分裂するパン

 キュウに疑いのまなざしを向けられたまま、シンはさっさと実験棟を後にし車を走らせ、腹ごしらえと称してコンビニに寄り店内でパンを物色していた。

「懐かしいな」

「何が」

「なんでここにはこんなにたくさんのパンが並んでいると思う? 分裂して数を増やしてるんだってさ」

「アメーバのお話?」

「その証拠がこれ」

「ただの二色パンじゃん」

「分裂途中なんだってさ」

 掲げた二色パンをかごに放り込み、他に飲み物や箱菓子も追加していく。キュウも素早くこれでもかとお菓子を中心に同じかごに投げ込んでいく。

「領収書ください。宛名は上様で」

「経費ってすばらしい」

 二人してほくほく顔で車に戻って酒盛りならぬ菓子盛りを始めると、なんでもない顔でキュウが切り出した。

「シンって魔法使いだったの?」

「いいや? どっちがいい?」

「あんこ」

「クリーム、オアチョコ?」

「……クリーム」

 二色パンの片割れを不満顔のキュウに渡すと、シンはもう片方を一口に放り込んだ。

「はのひへふえ、」

「なんて?」

「……あの施設ね、昔は普通に、近所の人たちが出入りしてたんだよ、敷地広くて緑も多くて、散歩にちょうどいいってね。子供も、探検だなんだって遊びに行ってて、そういうときにさ、そこで働いている人たちとすれ違ったり、まあ話し込んだりはしなくてもあいさつ程度はして、なんとなく顔見知りになったりね。あのおっさん、子供好きというかサービス精神旺盛というか、ホルスタインからは牛乳が取れて、ジャージー牛からは珈琲牛乳が出るんだとか馬鹿な嘘ばっか吹き込んでくる大人だったんだよなあ」

「シン、ここ地元だったの?」

「九歳まで住んでた」

 シンが適当に菓子の袋を選び取り、開封に手こずり思い切り力を入れて袋を引っ張ると、案の定口が開くのと同時に中のポップコーンが盛大に外へはじけ飛んだ。それを素早く両手を差し出してキュウがキャッチし口に頬張る。

「ほえで?」

「さっき思い出したんだよ。いつだったか、あの人が、とっておきの魔法を見せてやるって言って、真四角の白い紙をこっちに見せて、種も仕掛けもありませんってね。それを両手で包み込んで、はって声を上げてから開けると、そこには完成した折り鶴が一羽出てくるんだ。それはそれでなかなか見事だったと思うんだけど、それは魔法じゃない、マジックだってケチをつけてやったんだ」

「可愛くねえガキだ」

「僕もそう思う。でも、あれは本当にとっておきだったんだな、チッチッていかにもな感じで指を振って、ここからが本番だって言うと、あの人はその折り鶴にふっと息を吹きかけた。そうしたら、まるで本当に生きているみたいに飛んだんだよ」

「さっきと同じだね」

「そう。当時の僕はどうしてもまたその魔法が見たかった。でも、会おうと思うと会えないもんなのかな、結局会えないまま引っ越しの日が迫ってきて、仕方がないから手紙を書いたんだ。紙、あったでしょ。紙の魔法。あれにはさ、『もう一度、紙のまほうを見たいです』って、たしかそんな風なことが書いてあったはずなんだよ。たまたま会った知らない研究員の人に、あの人に渡してほしいって押し付けたと思うんだけど、ちゃんと渡してくれてたんだな」

「じゃあ今日のあれは、その人が約束を守ってくれたって話なわけ?」

「さあね。何にしても、もし今回のことが調査対象として取り上げられることになるなら、僕は降りるよ。関係者というには心許ない関係だけど、思い出しちゃったからね」

「ふうん」

 そんなにうまくいくかな、とキュウは内心で思いつつも、口には出さなかった。代わりとばかりにシンから分けてもらったパンの片割れを口にするとすぐ、表情を険しくした。

「ちょっと。クリームじゃないんだけど、チョコなんだけど」

「僕が食べたのもチョコだったよ?」

 キュウが信じられないという風に呟く。

「まさか、ほんとに分裂した?」

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紙の魔法/分裂するパン コオロギ @softinsect

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