5話

 朝食のパンを食べながら、外を眺める。

 セイが剣を振り続けている。散った汗に日光が反射し、彼の周りだけ輝いて見える。

「おはよう、ウィル。元気そうだな」

「ええ、久しぶりに元気全開です」

「良かった。一時期はどうなるかヒヤヒヤしていてな」

「ご迷惑をお掛けしました」

 笑いながら返す。

 師匠は髪はボサボサ、顔はまだ眠そうに見える。俺と違ってこの状態でも元気ではある。

 パンを食べ終わり、牛乳を飲んでいる時に師匠が顔を洗って帰ってくる。

「目のクマが酷いですね」

「昨日もあんまり眠れなくてね。別に不利益はないんだが」

「研究とかですか?」

「ああ。この前観察したウィルの魔力について」

「まだやっていたんですか」

「まだってなぁ。私だって今まで見たことのない種類の魔力なんだぞ。時間がかかって仕方がない」

 悪態をつきながら、朝食を準備して席に着く。師匠は豪快にパンにかぶりつき、むしり取る。

「あ、メイさんおはようございます」

「今日は一段と汗臭いな」

「昨日出来なかった分もやったので」

 シャワーを浴びてくると言って、セイはすぐに行ってしまう。

 何もすることがないので、牛乳をちびちび飲んでいると、

「なあ、ウィル。今日も王都に行くか?」

「またですか?」

「昨日冒険者になりたいって言ってたから、その準備の為に」

「なるほど」

 少し考える。

 確かに今日は師匠は授業をするつもりはないだろうし、セイとの組手も予定にない。つまり暇人だ。

 が、だからといって二つ返事で了承も出来ない。

「でも、師匠は良いんですか?それにセイも」

「私?私は大丈夫だぞ。研究はあるがあれは私個人の事情だし、セイも特にやることは無いだろう」

「そうじゃなくてですね……」

 師匠が俺の言うことに首を傾げていると、セイがシャワーから戻ってきた。

「メイさん、ウィルはメイさんの体調を案じているんですよ」

 ナイス助け舟。

 心の中でセイにサムズアップする。

「私の体調を?さっきも大丈夫と言ったはずだぞ」

「それでも目の下に特大のクマを作られるとこっちは心配するですよ。例え本人が大丈夫と言っていても」

 師匠は黙ってしまう。

 予想外の返答にどう答えたらいいか、分からないのだろう。

「まだ、ユウナの意見が……」

「多分起きてこないですよ」

「えっ?」

「ユウナ、お出かけした翌日は昼過ぎないと起きてこないんですよ」

 師匠がノックアウトされた。別にここまでするつもりはなかったが。

「じゃあ明日にするか」

「そうしましょう」

 セイが賛同する。

 ということで、王都への二度目のお出かけは明日になった。

 昼過ぎ。やっと起きてきたユウナはその事実に喜びと驚き半々の反応をした。

 動きが激しく見ていて面白かった。




 段々と見慣れてきた路地にいる。

 早速、俺とユウナは一昨日買った服を着用している。

 セイと師匠はあんまり服装は変わらずラフだ。師匠は昨日と違い目の下にクマは無い。

 しっかり寝てくれた証だ。

「で、準備って何をするんですか?」

「そうだな。既に冒険者カードは発行したし、装備でも買いに行くか」

