第49話 エピローグ

 彰の逮捕は大々的にニュースとなった。俺が入院している間に手術を終えて退院して職場復帰した赤川刑事の話では素直に事情聴取に応じているらしい。新聞やニュースでは毎日のように事件の話でにぎわっていた。当然、俺たちのこともニュースになっていて、天宮たちは記者に何度も聞かれているそうだ。俺はと言うと病院内にいるため、記者に会わずにすんでいた。

「犯人を君が倒したそうだな」

 お見舞いに来てくれた浅井さんが言った。その体はもう治っているようだ。俺の両手も復元出来ていた。これは彰たちの研究の成果らしい。

「浅井さんたちが守ってくれたから犯人を倒せたんですよ」

「謙遜しない」

 森永さんに頭をぐりぐりとやられた。やめてほしい。

「あのとき、俺のことを助けてくれてありがとうございました」

「後輩だからな、それにあいつには因縁があった」

「まあ、その相手を君が倒しちゃったんだけどね」

「仇を打ってくれてありがとな」

 浅井さんが手を出してきた。俺は手で握る。まだ握力は戻っていなかった。

「お店は直るんですか?」

「店は保険に入っていたこともあって、今修繕しているよ。直るまでは冒険者として稼ぐつもりさ」

 それは嬉しかった。

「お店が直ったら、また行きます!」

「お客としてもそうだが、バイトしたくなったらいつでも言ってくれ」

 浅井さんは微笑んだ。俺は頷いた。

「そうなると、わたしと一緒じゃない! 早く正社員にしなさいよ!」

 森永さんが浅井さんを小突いた。

「病院では静かに、君はホテルの職を探せ」

 いい先輩たちだ。

「菜衣さんも来たね」

 入院の手伝いに来ている天宮が現れて挨拶を交わす。

「じゃあ、わたしたちはお暇しようか?」

「そうだな」

「中沢くん、安静にね」

 と天宮と入れ替わりに二人が出て行く。

「先輩に何か言われた?」

「喫茶店のアルバイトを募集しているらしい」

「わたしもやってみようかな」

「お前接客できるのか?」

「それどういう意味よ」

 天宮はムッとした顔をしていたが、俺が笑うとつられて笑っていた。

「そうだ、ありがとな」

「急にどうしたの?」

「いや、記憶喪失の時もこうして看病してくれただろ」

「まあ、仲間だし」

 その仲間という言葉に俺は嬉しくなった。

「お疲れ」

「天宮もな」

 俺が手を挙げると天宮が手を合わせてきた。

「お見舞いに来たよ」

 渡辺の声が聞こえて目を向けると、神谷と渡辺の姿が見えた。

「調子はどうだ?」

「いい感じ、明後日には退院できる」

「そうか良かった」

 神谷が安堵した。その横で何やら何か言いたそうにしている渡辺がいた。

「どうしたんだ?」

「もうすごいんだよ」

 渡辺が目を輝かせる。

「俺たち有名人なんだ」

 へへへと嬉しそうに神谷が鼻の下を撫でる。

「はいはい、聞くって」

 聞くところによると、毎日のようにインタビューを受けているようだ。神谷と渡辺は楽しそうにそれを語るのに対して、天宮は嫌そうにしていた。当然、俺にもマスコミが来るため、俺は個室で入院している。

