第七章 自由 6

 レインに怪我はなく、元気といえば元気だった。特に問題もなかったが、意識が混濁しているのかあまりはっきりしたことはわかっていないらしい。エトヴァスの魔法の作用と慣れない氣の消費の連続で、脳が抑え切れていないのだろう。

 ボロボロの黒衣を纏いながら、フィロリスが前に進む。

「ライゼンは……」

 二人の後ろからルーイが言う。

 残り少ない氣を集中しながら自分の体を自己修復させている。傷は永遠の代償で時間と共に勝手に回復するが、今三人で帰るだけの体力を回復させなくてはいけない。自分の足でこの道を通れるために。

 フィロリスとライゼンが戦った空間は、半分が崩れ、底なしの闇が顔を覗かせていた。戦いの凄まじさを物語っている。

 しかし、それだけだった。

 ライゼンが穿った穴から差し込む神秘的な衛星の光だけが、上部に空いた空間を埋めていた。

 ライゼンの姿も、彼のカタナも鞘もなかった。

 まるで最初から存在していなかったように、痕跡すら残さずに。

「まさか」

「いや、違う」

 フィロリスがルーイの言葉を遮る。

「あいつは、いなかったんだ」

 最初から、いなかったんだ。

 ライゼンが倒れていた場所に立つ。そこは丁度、二色の光が交差する場所だった。

 力強く足元の冷たい水と土を握り、ゆっくりと戻す。

 自分の足場がなかったのは、ライゼンも同じだった。

 創られたものとして、毎日を過ごすだけの人形。

「だから、自分を探しに出掛けたんだ」

 いつから、彼は計画していたのか。

 全て、そのための布石だったのだ。

 単独で計画を立て、龍を暴走させ、その騒乱の中姿を消す。

 そのために部下やレインの命など気にも留めていなかっただろう。計画の中では必要のない事項だった。

 フィロリスが彼の前に現れたことは予定外のことだっただろう。

 しかしこれにより全体的な責任をライゼンではなくフィロリス側に負わせることはできた。アステリスクが公式に発表することはなくとも、消えたはずのフィロリスの存在が明るみなれば、そちらの方にも追っ手をかけなくてはいけなくなるだろう。相対的にライゼンへ回る人員が減るはずだ。

 それだけなら、だがそれだけだろうか。

 フィロリスの頭の中で、ライゼンの顔が思い浮かぶ。

 何というべきか、彼は満足した顔だった。

 レインが、口を開く。

「綺麗な、ところですね」

 呑気な言葉だ。

 自分が何をしていたのかもわからなかったから緊張感がないのは当然といえば当然だが、それにしても現状を把握してなさ過ぎる。

 動くだけで精一杯のフィロリスとルーイがレインを見て苦笑する。

「どうかしましたか?」

 それを不思議そうに見返すレイン。

「ああ、綺麗だ」

 フィロリスが前を向く。

 レインはその言葉を聞き、嬉しそうに顔を綻ばせる。

 闇に注ぐ光は、天へ昇る階段のようだった。

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