「じゃあ俺の行きつけのところにしましょう」

 セイが提案し即採用される。

 彼を先頭に歩いていく。一昨日よりは人が少ないが、それでも全然多い。

 方面的にはギルドの方だ。

 冒険しや沢山いる為に売上がいいから、武器屋が多いのだろう。

「着いたぞ」

 目の前にあるのはギルドの二つ隣の武器屋だった。

 店の中に入ると、

「いらっしゃいませ!」

 元気な声が聞こえてくる。

 金髪でそばかすが特徴的な少年が出迎えてくれる。俺より身長が少し低いところを見るに、164センチぐらいか。

「セイさん、お久しぶりです」

「久しぶり。オヤジは?」

「いつものところです。ところで後ろの人たちは?」

 少年が俺とユウナを見る。

「こっちがウィルでこっちがユウナ。最近が師匠が迎え入れた子だ」

「へー、はじめまして。コナードって言います。よろしく」

「こちらこそ」

 コナードが手を差し出したので、握り返す。

 ほのかに彼の顔が赤い気がする。

 セイが店の奥に歩き出した為ついて行く。

「オヤジ、邪魔するぞー」

「邪魔するなら帰れ」

 野太い声がかえってくる。それに口調も強気だ。

「じゃあ、邪魔しないから居てもいいか?」

「勝手にしろ」

 中に入ると鉄やらなんやらの臭いが混ざりあった、形容しがたい臭いが鼻を刺激する。不快では無い。

 加えてかなり暑い。汗が出てきそうだ。

 どうやらここは工房のようだ。

「久しぶり」

「なんだ、また剣を折ったのか。もう直さんと言ったぞ」

「今日は違うよ。剣を作って欲しいんだ」

「剣を?」

 オヤジが振り向く。

 長く、手入れのあまりされていない茶髪に、硬そうな髭が特徴のドワーフがそこにいた。

「誰に?」

「こいつに」

 オヤジがじっと俺を見つめる。

 強面のため威圧感がある。下手な人なら泣き出しそうだ。

 そして、オヤジは急に俺の腕を触り出す。

「うえっ!?ちょ、」

 抵抗する間もなく、全身を触られる。

 ふむ、と小さくこぼす。

 全く行為の意図が読めず、カチコチに固まってしまう。

「いい筋肉をしているな。良い鍛え方だ」

「え?ああ、ありがとうございます」

 唐突に褒められて、咄嗟に礼を言うが、適切に返事が出来たか自信が無い。

「良いな」

「だろ?組手をやった時なんて俺に匹敵したぞ」

「本当か」

「ああ。俺を気絶させようと、思いっきり腹を狙って、拳を飛ばしてきたし」

 オヤジがセイの話を聞いて頷く。

 褒められはしたが、何を考えているか分からず、初めとは違う怖さがある。

「お前ウィルって言うのか」

「はい」

「気に入った。俺の名前はガエンだ。飛びっきりの剣を用意してやる。こっちに来い」

 この人、よく分からん。

「良かったなウィル。オヤジに気に入られるなんて中々ないぞ」

「はあ」

「おい。お前は来るな」

 セイが追い払われる。

「いいじゃないか」

「俺にとってウィルが透き通るほど綺麗な水なら、お前は虫の集った下水以下だ」

「ひっでぇ言い草だなあ。泣くぞ?」

「泣くなら外で泣け」

 セイの心をボロ雑巾にしたいのと言うほど、ボコボコに貶す。

 どうしたらこうなるんだ?

