お幸せに。

西奈 りゆ

お幸せに。

なぜか、私は死体によく出会う。

ああ、人間以外のね。葬式は別だけどさ。


祖母から譲り受けた、平屋の一軒家。

申し訳程度の、庭がある。


特に何も植えていないけれど、何かの草、ようは雑草は威勢よく生えている。植えた覚えのない水仙や、スミレとかも混じって。


夏場は虫や蚊が集まるから、気が向いたらたまに刈り取っているけれど、基本は放置している。面倒というのも理由だけど、もうひとつ理由がある。


犍陀多かんだたの話を、知ってる?

芥川の有名な、「蜘蛛くもの糸」の犍陀多かんだた


ある日仏さまが、下に広がる地獄の世界をご覧になる。

生前、極悪人だった犍陀多かんだたという男に目が留まる。

ここで、仏さまは思い出す。

この男はたしかに悪人だが、そういえば一度、小さな蜘蛛に情けをかけて、踏みつぶさずに逃がしてやったなと。

そこで仏さまは、もう一度この男に、地獄から抜け出るチャンスを与えてやろうか、という考えを起こす、そして・・・・・・という話。


私の庭には、死体がたくさん、埋まっている。

大きい動物から順に、ネコ、ハト、コウモリ、ネズミ、ワタリカニ、スズメバチ、魚、メダカ、など。


別に、無理やり埋めたわけではない。

私の庭は、なぜか死体が集まる。


例えばある朝には、見ず知らずのネコが舌を出して、冷たく硬くなって横たわっていたし、ハトはどこかに激突したのか、頭を割って落ちていたし、コウモリはアボカドのようなかたちになって固まって落ちていたし、ネズミはなぜそうなったのか、身体の半分だけ落ちていた。


縁も所縁ゆかりもないそれらを、私はその都度せっせと庭に、土に穴を掘って詰めている。庭の草花は、多かれ少なかれ、それらを肥料にして育っているはずだ。


ところで、最近ラズベリーティにはまっている。

リラックス効果があるという言い添えと一緒に貰いものとして飲み始めたら、意外にはまってしまった。

深紅と言おうか、バラ色と言おうか、綺麗な紅色と、フルーツの香り。ベリーの豊潤な甘みが、たっぷりと口中に広がる。その瞬間が一番好きだ。


昨日知ったのだけれど、そのラズベリーは、意外と園芸向きの果物らしい。

そして、今のご時世、自家製ラズベリーティの淹れ方というのも、ネットを探せばいろいろと出てくる。私の判断だけど、あからさまに変なものは、たぶん省けている。


次に何かが庭で横たわっていた日に、私はラズベリーの苗を植えようと思っている。

土に還っていく肉塊に根付いて実をつける、私用のラズベリーを。

そして紅く、紅く煮出したラズベリーティを、ゆっくり、ゆっくりと口に転がす。

私の薄く紅い唇に、場違いな、動物性の紅をさす。


未来の私の行いは、正直私にもそんなに予想はついていない。

ひとつ言えるのは、あまり幸せを期待していないということだけ。

でもね、幸せじゃなくても、嬉しいんだよ。


紅色を身にした私をみて、仏さまとやらは糸を垂らしてくれるだろうか。

そもそも、私はそんなことを期待しているのだろうか。今更。


押し入れから、また家鳴りの音がする。

ぎちぎち、ミシミシ、ゴツ、ガコッ。


生き物の死骸を埋めたことには慣れているけど、生きているものの世話は今回が初めてだ。あの様子だと、水かエサか、やりすぎたのかもしれない。


犍陀多かんだたは、蜘蛛を見逃してチャンスを得た。

私は、むくろを見逃さず、代わりにそれを見逃さずに、どうなるのだろう。

天界からの糸なんてはなから期待していないけど、素朴な疑問が最近よく浮かぶ。

わたしは、やるべきことをしているだけだよね?


あなたは私を食い物にした。私はあなたを飲み物にする。

つり合いは取れてると思うんだけどな。違法っぽいけど。


六日後。ずいぶん静かになった。

これからはこれからでいろいろ面倒だけど、まあ、仕方がない。


私から奪うだけ奪って離れようとするなんて、無理な話。


本当はね、蜘蛛の糸なんてどうでもいいんだ。

そんな糸が垂れてきたら、今度はあなたの首を千切るまで絞めるから。


え? 恨みっこなしだよ。


大丈夫。あなたの虚構を引き継いで、私はゆっくり、

いつまでもあなたを飲み込んであげるから。


心配しなくてもいいから。少なくとも、私はもう恨んでいない。

それって、もう愛情でしょう?


だからずっとずっと、二人でいてね。

もう二度と、離さないからね。


だってそう言ったの、あなたなんだから。































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お幸せに。 西奈 りゆ @mizukase_riyu

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