魔物討伐

 剣は幼いころから好きだった。

 

 僕は学問ができるわけでも魔法ができるわけでもなかったから、何かいいかできることはないかとやってきたのが剣術だった。逆に弓とか槍とか、別の武器は全然だめだ。


 先生は祖父だった。いや、僕はおじいちゃんと呼んでいた。僕が何があったのか自分でも思い出せないけど、屋敷の影で泣いていた時におじいちゃんがつかつかやってきて、ぶん殴られた。


 訳が分からないままに屋敷の外の森に連れだされてそこで一振りの剣を与えられた。子供になんてことをするんだろうと今なら思うが、その時は怖くて仕方なかった。


 おじいちゃんは情け容赦なく僕に剣術を叩きこんだ。剣を振り角度から、受け方なんて綺麗な教え方じゃない。こうやって殺すとか言いながら、僕に木刀を振り下ろしてくる。そのやり方を真似したり、必死に逃げ回ったりしてたらいつの間にか剣を扱えるようになっていた。


 どんな時でもどんな場合にも体を先に動かせと言われた。


 ひどい話だ。でも、何かできたときにおじいちゃんは顔を笑いながら頭をなでてくれた。そんなことをしてくれるのもおじいちゃんだけだったから。好きでもあり嫌いでもあったな。亡くなったときは悲しかった。


 今日はその時に剣を腰にして、僕は魔物討伐に出る。


 馬に乗って。ちょっとぶかぶかの黒い胸当てにマント。領民の若い男性……といっても僕よりは年上だろう、その人たちで構成された10人くらいの兵士。あと屋敷からついてきた執事。実際の指揮は僕じゃなくてそっちだ。


 それに冒険者と言われる人たちだ。彼らは数人いて、リーダーは体に傷がいくつもある色黒の大男だった。ぼろぼろの鎧をつけていて、歴戦の戦士なんだろうけど……なぜか僕を見たらこう、こびたような笑いをする。僕になんかそんな顔をしても無駄なんだけどなぁ。悪い気がする。


 冒険者はその名前の通り各地を冒険して回っていく自由な職業だと聞いている。憧れる気持ちも正直あるけど、みんなどこかくたびれたような顔だ。


 その中に一人だけ女の子がいる。むすっとした顔で僕をみる。黄緑の髪を後ろで結んでいる。マントの下には武器があるのだろうか? 


 そんなことより馬の扱いに慣れてないので森の中に進むのもゆらゆら揺れて情けな感じだった。


 魔物はこの世界に多く存在する。遠くの国に存在するという魔族、その王である「魔王」が生み出していると聞いたことがある。でも、いちいちゴブリンなんて生み出すなんてなんでそんなことをするんだろう。


 魔王なんて言ってたけど、今回の相手はゴブリンという小型の魔物だ。体が小さくて頭のいい個体はこん棒のような武器を持っていることもあるけど、子供以下の力しかない。


 だから町をでてすぐの森の中でゴブリンは見つかった。執事の号令で兵士も冒険者もゴブリンたちにとびかかっていく。ゴブリンの体は小さいから少しだけ鍛えた人間にはかなわない。数は多いけど、こっちもそれなりの人数がいる。


 結局出番がないのかな……。父上に命じてもらったことはうれしかったけど、残念だった。


 人の首が飛んできた。


 僕の馬の足元でどちゃっと落ちたそれはあの冒険者のリーダーの「顔」だった。首がねじ切られたようにぐちゃぐちゃに赤と黒の液体が混ざり合って地面に広がっていく。

 

 悲鳴がした。僕はハッとする。


 人が空を飛んでいる。いや、落ちてくる。ぐしゃぐしゃと地面に落ちたときにひしゃげて赤い水たまりを作る。まだ生きている兵士は悲鳴を上げてのたうち回っている。


 呆然としていた。何が起こっているのかわからない。ただ少しずつ息が荒くなっていくのだけを自覚していた。心臓が早鐘のようになっている。


 森の奥で木が折れた。その陰から緑の皮膚をした大柄の化け物が顔を出す。


 大きな牙に肥満体のような体。人間よりも数段大きなそれはゴブリンなんかじゃない。


 オークと呼ばれる魔物だ。僕の記憶がその姿でよみがえった。本で読んだ知識が映像として蘇ってきた。それは僕が全身でやばいと感じているのだろうと思う。


 兵士たちが逃げてくる。その後ろからゴブリンたちが笑いながら追いかけてくる。冒険者の首を持っているのが見えた。強力な魔物によって一気に形勢は逆転しているのだろう。ああ、あれ。執事の顔だ。棒の先にあった。


 逃げなきゃいけない。


 僕は剣を掴んだ。


 今すぐ後ろに下がらないといけない。


 引き抜いた剣を空に掲げる。


 思考と行動は全然一致してくれない。僕は、叫んだ。ゴブリンたちが一斉に立ち止まる。僕は必死に彼らをにらみつけた。兵士たちが逃げる用意しないといけない。


 血だまりの中で醜い僕が睨む。剣を掴んだ手に力が入る。


 それでも馬がおびえたように体を揺らした。


「ちっ」


 僕からでた舌打ちに自分でも驚いた。馬から飛び降りて剣を横なぎにふるう。ゴブリンの一匹が二つに分かれて、僕に血がかかる。ゴブリンどもは醜い顔を僕に向けておびえとも怒りともわからない表情でとびかかってくる。


 踏み込んだ、2匹目の首に剣を突き刺す。蹴り飛ばして素早く引き抜く。蹴り飛ばした死体でゴブリンの一部をひるませる。

 

 次の3匹目の首を切る。次に4匹目、5匹、6匹。流れるように剣と体が動いた。永い時のようにも感じて、でも実際は数呼吸の間だっただろう。ぼくは死体の輪の中でだらりと剣を下げる。


 残ったゴブリンどもはたじろいでいた。


 その後ろに大地を揺らしながらオークが僕に向かって歩いてくるのが見えた。そいつの腕にあの冒険者の女の子がつかまれているのが見えた。わずかだが動いているのが分かる。まだ助かる。


 そう考えたとき体が前に出た。ゴブリンの一匹の心臓を刺し、その体を盾にして突っ込む。


 オークが咆哮した。空気が振動する。ああ、楽しい。

 

 盾にするのはやめだ。僕はゴブリンの死体ををぽんと突き飛ばして、その瞬間に股から剣を切り上げる。ぱあっと血しぶきがあがり、オークの目を覆う。


 苦しむオークの声がする。その赤い飛沫の中に飛び込んで剣をふるった。腹。分厚い脂肪で覆われたそこを切った。悲鳴を上げたオークの手から少女が落ちていく。


 瞬間オークの太い腕が薙ぐように振るわれる。


「がはっ」


 剣で受けた。でもその衝撃は背骨が折れたんじゃないというくらいに体を突き抜けていく。世界がぐるぐる回って地面に何度も叩きつけられた。僕はすぐに立ち上がる。


「はは」


 笑えてくる。おじいちゃんとの修行のような何かが体に染みついている。立ち上がった後に血を吐いた。すぐに構えることが体に染みついていた。でも、剣を杖のようにしてなんとかたち上がっただけだ。


 こんな時に回復の魔法でも使えればいいのにと、自嘲してしまう。


 現実に僕はそんなもの使えないし、視界が揺らいでいる。いつの間にか片膝をついていた。ぬるぬるとした血が気持ち悪い。どこから出ているのか考えたくもない。


 オークが向かってくる。顔を上げるもだるい。


 目を閉じた。音がする。向かってくる音、咆哮、息遣い。暗い世界にそれが響いていく。


「あ、あぶない!」


 女の子の声がする。僕は目を開く。すべてが反転する。音が消えていく。


 オークの体が目の前にある。振りかぶった腕を僕に向けて一直線に突き出す。一瞬の後僕は肉塊になるだろう。そうさ、「一瞬」の猶予があるってことだ。


 すべての力を足に込めて前へ出る。オークの拳が体の皮膚を削る。僕を殴り殺そうと前のめりになった、その「首」に向けて剣を突き出す。


「おおおお!!」


 血を吐きながら叫ぶ。オークの首を貫通した刀身がその体の後ろから突き出た。ごぼごぼと赤い泡を吹いてオークが倒れる。


 音が戻ってきた。


 がくんと膝をつく。息が苦しい。それでももう一度立ち上がり、よろよろと僕はオークから剣を引き抜くと鞘に納めた。さすがにもう立っていられない、倒れようとしたときに何かに支えられた。


 甘い匂いがする、緑の髪が目の前にあった。


 僕はそれにすべてを預けるように体重をかけたから、


 腹にナイフが深く抉られた。





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