」


「はぁ!?あんたどんだけ心配してると「も、もうすぐ帰るから!」


 それだけ伝えて無理矢理通話を切る。


 急いで帰らねば、そう思いその場を後にしようとする。


 二人の屈強だった男たちだった肉塊が目に映る。


 正直、殺されかけたので心の底からは同情はできなかった。


「ごめんなさい…」


 何に対してなのか分からない、中身のない謝罪を口にする。


 けれどそうでもしなければ罪悪感に潰されてしまいそうだった。


 後ろ髪を引かれながらも、逃げるようにその場を後にする。


 気持ちとは逆になんだか身体が軽かった。


 家に向かって走ってると夜風が気持ち良かった。


 全速力で住宅街を駆け抜け、1分もたたない内に自宅のすぐ近くまでたどり着く。


 1分は全力疾走したのに息切れは全く起きなかったことで、自分が別の何かになったという自覚が芽生え始めた。


 ふとお腹がひんやりとする。


「あっ…」


 街灯が照らしていたのは血まみれの服だった。


「どうしようこれ…」


 家に入る前に一生懸命言い訳を考える。


 結局、鼻血を拭いたという苦しい言い訳を携えて挑むも怒れる母親にはそんなものなんの役にもたたなかった。


ーーーーーーーーー

ーーーーーーー

ーーーーー

ーーー


 無機質なアラームで目を覚ます。


 いつもと同じく支度を済ませ、リビングに向かうがいつもの500円は無かった。


 どうやら昨晩からの飯抜きという古風な仕置きは続いているみたいだった。


 諦めて家を出る。


 いつも通りの時間にいつも通りの場所に行っても、遥香はいなかった。


 少し待ったが日の出を待つわけにもいかないので、一人で学校へ行くことにした。


 やはり自分も太陽を浴びれないのだろうか、そんな疑問が湧いてくる。


 以前遥香から聞いた話だと、太陽の光を浴びると大火傷を負ったように皮膚が爛れるらしい。


 さらに太陽の光を浴び続けると、いずれ灰になるのだとか。


 こうなってしまうとやはり一番頼りになるのは幼馴染である遥香なのだが、どうにかして仲直りせねばならない。


 そもそもこっちは別に喧嘩というか距離を置く理由がないので、向こうがいつも通りに戻ってくれればいいだけではあるのだ。


 校門にたどり着くと、いつもの警備員が不思議そうな顔でこちらを見つめてきた。


「おはよう。今日は一緒じゃなかったんだ」


「え?」


 まさか話しかけられると思わなかったので、間抜けな反応をしてしまった。


「彼女、5分くらい前に来たけど」


 『彼女』がただ単に遥香を示す言葉なのか、それとも恋仲だと勘違いしてるのかが分からなかった。


 幼馴染と訂正した後に勘違いだったらはずかしいので敢えてスルーする。


 それより遥香がいつも通りに学校に来ているようで少し安心した。


「いやぁちょっと怒らせちゃって」


「そっか。早く仲直りできるといいね」


 警備員は後押しするように柵の鍵を開ける。


「ありがとうございます」


 二重の意味を込めて礼を言う。


 学校に居るのなら直接会いにいって相談するのも手だと考える。


 しかしその計画もすぐに破綻する。


「…あいつ何組だっけ?」


 昼間は別に用があったり絡んだりしないので、肝心な遥香のクラスがわからなかった。


 時間があるので学校中を探し回ってもいいが、何せ地元のマンモス校なので教室の数が多い。


 そもそも教室にいない可能性もある。


「とりあえずメッセージでも送っとくか」


 既読無視されるのが関の山だが、メッセージで要件を伝えようとする。


『眷属になっちゃったんだけど、相談乗ってくれない?』


 軽い感じで相談を持ちかけるメッセージを送ると、直ぐに電話がかかってきた


「もしも「今どこ!?」


 1日ぶりに聞いた幼馴染の声は、耳をつんざくような怒声だった。


「い、いや教室だけど…」


 プツーーー


 答えると通話が切れる。


 遠く廊下から大きく早い足音が近づいてきた。


 ガララッ…バンッ!!


