69.その後の

 丈夫な作りの馬車が止まったのは、荒れ地の片隅に立つ大きな建物の前だった。大柄な男が数名、頭を下げて迎え入れる。

 窓にも扉にも金属の格子がはめられた馬車の中から、押し出されるようにして数名の青年が地面に降り立った。否、二、三名はそのまま地面の上に転げ落ちた。

 全員が両の手首を前で縛られ、それぞれをロープで繋がれているために脱走などはとても思いつかないだろう。さらに、そのロープの端を目の前にいる屈強な男に渡されたのだから。


「はい、今日の分」


 馬車の御者は、待っていた男の一人に書類を手渡した。一人だけ少し小柄な彼はその書類をめくりながら、青年たちと見比べる。そうして「問題ないですな。受け取りました」と一番上の紙にさらりと署名をして御者に返した。


「まだ若いだけあって、体力は問題ない。しっかり使ってやってくれよ」


「助かりました。ありがとうございます」


「おう。じゃ、またな」


 深々と礼をする男に片手を上げて答え、御者は馬車に戻った。そのまま、あっという間にこの場を去っていく。

 馬車の形がわからなくなるくらいに遠ざかったところで、男は青年たちに視線を向けた。酷く怯えている様子なのは、書類に記されていたがこの者どもがここに来る前に去勢処理を受けていたからかもしれない。


「よく来ましたね、皆さん。ええと……君はロードリック、というのですか。なるほど」


 その中のひとりに向けられた男の目が、すっと細められる。今回の新人たちは、主にこの青年に関与したためにこの場に送られてきたと書類に明記してあるから。


「お、俺たちをどうするつもりだ……」


「何を言っているのですか、今更。ここは鉱山ですよ」


 涙目で問うロードリックという名の青年に対し、感情のない声が答える。無駄話をしていられるほど、鉱山の管理者である彼は暇ではない。


「今日からあなた方は、この鉱山で鉱石を掘り出してもらいます。そのために、ここに送られてきたのですから」


「鉱石、掘り」


「ええ」


 建物の向こうには、木がほとんど生えていない山々がそびえ立っていた。ここは重要な鉱石が取れる鉱山の一つであり、作業員はその採掘作業に従事している。

 その山を見上げて言葉を失うロードリックたちに、男はにこにこ笑いながら彼らの罪を言葉に乗せた。


「あなた方、どこかの貴族の後継者夫妻を暗殺しようとして失敗したんだそうですね? よくもまあ、生かしてもらえたものですが」


「え、あ……」


 端的に言えば、そういうことになる。

 ロードリックは、彼と彼の取り巻きたちは、本来であればその場で首をはねられてもおかしくなかった。自領であればまだ揉み消せたかも知れない罪だが、その貴族の領地に潜り込んだ上での所業だったからだ。

 すでに彼らは、反論する気力もほとんどない。ここに来るまでの厳しい尋問と罰の言い渡し、そして最小限の慈悲のみで行われた去勢処理と長旅が、彼らからそれを奪っている。


「まあ、その代わりにその貴族への慰謝料なり何なりを、ここで働いて稼いでもらうことになったわけですがね。……さてあなた方、稼ぎきれますか?」


「え」


「あなた方のような犯罪者が送り込まれてくることが多い、ということでご理解いただけるかも知れませんが、この鉱山は仕事が厳しいのですよ。やることは穴を掘って、石を取り出すだけなんですがね」


 男の笑顔は崩れない。だが、青年たちの顔色はどんどん悪くなっていく。

 自分たちがどれだけ愚かな罪を犯し、そのせいで本来ならばやることのなかった重労働に従事させられる事となった。その結果、ここから出られる確率がどれだけ低いのかを管理人の言葉が、淡々と紡いでいく。


「掘る土壌は硬いし、水が出てくることもあります。穴の奥に進むに従って湿度は高くなりますし、空気も悪くなるんですね」


 がつ、と男が蹴った地面は硬く、ほんの僅か砂埃が舞ったのみだ。これと同じような土壌が、あの鉱山を形成している。その下から採掘される鉱石が、コームラス王国にとっては重要な素材の一つ。端的に言えば、武器や建材の原材料となるものだ。

 故に鉱山は経営を続け、様々な場所から労働力が送り込まれてくる。


「掘った穴の天井が落ちてきて生き埋めになることもあれば、悪いガスが噴出して残念なことになる場合もあります。まあ、運が良ければきっちり稼いで自身の身柄を買い戻すことはできますがね。この私のように」


 ふふ、と笑う男もまた、かつての罪人である。運と実力に恵まれた彼は生き延び、自身を買い戻した上でこの鉱山を管理する地位に就いた。何だかんだで、この地を気に入ってしまったらしい。


「装備をきちんとつけていれば、ガスなんかはある程度防げます。あなた方は初心者ですので、仕事に慣れるまでは深いところには行かせません。経験者として、そのくらいは面倒を見てさしあげますよ」


 さあ、連れて行ってください。

 そう、屈強な部下たちに命じる男の顔から、笑みは消えない。ただ、酷く深く暗いそれに、変化はしたけれど。


「頑張って、生き延びてくださいね。この私に歯向かいたければ」


 その笑顔に見送られるように鉱山へと入っていくロードリックたちが、鉱山から出ることが叶ったのか。

 少なくともその後数十年、そのような記録は存在しなかったという。

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