 理由を聞こうとしたが、一旦やめておく。セイに追加ダメージが入りそうな気がした。

 ガエンは炉の前の椅子に座る。ドワーフ専用か、小さめだ。

「さて、どんな剣にしたい?」

「どんな?」

「ああ。例えば素材をどうするかとか、剣の長さや軽さに握り心地。色々ある」

 いきなり聞かれてもよく分からない。今まで剣を振るってきたが、金属ではなく木製だ。

 イメージがつきにくい。

「ウィルの戦闘スタイルから考えたらどうだ?」

 横からセイが口を出す。なんかちゃっかり着いてきている。ガエンは何も言わない。

「戦闘スタイル……素早く動いて、攻撃する?」

「そうか。なら軽めがいいな。それと長すぎない方がいいな」

 ガエンが紙にペンでメモをしていく。

「予算は?」

「メイさん。予算てどのくらいー?」

 入口にいた師匠が頭の上で大きな丸を作る。

「いくらでも」

「そうか」

 工房はかなり暑いのに寒気がした。

 その後も耐久性や握り心地、その他諸々のことを決めていく。

「よし、あとはデザインだ」

「デザインは質素な感じていですよ」

「分かった」

 長い間話をしていたお陰で、最初よりも詰まらずに会話が出来るようになった。

「コンセプトは以上だな。じゃあ、二日後にまた来い。何本か作っておく」

「分かりました」

 二日後に出来上がる剣を受け取れば武器の準備は完了だ。

 あとは防具か。

「防具はあれでいい」

 ガエンは棚に鎮座している革防具を指差す。

 見た目は変わったところがなく、雰囲気はどちらかといえば安物だ。だが見た目に反し、値札の数字は桁が多い。

「動きやすさ、防御性能、管理のしやすさ等々折り紙つきだ。値は張るが、下手な魔物の攻撃は防ぎきれる。コナードに採寸してもらったら俺が仕立て直しておく」

 と、俺の意志は全く介入せず、そのまま準備が整ってしまった。まあ、別にいいけれど。

「おい、ウィルの準備は済んだが、そっちの嬢ちゃんの準備をしたい。二人ともこっちへ来い」

 ガエンが手招きをする。

「嬢ちゃんは魔法使いか?」

「は、はい」

「杖はどうする。希望があれば言ってくれ。ウィルの剣と一緒に作る」

「杖は、いらないです」

「そうか……いらない!?」

 ガエンが驚愕する。想定していない回答だったらしく固まってしまっている。

「おいおい、魔法使いにとって杖は必需品だろう。照準を合わせるだけでなく、魔力を練りやすくしたり。そこの常識外れな魔法使い以外は作っておいた方がいい」

 ユウナを説得するガエンに、横から師匠が口を挟む。

「ユウナに杖はいらないよ。無くても十分やっていける技量が彼女にはある」

「何?」

 ガエンは疑いの目を師匠に向ける。荒唐無稽な話だと彼には思われたのだろう。

 証拠を見せろと師匠に迫る。

「大丈夫だよ。どうしたら納得してくれる」

「まずは素早く魔法陣を展開すること。それと……この鉄を離れた距離から正確に当て、傷を付けること」

「了解。出来そうか、ユウナ?」

 ユウナが小さく頷く。

 兄である俺は、彼女がガエンから提示された条件を完璧にこなせると確信していた。

 シスコンだから過大評価している、ということは無い。

「魔法の指定はありますか?」

「何でも構わん」

 数秒の後、ボシュッ!とユウナの掌から火球が発射される。

 初級炎系魔法「火球ファイアボール」だ。

 的より小さめの火球は、見事に標的に着弾し、吹っ飛ばす。

 ガエンは目を見開いたまま、鉄を見つめている。

「マジか……ちょっとこっちに来い」

 ユウナが彼の元へ駆け寄る。

「手を見せてもらってもいいか?」

 ユウナが綺麗な手を見せる。

 ガエンは優しく彼女の手を触り、何かを探す素振りをする。

「ただの綺麗な手だ。特に魔法陣がある訳でもない……おい、まさか嬢ちゃんは無詠唱で魔法が発動できるとか言わないよな」

「そのまさかだ」

 ガエンは中は呆れたような表情を浮かべる。

「な、これで杖がいらないって分かっただろ?」

「ああ、十分分かったよ。だが、防具は必要だろ?」

「そうだね。ウィルと一緒に採寸してもらおうか」

「「それはダメだ」」

 俺とガエンの声が被る。

「ユウナの採寸はお前がしろ」

「えー、なんで?」

「コナードの脳がショートする」

 間を空けて師匠が納得した顔を見せる。

 俺としても思春期に入っていそうな年齢の男に、ユウナを触られたくは無い。

 工房から出ると、涼しい風が顔に当たる。

 ある程度居たせいで慣れていたが、工房はかなり暑かったのだ。そよ風でも清風に感じる。

「コナード、ウィルの採寸をしろ。いつもの防具用だ。後、別でユウナの採寸もするからそこのバカにメジャーを渡してくれ」

「はーい」

 コナードがメジャーを持ってくる。

「えーと、お二人は向こうで、ウィルさんはこっちで採寸しましょう」

 試着室で採寸をするが、男二人がギリギリ入れる程度の広さだ。

「じゃあ、採寸していきますね」

 コナードは慣れた手つきで記録していく。

「ウィルさんはどうして冒険者になろうと思ったんですか?」

 唐突にそんなことを聞かれる。

 俺はとっさには答えられなかったが、すぐに言葉を紡ぐ。

「憧れているからかな」

「憧れ?」

「ああ。俺の故郷はよく冒険者が利用していたんだ。ダンジョンに近かったせいだな。そこで色々な冒険者を見て、色々な話を聞くうちに、だんだんと俺もそんな体験をしてみたいと思ったんだ」

「そうなんですか。実は僕も小さい頃は冒険者になることを夢見ていたんです」

「へぇ、今とはだいぶ違うな」

「はい。僕には適性がなかったんです。魔法は苦手で運動もできる方じゃない。せいぜい荷物持ちしか出来ないんです。だけど、もちろんそんな僕を受け入れてくれるパーティーなんて一つもなくて」