 教室の戸は開く勢いが強すぎるがあまり壊れたんじゃないかと思うような音が鳴り、実際少し歪んで見えた。


 幼馴染の様子が尋常じゃないが、対するこちらは極めて平静を装う。


「…お、おーす、おはよう」


 ズンズンと大股でこちらに近づき、首筋まで顔を近づけられる。


 一瞬、血を吸われるかと思ったが違うようだ。


 匂いを嗅がれてるのか、はたまた息切れしてるのか。


 遥香の呼吸音がやけにうるさく聞こえる。


「うそ…」


 一歩、二歩、三歩。


 遥香は後退り、腰を落とす。


 あんなに近くで血の匂いを嗅がれたのに遥香の見た目は一切変わってなかった。


 黒い瞳が不安定に揺れている。


「誰よ…今まで何の為に…ずっと…」


 ブツブツと上の空な様子で何か呟いている。


「遥香…?」


「…して」


「え?」


「説明して!」


 長年の信頼から、幼馴染に全てを包み隠さず話した。


 遥香は黙って聞いていたが、話が進むにつれどんどんと苛立ちを募らせたような表情を浮かべていた。







「…つまりアンタが余計なことに首を突っ込んだからってことでいいかしら?」


「いや…まぁ…あはは」


「昔から!アンタは!余計なことに首突っ込み過ぎなのよ!!」


 耳がキーンとするような怒号が飛んできた。


「…で、でも遥香が昨日変なこと言うからだな…」


 苦し紛れに言い訳を吐くと、バツが悪かったのか少し勢いがおさまった。


「…何よ。ウチが悪いってわけ?」


「そーゆーこと言ってるわけじゃないんだけど…。えーっと…あーもう!その…遥香と仲直りしたかった…からさ…」


 照れ臭くなり顔が熱くなった上、後頭部に痒みを感じ掻きむしる。


「馬ッ…鹿じゃ…ないの?」


 そんな照れが移ったのか、遥香も少し耳が赤くなる。


「くそ、何で今更こんな照れ臭くなんだよ。とりあえず!今一番頼れんの…お前なんだからさ、また仲良くしようぜ」


「はぁ…」


 遥香は大きなため息を吐く。


「こうなったら仕方ないか。しょうがないから許してあげる」


「どーも」


 結局何について怒られたのか、何が許されたのかよく分からないまま仲直りすることが出来た。


「はぁ…それにしてもこれからどうしよう」


 遥香は少し頭を悩ませてるようだった。


「とりあえずパパに相談しなきゃ…。世介、アンタ放課後暇だよね?」


「いやまぁ暇だけど、なんでそんな暇確実みたいな言い方すんの?」


「うっさい。とりあえずうちに来て。パパに相談乗ってもらうから」


「いや流石に遥香のお父さんまで巻き込むのは申し訳ないというか…」


「いいから!とにかく放課後うちね」


「そうは言っても放課後すぐ帰ってもお前のお父さんいないだろ?」


「まぁ…少し待ってもらうつもりだけど」


「だったらさ、少しどっか遊びに行かね?」


 思いつきを提案する。


「どっかってどこよ?」


 遥香は腰に手を当て当然の質問を返してきた。


「んー…ゲーセンとか?」


 再び思いつきを口にする。


「行ったことないし、興味ないんだけど…」


「う…」


 思えばいつも日が沈むのを待つ遥香と放課後どこかへ行くなど初めてだった。


 提案が失敗したことで、ようやくそんなことに気がつく。


「はぁ…。放課後迎えに行くから」


 腰に当ててた腕を落としため息を吐きながら遥香はそう告げる。


 言葉のトーンでとりあえずはOKを貰えたことは何となく分かった。


「それじゃ…」


「ん?どこいくの?」


 遥香がその場を去ろうとしたので引き留める。


「どこって教室戻るんだけど…」


「暇だしなんか雑談しようぜ」


「…アンタよくそんな呑気でいられるわね」


 一度止めた足を再び動かし始めた。


「悪いけどそんな気分じゃないから…。一人にして」


 昨日と似た台詞に少し不安を覚える。


「おいおい…」


 遥香は教室の出口まで歩くと扉に立ち止まり、扉に手をかける。


「違うから。別に話したければ放課後いくらでも聞くから。ただ…今は一人にさせて」


 ガラ…ガララ…ガシャン


 少し歪んだ扉を閉めにくそうに閉めた。


 早朝の教室に再び静寂が訪れた。


「別に呑気ってわけでもないんだけどな…」


 言われたことを思い出しふと呟いた。


 まだはっきりと自分が変わった感覚はない。


 でも少しずつ、ほんの少しずつ違う何かになったという現実がちらつく。


 さっきの遥香の反応がそうだ。


 あんなに近くで嗅がれて変貌しないなんて思いもしなかった。


「ただ今まで日常を感じたかっただけなんだよなぁ…」


 幼馴染といえど伝わらない本音が静かな教室に響き渡った。

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幼馴染と吸血鬼 罰印ペケ @batsuzirushi_peke

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