後編
体が沈む。
重力に従って、はるか下方に広がる母なる大地へと還ろうとその速度を増していっている。体感としてはわかりにくい。周囲には雲一つなく、大地とスカイフィッシュが大きくなっていることから、落ちていると理解できた。吹き上げてくる風は計算できない挙動で吹き荒れ、ちっぽけなオレの体を弄ぼうというようにその勢いを強めていく。大自然が巻き起こす力に抗い、全身に力を籠め、手足を広げる。
そうすれば、自然と体が安定してくる。回転することもない。近づいてくる地面がなければ、空へと舞い上がろうとしているようにさえ感じられたかもしれない。
体を少し傾けることで、移動することだってできた。
下方でうごめくスカイフィッシュへとちょっとずつ近づいていく。やろうと思えば弾丸のように向かうことだってできたが、切り刻まれるんじゃないかと思うと、怖かった。相手を刺激しないようにそっと、横滑りするようにオレは近づく。
ふと、あの店員はどこへ行ったのかと、周囲を見渡す。
次の瞬間、オレの目の前を、手足の生えた物体が矢のように通り過ぎていく。どう考えても店員だが、俺より先に降りたっていうのに後から突っ込んでくるということは、オレの様子を背後から見ていたらしい。それに、あのよどみのない動きを見るに、彼らは手慣れているらしい。
オレの目の前では、スカイフィッシュが異変に気が付き、数センチほどのひれをはためかせようとしている。渦のような予測不能な風ではなく、規則的な風がオレを押し流そうとする……。
じきにスカイフィッシュたちは音速に達し、あっという間にこの空域を脱するだろう。オレたちはといえば、ソニックブームによって傷だらけ。無事では済まない。
だが、そうなることはない。
逃げようとしていたUMAたちへ、みょんみょんと虹色の光線が照射される。それはUFOが発する原理不明な光線。それにあてられた生物は、オカルトめいた力によって、息の根が止まる。だからこそ、OPARTSというのだ。
ひれの動きは止まり、死んだスカイフィッシュがその場に漂う。スカイフィッシュが空を漂っている理由は皆目見当がついていない。これをOPARTSだとし、航空戦艦をつくろうという試みがひそかに行われているらしいが真偽は定かではない。
とにかく、これで命の危険はなくなった。
店員がパラシュートを開くのに合わせて、オレもパラシュートを開く。自由落下の勢いが急になくなり、パラシュートのベルトが体に食い込む。
スカイフィッシュが飛行する高度は約三千フィート。通常よりもずっと高い位置で開いたから、落ちるまではかなり長い時間がある。メリーポピンズのように空を散歩しながら、網を振るっては腰の魚籠へと死んだスカイフィッシュを入れていく。
と。
遠くから音がする。掃除機でビニール袋かなんかを吸い込んでしまった時のような何とも言えない音。自然界では聞くことのできない音が、遠くでしたような気がした。
最初は何が発しているのかわからなかった。
だが、視線をさまよわせた先で、何か動く物体が見えた気がした。それは瞬く間に大きくなっていく。
翼の生えた大きな――。
「青嵐」
機体を傾かせ方向転換する鋼鉄の体は、青い矢印のような形をしている。前進翼というやつだ。失速しにくく格闘戦に強いが、不安定で機体が折れることさえあり、量産された例は極めて少ない。そんなデメリットをAIによる電子制御と呪術によって乗り越えたのが、先ほどの機体だ。
八式戦闘機。またの名を青嵐。
日の丸を青き翼に携えた、航空自衛隊の主力戦闘機である。
そんなやつがまさか出張ってくるだなんて思ってもみなかった。オレは青嵐を目で追いながら、四機もやってきた理由を考える。
すぐに分かった。
あいつらはスカイフィッシュを駆除するためにやってきたんだ。確か、空自ではUFOの撃墜も通常任務だったはずだ。ならば、スカイフィッシュもそれに含まれるに違いない。青嵐はそういったOPARTSを撃墜するにはうってつけの機体だ。
上空で、ヘリコプターを護衛していたUFOが不規則な直線運動を開始する。科学法則を無視した挙動は、UFOが臨戦行動に移ったことを示す。大方、空自のパイロットから投降勧告を受けたのだろう。だが、投降してしまえば逮捕されることは必定。認可なしにUFOを飛ばした罪は非常に重い。
UFOが甲高い音を上げ、不規則に動く。その背後にぴったりと青嵐の一機がつく。戦闘機ならば空中分解してしまう挙動もUFOならできた。
不意にくるりと回転したUFOが光線を放つ。ある意味でコミカルで超自然的な光線は、機械に対してもその機能を停止させるだけの力がある。
光が青嵐を包み込み――しかし、何も起こらない。
返す刀で青嵐がミサイルを発射。普通なら、でたらめな軌道を取るUFOに近代兵器は命中さえしない。命中したところで対して効果はないはずだった。
ミサイルは命中し、爆発する。
UFOは半壊し、中からパイロットが飛び出していった。それを確認すると、機体を旋回させ残りの標的の下へと飛び去って行く。
あれが青嵐。対OPARTSを掲げた最初の戦闘機の実力である。黒い線を九本格子状に配置したドーマン迷彩は今もなお、世界に誇る日本の技術であった。
毒には毒を、力には力を、オカルトにはオカルトを。
そんな文言を世界へと発信しただけの強さがそこにはあった。
視界を水平方向へと向ければ、店員が懐から取り出した銃を青嵐へと向けようとしていた。見たこともないその銃には銃口がない。おそらくはOPARTSだろう。
オレは彼へと叫び、首を振った。UFOに乗ってるやつらには悪かったが、相手が悪すぎる。
UFOたちとスカイフィッシュがどうなったかを知ったのは、二日後のことである。
オレは定食屋に来ていた。いつものように、人が多い。
注文が届くまでの間、隅に置かれたブラウン管テレビで流れていたニュース番組を見ていた。
それによると、UFOは撃墜され、そのパイロットたちは逮捕された。該当空域にいた二名も関係者として捜査を続ける云々。スカイフィッシュは青嵐によって駆除されたそうだ。
「おまちどおさま」
いつもなら、料理名が告げられるところが、何も言われない。顔を上げると、そいつはあの時の店員。掴みかかろうとしたところ、ウィンクされた。
「こちらご注文の裏メニューです」
小さくそう言うと、さっさと厨房へと引き返していった。
運ばれてきた定食を見てみる。エビチリと、かき揚げ。それからみそ汁とご飯。オレが注文したのはとんかつ定食だったんだが。
ぶつ切りにされ素揚げされた甲殻類の身はほんのりと赤い。それは、硬い殻に覆われたアノマロカリスを彷彿とさせる。そう考えると、かき揚げは何か細長いうねうねとしたものをまとめて揚げたもののように見えてしょうがない。
あの時捕まえたスカイフィッシュが調理されている。
オレはわけもなく周囲をきょろきょろ見やり、エビチリを口へ放り込む。
もぐもぐごくり。
「うめえ……」
アクティビティ付き定食……時価 藤原くう @erevestakiba
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます