終章 始動

終章 始動

「よかったのですか、フィロリス?」

「何が」

 フィロリスの右肩に乗ったルーイが意味深に言う。

「いえ」

「はっきり言ったらどうだね、ルーイさん?」

 相変わらず卑屈な言葉づかいのフィロリスに、ルーイが告げる。

「だいぶレインさんのことを気に入ってらしたようでしたから」

「な、なにいってるんだ!」

 顔を赤くし、あからさまに戸惑うフィロリス。

「分かりやすい性格ですね」

 ふっとルーイが笑う。

「ま、そういうところが気に入ってるんですけど」

 小さく漏らした言葉はフィロリスには届いていない。

 レインが龍の封印をしてから三日後、教会に戻り、ある程度の傷を癒したフィロリスとルーイは、旅の続きがあるからとエルフィンとレインに挨拶をして出てきた。

 レインがいた祭壇に置いてあった原書はエルフィンが持っていた方が何かと役に立つだろうと思い、フィロリスはエルフィンに渡そうとしたが、安全度を考え、エルフィンはフィロリスに譲った。

 ハンクルではアステリスクが秘密の実験をしていたのではないかという噂で持ちきりだったようだ。アステリスクに影響を与えたいエスカテーナが調査に入ると声明を出したが、自治都市のハンクルとは最近折り合いが悪く、本格的に動くことはなかったらしい。

 ランドヒルで事件を起こしてしまったアステリスクは、立場上の問題もあったのか、黙秘を続けていた。当然これからも黙秘を続けるであろう。証拠はほとんど何もないのだから。

 そして、アステリスクはしばらくランドヒルで大きな行動に出ることはないだろうと、二人はエルフィンたちをあとにしたのだった。

「俺達と行動すればあいつも危険になるかもしれないからな」

「そうですかねぇ」



「レイン」

「何ですか?」

 飲みかけの紅茶をテーブルにおいて、エルフィンはレインに言った。レインは呆けたように窓の外を見ている。

 フィロリス達が出発してから十分ほど経った教会の中、二人はお茶を飲んでいた。

「まだ間に合いますよ」

 レインの目をしっかりと見つめて言う。

「何がですか?」

 小首を傾げる。

「良いんですよ、行っても」

「いいえ」

 優しく微笑むエルフィンに、レインは首を振った。

 二人の間には穏やかな空気が流れている。

「まさか、私に気を使っているわけではないですよね」

「私がいなくなったら食事はどうするんですか、何も作れないじゃないですか」

「はは、それくらい何とかしますよ」

 他愛もない冗談を交わす二人。

「自分の好きなように生きなさい、いつか後悔しますよ」

「本当に、大丈夫ですか?」

 心配をした顔でレインが返す。

「ええ、それに」

「それに?」

「あなたが荷物を整理していく準備してたのぐらい知っていますよ」

「……行ってきます」

 レインは小さく笑うと、急ぎ足で二階へ駆け上がっていった。



「なぁルーイ」

 皮袋の位置をずらし、小さな声で呟いた。

「自由って何なのかな」

 普段のフィロリスとは違う、少年のような声だった。

「どうしました?」

「何となくな」

 顔つきが神妙になるルーイ。

「何か、あったんですね」

「あいつは、俺のことを自由だと言った、最後に、好きなように生きろって言ってた、グレンは、俺がいなきゃ好きに出られるのに、俺がいなきゃ……俺は、どうしたらいい?」

 少しの沈黙の後、ルーイが口を開く。

「フィロリスはフィロリスですよ、きっとどこへ行っても」

「そうだな」

「だから、旅をしているんじゃないんですか、自由とは何か、私には答えられませんけど、いつかはフィロリスにとっての答えがでるかもしれませんし」

「かもな」

「これから、どうしましょうか?」

「さあな、ライゼンはどこかで生きているだろうし」

「探すつもりですか?」

 フィロリスは遠い目をした。

「あいつにはもう行き場所はないはずだ、あいつだって、グレンだって、俺だって、何とか生きているだけさ」

「フィロリスには私がいますよ」

「ああ、ありがとう」

「めずらしい、フィロリスがお礼を言うなんて」

 わざと驚いたような顔をしてルーイが言う。

「茶化すなよ」

「いいえ、ほめただけです」

「じゃ、行こうか」

「ええ」



「支度は、出来たようですね」

 エルフィンが階段を下りてきたレインに目を向ける。

「全部、持っていく気ですか?」

 苦笑いのエルフィン、視線の先にはトランクケース一杯に荷物を詰め込んだレインがいた。

「やっぱり、無理ですよね」

 そう言ってレインは小さなカバンをケースから出した、言われるのを覚悟していたらしい。

「これを持っていきなさい」

「何ですか?」

 エルフィンがテーブルの上に置いてあったものを差し出す。

「私が若いときに使っていたものです、何かの役には立つかもしれません」

 エルフィンが差し出した杖は、細く真っ直ぐだった。持つ場所には赤い鉱石が埋め込まれていた。

「きちんと魔術の練習をするんですよ、治療だけじゃ彼らの足手まといになってしまいますから」

「はい」

 笑顔で受け取るレイン。

「それから、ここはあなたの家ですから、ここが、あなたの帰る場所ですからね、レイン」

「はい!」

 一際大きな声でレインが言う。

「それでは、気をつけて行くんですよ」

 レインが一歩下がって玄関に背を向ける・

「レイン、レイン=シークレット行ってきます」

 元気な声で、レインが言う。

 その言葉の意味を受け止めようとして一瞬戸惑うエルフィン。

「お父さん、今までありがとう」

 明るく微笑むと、レインは扉を開けて走り去った。

「そうか、知ってたんだな」

 照れくさかったのか、一度だけこちらを振り向いて手を振ったレインを見ながら、エルフィンは涙を流していた。

 しかし、それを見ているものはいなかった。



「あ~どっちだ?」

 間抜けな声を出すフィロリス。

「3日前も通ったと思うんですけど」

 二股の分かれ道、片方がハンクルへの道で、片方はどこへ通じているのか分からない道。

「ルーイだって通っただろ!」

「私は袋の中で寝てましたから」

 なぜか拳を固めるフィロリス。

 右足で地面を二回叩いた。

「とりあえず、左で」

「いいんですね」

 念を押すルーイ。

 フィロリスは左に足を進めようとした。

「街へ行くなら右ですけど」

 突然の声に片足を宙に浮かせながら首を回すフィロリス、そこにいたのはレインだ。

「な、なんで?」

「ついて来ちゃいました」

「だ、そうですよ、どうします?」

 やけに楽しそうにルーイが言う。

「ま、しょうがないだろ」

 頭を掻きながらフィロリスが言った。

「え? どうかしたんですか?」

「いえいえ、何でもありませんよ」

「ルーイ、それ以上言うなよ」

 力を込めた拳にさらに力を込めるフィロリス。

「はい、それじゃ、行きましょうか」

「ん、だな、行こうか」

「はい!」

 レインの顔を見てフィロリスは力を緩めた。

 ルーイは妙に楽しそうだ。

 レインは何が何だかわからずにただ笑っていた・

 歩き出した二人と一匹。

 彼らの物語はようやく始まりの鐘を鳴らすことになる。


 それはまた、別の話、いずれまた別の機会に。


~END~

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シンフォニーワールド 吉野茉莉 @stalemate

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