第5話

 帰りに僕は例の寺に立ち寄った。

 そこで枯葉の掃き掃除をしている住職、タク兄のお父さんを見つけると僕は近寄った。住職は少し不思議がる。


「おう健人。どうしたんだ?」

「これについて聞きたいんだけど……」


 と僕はカバンから日本人形を取り出した。住職の目が鋭くなる。


「むむ! 呪詛が消えているな。ついに、か」

「これ、どういうものなの?」

「聞きたいのか?」

「うん」

「じゃあ、知ってる限りだけど話しておこうか。その人形にはある魂が入れられていたんだ」

「魂……。どんな人なの」

「二百年くらい前だったかな。この辺に巣食ってたに捧げる供物として産まれた女の子がいた」

「えっ? 供物として産まれた?」

「ああ。産む前から、いや母親が身ごもる前から決まっていたようだ。そうして産まれた子供は大事にされなかった。元々なぜその妖怪に人の供物を捧げるのかと言うと、まぁ端的に言えば見逃してもらうためだな。しょっちゅう暴れ回るから村人たちは供物を与えてやって、それを食ってる間村は安泰だと考えたわけだ。最初から生贄にするわけだから軽んじられて、忌み子のような扱いをされてたんだと」

「……」


 心が傷んだ。もう聞きたくない。しかし、知っておかなければいけない気がした。エリちゃんを想うなら知っておかなければ。


「それで……十五とか十六の辺り。その子は予定されてた供物になる年齢になった。村人たちに殺されて妖怪に捧げられたよ。だけど、その日から村にある異変が起こってね」

「異変?」

「病気が蔓延して、作物も大不作。村の存続の危機が訪れた。だから霊媒師を呼んだそうだ。ここからが凄くてな」

「……」

「霊媒師の調べでは、供物として捧げられた子が、なんと強い恨みの力でその妖怪を逆に喰らったらしい。さらに強大な呪いが村にまで行き届いていたそうだ」

「それで、どうしたの?」

「霊媒師は女の子をかたどった日本人形を作って、その中に魂を封印したんだ。それこそがお前の持ってる人形だな。そうして呪詛が抜け切るまで待つことにした、と。ようやく抜け切ったみたいだな。でも、ここまで強い呪いを持つ理由はちょっと分かるんだ」

「えっ?」

「……愛されて、必要とされたかったんだろうな。俺の考えでしかないけどな。俺も同じ産まれ方をしたら、多分それに飢えてしまってただろうし」


 日本人形に目を移して、エリちゃんの最後の笑顔を思い出す。ここでも涙が出てきそうになった。


「あ、あのさ、呪詛が消えた後の魂ってどうなるのかな?」

「うーん……。強い恨みや未練を残した魂は、閻魔様の裁判で地獄に落ちるらしい。哀れなもんだよな」


 僕の気持ちはすごく沈んでしまった。エリちゃんに、もっと色々とやったあげれば良かった……。

 するとその時、寺の奥の方から女の子が歩いてきた。


「お父さんここにいたんだ。お母さんが呼んでるよ」

「ああ、今行くよ」


 僕はその子を見て、空に飛び上がりそうなほど驚いた。間違いない、あの長い黒髪とその大人びたような顔は───


「うわぁぁあぁあ!? エリちゃん!?」

「な、なんだよ健人。おどかすなよ」


 住職の困惑など気にすることなく僕は言う。


「だ、だって、えっ!? おと、お父さん!? おじさん、一人っ子だったじゃん!?」

「はぁ? 何言ってるんだよ。拓也と愛里えりの二人っ子だぞ?」

「お父さん、私が健人くんを家まで送っていくね♪」

「おう。よろしくな、愛里」


 パニックになる僕を置いて住職は立ち去った。僕とエリちゃんは二人きりになる。エリちゃんはいつものように妖しく微笑んでいた。


「ふふふ。びっくりした?」

「び、びっくりって、いや、は? そもそも、何!?」

「あははははっ♪ 健人くん、面白〜い!」

「ど、え、何があったの?」

「私ね、閻魔様の裁判にかけられた時、未練が完全に無かったみたいなんだって」

「未練……?」

「うん。健人くんのおかげだよ。ふふふ。それでね、私は地獄に行くんじゃなくて、新しい命を手に入れることになったの」

「そうなんだ……」

「だけど閻魔様にお願いして、この家の娘で健人くんの幼なじみっていう人生を用意してもらっちゃった♪」

「待って、分かんないよ!? さっきまでの話はまだ分かるけどそれ脈絡がないじゃん!」

「そんなことよりさ、健人くん。屋上で言ったこと覚えてる?」

「えっ?」


 エリちゃんの目がなんだか紅く光ったように感じた。彼女は僕に一歩詰め寄る。


「君がやりたいことをなんでもやらせてあげたいし、僕にして欲しいことをなんでもやりたい……。あと、ずっと一緒に居たい、だったかな?」


 そう語るエリちゃんのなんとも言えない怖さに僕は一歩後ずさりしかけた。するとエリちゃんはガバッと僕の右腕に腕を絡ませてギューッと抱きしめる。

 このまま一生離れなさそうだと思わせる力だった。


「私、最近髪が伸びてきたから切って欲しいな。さ♪」

「ひっ!」


 僕の全てを喰らおうとするかのような妖しく恐ろしい微笑みに、僕の背筋は震え上がった。

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人形の髪が伸び続けるので手入れをしてたら溺愛されました。 あばら🦴 @boroborou

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