70.口約束は果たされた

 そうして。

 爽やかに、とまではいかないけれどそれなりに晴れた今日、俺は結婚式当日を迎えた。ただいまその控室である、のだが。


「おおお、よくぞここまで……!」


 正装されたお祖父様が、涙ボロボロ流しておられる。えー、お祖父様のそんな姿、俺初めて見ましたけど。


「アルタートン卿がここまで涙もろいとは思いませんでしたな」


「かわいい孫の結婚式だ、構わんだろう」


 あ、養父上も同じ意見のようだ。ごしごし顔を拭いたお祖父様、擦った痕が赤いけど大丈夫かな。


「……まあ、もうひとりはアレでしたしな。セオドールくんは大丈夫ですよ、うちの娘が選んだ婿ですから」


「そう言ってもらえると、わしも養子に出してやった甲斐があるというものだ」


 義父上も何故かここにいる。あなたは花嫁の実父なので、あちらにいるべきではないだろうか。

 ちなみに、計測から仮縫いから何から、俺は全く見せてもらっていない。本番まで置いておけ、とは騎士団の皆から言われた。まあ、確かに。

 そんなことを考えていたら、お祖父様に真正面から見据えられた。……元父上の実父ということになるんだけど、迫力は段違いだ。元父上の場合、迫力がないのを暴力で補っていたフシもあるか。今考えると。それはともかく。


「良いかセオドール、アレは己の所業にふさわしい場所で罪を贖っておる。お前は何も気にすることなく、幸せになるのだぞ」


「え、あ、はい」


 気迫に押されて、思わず何度も頷く。この場合のアレってアレ、なんだろうなあ。……今頃、どこで何してるんだろう。

 自力で叩き潰した元兄上はともかく、元父上も一発くらい殴っても良かったかなと今になって思う。だからって、元兄上みたいにいてる場所まで押しかけるつもりはないけれど。そこまで俺は、馬鹿じゃない。

 それに。


「と言いますか、ヴィーの婿になれるってだけで俺は結構幸せなのですが」


「そう言ってもらえると、ヴィーの父親としては喜ぶしかないな。こんなに良い婿が来てくれたのだから」


 素直な本音を口にしたら、義父上がほにゃりと表情を崩した。お祖父様、義父上、養父上と皆してそれなりに迫力のある顔つきなんだけど、この室内ではすっかり緩みっぱなしだなあ。


「うちの義息子だからな? 変な扱い、するのではないぞクランド」


「うちの大事な婿に、変な扱いなぞしてたまるか」


 二人のちちうえが、言葉の内容はともかく朗らかに会話している。お祖父様はまたうるりと目に涙を浮かべて、何だか嫁に行く日って感じ。実際婿には行くけど。

 ……まあ、きちんと挨拶はしておこう。せっかく、俺の保護者になってくれたひとたちが集まっているんだし。


「お祖父様、アーカイル養父上、クランド義父上」


 その人たちのことを呼ぶと、彼らは一瞬の間を置いてこちらに向き直ってくれた。全員、とても真剣な表情で。

 そんなに長い言葉ではないけれど、俺もきちんと、真面目に。


「ヴィーと、彼女に協力してくださった皆さんのおかげで俺は、今日をもってセオドール・ハーヴェイになります。ただ、まだまだ若輩者ですので、今後もご指導のほどよろしくお願いします!」


 ひといきに、とはいかないけれどきっちり言い終えて、頭を下げた。


「うむ、任せよ」


 お祖父様は、ゆったりと。


「ああ、もちろん」


 養父上は、相変わらずのんきな感じで。


「当然だな」


 そして義父上は、大きく頷く感じで。

 俺に、答えてくれた。


「セオドール様。お時間ですよ」


 ちょうど、良い時間だったみたいだ。




 純白のドレスとヴェール、金の台に明るい青の石があしらわれたティアラをつけたヴィー。

 純白の礼服、淡い赤のチーフと琥珀のカフスをつけた俺。


「神の御前において、エルザント家のセオドールとハーヴェイ家のヴァイオレット、両名の絆が結びつくことと相成りました」


 教会の式場にて今、俺たちは晴れてハーヴェイ夫妻を名乗ることが許された。やっと、この日を迎えられた。


「この場において、皆様が証人となり新しい夫婦を祝福いたしましょう」


 神官様の呼びかけに答えるように、参列者の皆さんが拍手をもって祝ってくれる。俺、祝ってもらってるんだ。

 全ては今、隣にいてくれる彼女のおかげだ。お礼、言わないと。


「ヴィー。俺を見つけてくれて、ありがとうな」


「セオドール様。わたくしを信じてくださって、ありがとうございます」


 俺のほうが、お礼を言われてしまった。とてもきれいな笑顔で。

 うん、お互いにありがとうだ。九歳のあの日にヴィーは俺を見つけてくれて、俺はヴィーの言葉を信じて。


「ああもう、セオドールめ。お嬢様を不幸にしたら許さんぞー」


「お前は少し黙ってろ。分家の後継ぎだからここに入れてるんだぞ」


 ……何か聞こえたけど、気にしない。だって俺がヴィーを不幸にするなんて、絶対にしないんだから。

 そうして俺は、ヴィーと手を取り合って、互いの誓いを唇越しに交わした。

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【連載版】口約束は果たされた~辺境伯家の婿は溺愛される~ 山吹弓美 @mayferia

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