アクティビティ付き定食……時価

藤原くう

前編

「ダイビングしませんか?」


 そんな質問を受けたのは、とある定食屋で天丼を食べていた時のことであった。


 昼時の店内はにぎやかで、席はほとんど埋まっている。最初、オレに声がかかったとは思わなかった。質問を繰り返されてようやく気が付いた。


 オレは自分で言うのもなんだが、見た目が悪い。昔、軍隊で働いていたから、そこらの男よりはがっしりしてるし、何より、右目の上から下まで走る生々しい傷跡があった。隻眼ってわけじゃなかったが、それでもオレを見るなり交番へ駆け寄る人は多い。……オレだって怖がらせたくて怪我をしたわけじゃないんだが、それはさておき。


「ダイビングってあれか、潜る?」


「魚を捕るあれです」


「言葉を濁すじゃねえか。……魚を捕る?」


「はい。私たちどものお手伝いをやってもらえないかと」


「お手伝いって、客にか?」


「お客様にです。何というのでしょうか、レクリエーションとでも申しましょうか。自らの手でお魚を捕獲し、食す。これこそが最高にして至高の食事ではないかと私たちは考えているのです」


「や、別にアンタたちの理念とかそんなのはどうでもいいんだ。オレに何のメリットがある」


「激レア食材を、ご提供できます」


「激レアってどんくらい」


 そうですねえ、と営業スマイルを貼り付けた店員が顎をさする。


 その後に発した金額に、目ん玉が飛び出るかと思った。


 最新鋭戦闘機がポンと買えてしまうほどの価格だった。



 別に金に釣られたわけじゃない。その激レア食材ってやつの味が気になったわけでもない。


 むしろ、その食材ってやつが、合法なのか否かをこの目で確認したかったからだ。


 だが――。


「違法じゃねーかっ!!」


 オレの心からの叫びは、ヘリコプターのローター音にかき消された。


 先ほどの定食屋から離れること約二百キロ。長野県の山間部のはるか上空にオレはいた。いや、想像できなかったわけではない。東京湾の埋め立て地に移動し、ヘルメットを手渡され、ヘリコプターに乗ってくださいと言われた時から、おかしいなとは思っていたのだ。


 ダイビングはダイビングでもスカイダイビングかよ。


 だとしたら、魚は。


 オレは窓の向こうを見る。そこには銀色の円盤が浮かんでいた。反対側にも一機。前後に一機ずつ。合計四機のUFOがヘリコプターを護衛するように飛んでいる。戦時中、OPARTS(OccultPowerArtewactSの略称)とは何度か戦ったものだが、こうして動いているものを間近で見たのははじめてかもしれない。航空力学を無視したふわふわとしながらも機敏なその動きは、いつ見ても不安になる。


「……最先端科学でも解明できてないもんによく乗れるな」


「仕組みがわからなくても飛べて攻撃出来たらそれでいいんですよ」


「戦力になるからか?」


 オレに問いかけてきたやつがにっこりと笑みを浮かべる。ヘルメットによってその顔は半分以上覆われていたが、たぶんあいつの目は狂気的な輝きを放っていたに違いない。


 こんなことなら、誘いに乗らなけりゃよかった。


 今更過ぎる後悔が、頭をよぎっていく。すでに高度は一万フィートを超えている。後戻りはできない。


 オレはため息をつく。


「おや怖いんですか」


「そういうわけじゃねえよ。オレはもっと高いところからだって降りたことあんだから」


「……?」


 店員が首を傾げる。当然だ。通常のスカイダイビングにおいては一万から一万二千フィートの間から降下する。


 オレからすればそんなのは、子どもの遊びと変わらない。


 だがそれを口にはしない。自慢したいわけではないし、進んで話したいことでもない。


「それより、何を捕まえんだ?」


「そろそろ見えてきます」


 ヘリコプターの機首の下側を店員が指さす。どこまでの広がる蒼穹の果てに、黒点が浮かんでいる。近づいていくと、それが何やらうねうねうごうごと脈動し、生物であることを理解する。


 スカイフィッシュ。


 それは、カメラにしか映りこまない、超高速で飛翔するUMAだった。だったというのは、今ではモーションブラー現象によるものだとわかっているからだ。


 だが、それとは別に、スカイフィッシュは存在していたのだ。ひれをもち空を漂う棒状の存在、バージェス動物群のようなその異形はスカイフィッシュと名付けられた。


 現在、スカイフィッシュは害獣認定されている。というのは、空には航空機が飛び交っており、群れを成して飛行するスカイフィッシュは邪魔だった。それに戦闘機ほどの超高速で飛翔することもできる。ソニックブームによる被害は少なからずあった。


 魚とはかけ離れた姿だが、空で魚といったら、あいつしかいない。だからこそ、創造の範疇ではあったのだが……。


「あんたたちあれを食ったことが……?」


「ええ。エビみたいでうまいですよ」


「確かに甲殻類っぽいけどよ」


「ではあっちのうねうねしたのはどうでしょう。ゴカイのような何とも言えない磯臭さが」


「…………」


 正直、引いている。怖いもの知らずのつもりだったが、まだ知らない世界があるということを痛感させられた。


 頭を抱えていると、店員がパラシュートを背負い始める。もうすぐ降下の時間らしい。それに習って、オレもパラシュートを背負う。先ほど点検したが、市販のものではなく、軍用の地味なもので安心感はある。……どこで手に入れたかわからんという不気味さもあったが。


「ちなみにどうやって捕まえんだ?」


「UFOのビームで〆ますんで、そこを突っ切るときに、この網ですくってください」


「虫取り網みたいなのでか。えらい原始的だな」


「スカイフィッシュに切り刻まれないものとなると、素材が限られるんでしょうがないです」


「……それってオレたちも切り刻まれる可能性があるってことじゃないか……?」


 にっこり笑った店員が、カーボンナノチューブ製の網を押し付けてくる。柄のついた先に黒い網がぶら下がっているそれは、サイズ以外は虫取り網と同じだ。


 こんなんで本当に捕まえられんのかなあ。


 不安だったが、ここまで来た以上はやるしかない。


「行きますよ」


 オレは返事して、空へと身を投げ出した。



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