化け物の顔

 剣を落とした。がちゃんと地面に落ちる。


 目の前の少女が僕に突き立てた刃を引き抜くとぼたぼたと血が流れていく。なんだこれ。痛くない。真っ赤な手のひらを見ながら僕は膝をついた。痛くないってことはまずい……じゃないだろうか?


「わ、私たちはお、お金がいるのよ」


 名まえも知らない冒険者の少女が血まみれのナイフを持って錯乱気味に叫んでいる。僕はそれがどこか遠い世界を見ているような気すらした。


「み、みんな死んじゃったけど、これで私は、私は」


 緑色の髪が揺れる頭を振りながら誰かに言い訳をするように彼女はつづけている。あ、そうか、これは僕への言い訳なのか。でもなんて僕を刺してお金が入るんだ……。あ。


 僕は思考を打ち切った。それ以上考えると僕の体だけではなくて心も崩れそうに予感がした。


「帰らなきゃ……」


 そうだ、帰らなきゃ。アナスタシアが待っている、それに魔物を討伐できたのだから父上もきっと喜んでくれる……。


 悲鳴がした。

 

 それは目の前の少女がのものだった。ああ、そうか。僕たちは周りを囲まれていた。オーク以外にゴブリンもいたことを忘れていた。たぶん、僕が弱っているのを見て今更襲う気になったんだろう。


 ああ、どうしよう。ゴブリンたちは僕たちをなぶり殺しにしてやるとばかりにニタニタと笑っている。


「きみ……逃げなよ」

「え?」

「な、なんで?」

「なんでかな……」


 だるい……僕は手に剣をとって立ち上がる。手に力が入りにくい。怒るべきなんだと思うけど感情が湧いてこない。できるだけ少女の動機は考えたくない。


 一匹のゴブリンが襲ってくる。こん棒の一撃が僕に迫った。膝の力を抜いて僕は自分から体勢を崩す。その拍子にゴブリンに肩を当てて転がす。さすがに体の重さは僕の方があるから簡単に転がすことができる。


 倒れた。仰向けになってくれてやりやすい。その口に足を突っ込み抑え、首に剣を刺す。力なんていらない。悲鳴を聞いてやる余裕もない。そいつは黙らせて殺した。


 それで残ったゴブリンたちも固まった。僕には逃げる力はないからいつかは倒れることになる。でも、それはもう少し先だと思う。


 僕はゴブリンと同じように固まったままの少女に目をやる。「ひっ」と心底おびえた顔をしている。僕にナイフを向けた。


「化け物……」


 僕は今どんな顔だろうか。これだけ血を浴びているなら、いつもよりもきっともっと醜い姿になっているだろう。


 ゴブリンたちは何かわめている。地面をこん棒で叩いて音を立てて、囃し立てるように僕たちを囲んでいるが、飛び掛かってはこない。死んだ仲間の姿を見ているからだと思う。


 森の奥からさらにゴブリンたちがやってくる。仲間を呼んでいたのか。僕は一度少女を見た。近づいていくと恐怖に引きつった顔で首を振る。


「こ、来ないで」


 そうはいかない、僕は剣を彼女の懐に入るとみぞおちを剣の柄で殴る。「お」と彼女は呻いて僕の肩に体を預けた。彼女が小柄でよかった。まだ抱えることができる程度で。


 ずりずりと森を歩く。僕の足元には血の跡があった。僕の行く道をふさごうとしたゴブリンを数匹切った。それでもゴブリンたちが遠巻きに追ってくる。僕が倒れたときに一斉に殺すつもりだろう。


 はあ、はあ。


 それにしてもなんでこの女の子を救おうとしているのだろうか。どんな事情があるにせよ命を狙われていることは間違いない。僕は何がしたいのか自分でもよくわからない。


 とにかく帰らないといけない。


 一歩一歩歩くたびに力が抜けそうになって、倒れそうになる。なんとか次の一歩を踏みしめる。剣も取りこぼすわけにはいかない


 森の中を進む。よく考えたらこの道はあっているのかも分からない。それどころか、木々の間を抜けると崖になっていた。数リーグル下を見ると河原がある。


 ゴブリンたちが追ってくる。数はかなり増えていた。僕は気絶をしている少女を見た。剣も鞘に納める。


「ごめん……生き残れるかわからないけど、僕もそうだから……死んだらごめんね」


 そうして僕らは崖から飛び降りる。川の激流の飛沫が僕の視界に広がった。



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