第48話 生者に願いを2

「どうして、みんなを殺したんだ?」

 俺は単刀直入に訊いた。

「俺たちの最終目標は人体を作り、死んだ人間を生き返らせることだ」

 あまりの話に絶句した。

「そんなことできるわけがない。実験は失敗したはずよ。生まれた動物は寿命が短かった」

「あぁ、生命研究では動物の生成に成功しているが、生成した生物の寿命は短い。原因は細胞が完全じゃないことだ」

「それを克服するには膨大な実験データと強力な能力がいる」

「前者は解決した。静岡市で三十年前に行っていた実験のデータによって」

 副次的に鬼が作られた研究だ。

「後者のために俺は人殺しをする必要があった」

「お前、人の命を何だと思っているんだよ!」

 神谷が怒鳴った。

「心的操作が使えるなら相手の心の悲鳴だって聞こえるはずでしょ。何も思わなかったの?」

「俺には目的があった」

「千陽を殺すときに何も思わなかったのか? 仲間だったんだぞ。俺たちはお前を尊敬していたんだ」

 思いが込み上げてきた。幸せだったあの時の光景が浮かんでくる。

「一緒に冒険する約束をしたよな。あれも嘘か?」

 俺は黒田を睨んだ。黒田は視線を落とす。

「嘘はついてない。後でお前も含めて全員生き返らせる予定だ」

「人体を完璧に作れたって所詮抜け殻よ。クローンと同じでそこには記憶はない!」

「あぁ、そうだ。それでもいいじゃないか。人の一生はせいぜい百年だ。俺たちの人生はまだ十五年にも満たない。俺が能力を持てば五百年、いや千年、永遠に生きられる。十五年の思い出なんて後で作り直せばいい」

「考え方が違いすぎる」

 渡辺が呟いた。

「十五年でも俺にとっては大切な思い出なんだ。千陽の記憶はもう作り直せない」

「お前が生き残るのは想定してなかった。そのために計画を変更した」

「俺に発現した能力だな」

 彰は頷く。

「記憶が戻るまで待っていたのか?」

「あぁ、信頼関係による死の能力の影響は大きい」

 俺は声が出なかった。

「人の感情を何だと思っているのよ!」

 天宮が怒った。

「計画の実現のためだ。そのために感情は犠牲にしてきた。俺は目的のためには手段を択ばない」

 彰はまっすぐな黄金色に光る目で俺を見てきた。

「お前が犠牲になるならそこにいる三人には手を出さないがどうする?」

「熱海や伊東、東伊豆市の人間を殺さないって約束できるか?」

「それは無理だ」

 やっぱりそうか。

「ダメだな、お前はここで倒す」

 俺は木刀を抜いた。

「残念だ」

 彰の右手には杖が、左手には巨大な剣が浮かび上がった。

「六つの能力を持つ俺に勝てるのか?」

「こっちにはみんながいる」

 俺は言いながら笑みを作り、

「運動音痴は治ったのかよ」

「試してみるか?」

 彰は巨大な剣を空中で横なぎに振り払った。俺たちは距離を取る。神谷が後方に飛びながら銃を向ける。銃声が聞こえてわずかに彰が後退する。

「やっぱり防がれるか」

 神谷が悔しそうに呟く。彰が杖を向けた。杖から黄色い火の球が放出される。天宮が俺の前に立つ。それは俺たちの前で黄色い火花を炸裂させる。水の壁が出来ていた。棚や床に落ちた火花が発火する。千陽の能力だ。俺はギリッと歯を噛みしめる。