 そして学校はもう再開したそうだ。

「そうだ。同年代じゃない!」

 不意に思い出したように天宮に言われた。問い詰めるように顔が近い。

「言ってなかったか?」

 俺はとぼけた。

「言ってない」

「まぁ、普通に考えればわかるよな」

 神谷の言葉に天宮は奴を睨んだ。

「そうだ中沢、お前高校変えないか? まだ入学もしてないだろ。追加の入学試験が伊豆高校で行われることになったんだ」

「伊豆高校?」

「わたしたちの高校よ。校長先生が被災に遭った人たちのために、新たに入学枠を作ってくれたんだって」

 天宮が説明してくれる。

「いや、俺、高校は受けてないんだ。冒険者になるつもりだったから」

 三人は驚いていた。

「中沢くんは高校行くべきだと思うわ」

 天宮が言った。渡辺がうんうんと頷いている。

「ありがとう」

 今なら冒険で貯めたお金がある。入学金はそれでまかなって、学びながら冒険で稼げば行けるというのは甘い考えだろうか? いや、俺は高校に行きたい。

「わかった受ける。試験はいつだ」

 三人は嬉しそうにしていた。

「今週だよ。そうだ。中沢くん、勉強大丈夫なの?」

 渡辺が心配そうに俺を見てくる。

「こいつ、勉強もできたからな」

 よく知ってるな。

 天宮がカバンから問題集のようなものを取り出して渡してくる。さっと眺めてみた。

「どう?」

 彰たちと一緒に勉強したおかげか、だいたいの問題は解けた。

「大丈夫そうだな」

 俺の言葉に神谷と渡辺はまじまじと俺を見ていた。

「ちゃんと勉強してよ」

 天宮が心配そうに言った。

「わかってる、勉強する」

「私も手伝うから」

 天宮の言葉に俺は嬉しくなる。神谷は自信なさそうに問題集を見ていた。

「黎は大丈夫なの?」

 渡辺がニヤニヤと訊いた。

「なあ、俺もその勉強会に参加してもいいか?」

「もちろん、一緒に勉強しようぜ」

 俺が言うと、神谷は嬉しそうに笑った。


 追加の入学試験が終わり、俺たちは見事合格していた。今日は学校の登校日だ。四月ももう後半で桜は散り、青々とした木々が見えた。

校門にはマスコミが集まっていた。大人たちは俺たちに気が付くと、近づいてきた。

「中沢さん、犯人たちを捕まえたって本当ですか?」

「逮捕された黒田彰は友人だったそうだね。君はどう思っているんだい」

 それは父親ぐらいの男性だった。思わず顔が強張る。カメラが逃げられないように俺を捕らえていた。

「その質問は最低だと思います」

 天宮だった。みんなも怒っている。男性は困った顔をした。

「中沢、嫌なら言わなくていい」

 神谷が言った。

「悪かったよ。だが、こっちも何日も張り付いているんだ」

 男性記者もバツが悪そうに言った。

「箱根であなたたちが命を懸けて戦ったのはみんなが知っています。あなたが壮絶な経験をしていることも理解しているつもりです。みんな、何があったか知りたいんです。少しだけでも話してくれませんか?」

 それは彰の被害に遭った女性記者だった。俺は悩む。

「中沢くん、少しでも気が向いたなら話してみない?」

 渡辺が訊いてきた。

「おい、未来」「ちょっと、何言っているのよ」

 神谷と天宮が咎めるように未来に言った。俺は時計を見た。早く来たため、まだ時間はある。

「少しだけならいいですよ」

「時間は長くて五分です。中沢くんが止めたくなったら、それで終わりですから」

 天宮が腕を組んで言う。

「はい」

 女性記者は笑顔で、

「箱根についた時点で犯人は分かっていなかったんですよね。記憶が戻ったんですか?」

 俺はどういうべきか悩んだ。

「推理です。犯人の衣服を着た鬼がいたんです。細かい話をすると三十分くらいになるので」

「誰が推理したんですか?」

「仲間の天宮です」

 カメラが天宮に向けられる。彼女は笑顔を作っている。

 歓声が上がり、「探偵だ」とか声が上がる。

「最後に止めを刺したのは君だと聞いているが」

「はい、俺が止めを刺しました。しかし、みんなのおかげで勝てたんです。一人でも欠けていたらあいつには勝てませんでした」

 神谷と渡辺が嬉しそうな顔をした。一人だけ嫌そうな顔をしている奴がいるが、

「伊豆を救ってくれてありがとう」

 記者に言われた。拍手が聞こえた。それは増えていき、しばらく鳴りやまなかった。


 記者たちはまだ訊きたそうにしていたが、取材を終わりにしてくれた。

「未来に一杯食わされたな」

 神谷が苦笑する。

「ほんと、最低」

 天宮が呆れたように言った。

「ごめんね、中沢くん、でも、これで取材も減るはずだから」

 渡辺は反省した様子もなく嬉しそうに微笑んでいた。

「俺たち有名人だな」

 神谷が周りを見て嬉しそうに言う。校内に入る生徒たちの視線が俺たちに向いていた。

「渡辺、これ以上広めるなよ」

 俺は言った。渡辺は分かったとばかりに笑顔で頷いていた。本当にわかったのかどうか怪しいものだ。

「クラス表が張り出されているから、見に行こうぜ」

「ほら、行こうよ」

 神谷と天宮に言われて、両手を引っ張ってくれた。渡辺も背中を押してくれる。つられるようにして、俺は校門を抜け、校内に入った。

 校舎前の掲示板に生徒の人だかりができていた。

「一緒のクラスみたいだな」

 神谷が掲示板に張り出されている紙を見て笑った。

「とうとう一緒のクラスになったか」

「少しは嬉しそうにしろよな」

 神谷は軽く肩を叩いてきた。

「わたしも一緒みたい」

 天宮が嬉しそうに言った。思わず胸が高鳴った。

「あたしも一緒のクラスだから、みんな同じクラスね」

 渡辺が微笑んだ。天宮が笑顔を引きつらせる。

「嘘……」

「腐れ縁」

 俺たちは渡辺の言葉に笑った。

「笑いすぎ」

 不満そうに渡辺が神谷に食って掛かる中、俺は校舎を見て彰と千陽のことを思い出した。千陽は俺の心の中にいる。それは一生忘れない。

 隣を見ると天宮が不安そうに校舎を眺めていた。

「教室に行こうぜ」

 天宮に優しく笑いかける。

「うん」

 俺たちは教室に向かった。

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