「あの火花に触れちゃダメよ!」

 天宮が大声で言った。

「上!」

 渡辺の声に上を見ると、大剣が俺たちに向かって振り下ろされた。俺はとっさに天宮を抱えて体重を軽くして横に飛ぶ。

 大剣は床を粉砕して止まった。エネルギーがありそうだ。

 彰を見ると奴の胸にレーザーポインターが止まっていた。雷が見えた。同時に雷鳴が鳴り響く。

「直撃!」

 渡辺が拳を作る。彰は数歩後退して頭を抑えていた。

「前にも受けたがその攻撃は無意味だ。俺は人体の全て把握している。例え脳の一部が焼き切れても再生できる」

「うわ、化け物」

 彰は不敵な笑みを見せて手を振るうと、大剣が彰の前に戻り、ぐるぐると横回転を始めた。それと同時に大剣の長さが大きくなる。重力操作と金属操作の合わせ技だ。

 大剣は回転しながらこちらに迫ってきた。俺は飛んでかわせるけど、それだとみんなは守れない。

「受けるぞ!」

 俺は金属の剣を鞘から抜いて大剣に合わせて、思い切り質量を込めて剣を振るった。勢いは落ちたそれでも手で支え切れずに胴体に当たり、そのまま俺は倒れた。しかし天宮の氷と神谷の金属の盾で何とか止まった。俺は立ち上がり大剣に体でしがみつき、質量をかけて床に抑えた。

「神谷!」

 神谷は大剣を消していく。

「前!」

 渡辺の声に前を見ると、黄色い火の玉が出来ていた。今度は大玉だ。それに中に他の火の玉が見えた。千陽の花火だ。

「みんな集まって!」

 黄色い火の玉がこちらに向かってくる。俺たちは天宮の元にみんなで集まった。火花がさく裂し、赤い火の玉がさく裂した。

「もう一度破裂する!」

 俺は叫んだ。赤い火の玉は紫の火の球を炸裂させて、続いて紫の火の玉が綺麗な青い火花を館内に盛大に散らして発火した。水はほとんど残っていなかった。天宮は息を切らして手は火傷している。

「中沢くん!」

 渡辺がレーザーポインターを彰に向けた。俺は木刀を抜いて走った。

「行け!」

「行って!」

 神谷と天宮の声が重なる。雷鳴が彰を襲い。彰が数秒フリーズした。彰に近づくと、重力がかかった。俺は体を軽くして耐える。そのままの勢いで宙に浮いていた杖を木刀で振り払う。

 杖が遠くに弾け飛んだ。彰と目が合った。俺はそのまま、木刀を振り下ろした。ガチッと何かに防がれるそれはティーカップだった。カップの一部が割れて床に落ちる。

 彰が手を前に出してきた。

「なぜ、分解できない!?」

 彰は狼狽する。俺はさらに木刀に質量と力を籠める。彰は俺を睨んできてさらに重力がかかった。

 割れたティーカップの欠片が俺の左目に飛んできた。目がつぶれて見えなくなるが俺は力を緩めなかった。

 彰の黄金色の瞳がすぐ目の前に見えた。

「崩れ落ちろ!」

 千陽の心的操作だ。足が崩れ落ちそうになるのを膝をつきこらえる。ここで俺は負けたくない。みんなの命がかかっている。

 体が浮いた。誰かが俺の体を支えてくれるような不思議な感覚だった。

「千陽の能力か?」

 俺の残った瞳を見ていた彰が呟く。思わず声が漏れた。

『なぜだ。人類が寿命を克服できるんだぞ』

 彰の心の声が直接聞こえてきた。分かってる。お前はどんな時でも努力していた。でも、これ以上悲しみを広げるのは間違っている。俺は被害に遭ったたくさんの人たちを見てきた。

『俺は負けるわけには』

 彰は泣きそうな顔をしたが、不意に俺を睨みつけた。見れば刀を掴んでいる手の皮膚が向けてきた。体の秘密に気が付いたらしい。俺たちの体は光学異性体になっていた。彰の想定する人体の構成物質と違うものにするためだ。それすら看破するのか。

 俺は残っている力と能力を刀に込めた。

 木刀が彰の肩に触れて傷を付ける。重力が弱くなり、さらに木刀が傷口に入り込んだ。そして肩にかかっている重力が消えていく。俺の両手はほとんど、骨だけになっていた。

「俺の負けだな」

 彰は肩を抑えながら悔しそうに言った。

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