 コナードが俯く。彼の顔には寂しそうな表情が浮かんでいる。

 彼は少し間をおいて再び話し始める。

「でも、どうしても何らかの形で冒険者に関わりたかったんです。僕も憧れていたんだと思います。そして師匠に弟子入りを」

「結果今の状況になったと」

「はい。なかなか苦労はしました。見た目通り師匠は頑固ですから」

 苦笑する。

 コナードがガエンに何度も追い返される様子が目に浮かぶ。

「僕はウィルさんが羨ましいんです。今冒険者になる夢を叶えようとしている貴方が」

「羨ましいね。俺からしたらお前の諦めの悪さが羨ましいけどな」

「え?」

 コナードが顔を上げ、俺を見てくる。口はぽかんと開いてしまっている。

「だってそうだろ。冒険者になれなかったけど、どうにかして関わろうとする心持ちは尊敬に値するよ。普通は適性がないと分かったら、皆何でも諦めてしまう」

「……こんなことを言われたのは初めてです」

 彼はそっぽを向いてそう言う。照れ隠しか頰を掻いている。

 話をしているうちに採寸が終わる。

 俺たちは試着室から出て、コナードはガエンの元へメモの渡しに行く。

 暇になったので、セイの隣に立ってユウナたちを待つ。

 すると、

「ええーーー!!!そうだったんですか!?」

 試着室からユウナの大声が響いてくる。

 何事かと思い、試着室に足を踏み入れる一歩手前で思いとどまる。兄とはいえ、踏み込んだ瞬間ユウナの張り手を食らうのは必至だ。

 幸いにも彼女たちはすぐに出てきてくれた。

「ユウナ、何があったんだ?」

「お、お兄ちゃん実はね……」

 妹がやけに焦らす。

 彼女は唾を飲み込んだ後にこう言った。

「実は師匠がハーフエルフだったんだよ!」

 ……は?

 驚きのあまり声が出ない。いや、驚いたというより、彼女の言っていることが理解できず、右から左に発言が流れてしまったというべきだ。

「も、もう一度」

「だから、師匠が、ハーフエルフなの!」

 ……は?

 さっきよりは言っていることが理解できたが、それでも完全には受け入れられない。

「本当か?」

「本当だよ。実際に確認したし、本人からの証言もあるもん」

「ユウナの言っていることは本当だぞ」

 思わぬところから助け舟がユウナに出される。

「今までそんなこと言ってなかったじゃないですか」

「ああ、言っていないな。お前たちは既に知っているものだと」

「初耳ですよ」

 確かによく考えてみると、転移魔法といった新魔法の開発、魔法適性の高さから考えるに、おおよそ一般的な人間ではないし、賢者クラスと言われてもいまいちピンとこない。が、エルフの血が混ざっているとなると、説得力が急激に増す。

 エルフはその寿命の長さと魔法適性の高さから、何千年も魔法の研究をしてきた種族だ。

 ハーフと言えども十分素質は受け継がれているだろう。

「なんだ、騒がしいな」

 工房からガエンが顔を覗かせる。

「ウィルとユウナが私がハーフエルフだってことに、今気付いたんだ」

「なんだ、今まで知らずに過ごしたのか。癪ではあるが、こいつのことは学校の教科書に載っているだろ。元勇者パーティーの一員なんだから」

「いえ、最近の教科書には勇者のことしか書かれていないです。お供のことは何も」

「私も最近知った」

 師匠がショックだよ、という表情をする。

「ふーん、それは喜ばしいことだな」

「なにおう!?」

 ガエンが煽り、師匠がキレる。この雰囲気はエルフとドワーフらしいものだ。

 だが、

「お二人は世間で言われているほど、険悪な仲ではないんですね」

「エルフとドワーフは仲が悪いってやつか?お互い今まで苦労してきたからな。そんな些細なことは気にしていられん」

「苦労?」

「そうだ。俺は人間と積極的に関わろうとして、こいつはハーフエルフだから、そんなくだらない理由で迫害されてきたんだ」

「そんなことが」

 今明るく振舞っている師匠からは想像がつかない。

「どうもあいつらの頭は骨董品らしくてな。思い出しただけでもイライラしてくる」

 ガエンによると、長寿のエルフやドワーフは人間と関わることを嫌う傾向にあるらしい。他にも亜人はたくさん存在するが、この二種は特に顕著らしい。

「さて、暗い話はしまいだ。早く仕上げるから、また今度装備を受け取りに来てくれ」

 そう言われ俺たちは店を後にした。

 二日後。

 俺たちは装備を受け取りに来ていた。

 この二日間、何か考えていないと、頭の中が装備のことでいっぱいになっていた。

「いらっしゃいませ。もうお渡しできますよ」

 入ると、コナードがそう言ってくれる。

「本当か」

「はい。念のため剣の持ち心地や防具の着心地を確認してもらいます」

 俺たちは工房に案内される。

「おお、来たか。ほらこれが要望通りの剣だ」

 壁に立て掛けてあった剣を渡される。

 ずっしりと重みを感じる。金属だけの重さではないように感じられる。

 柄は俺の手にフィットしている。振るっても、すっぽ抜けることはないだろう。

 革製の鞘から剣を抜く。

 刀身は光を反射し、光かがいている。俺にとっては宝石の輝きと同等のものだ。

「試しに振ってみても?」

「ああ、構わない」

 上段から、大きく振り下ろす。何度か振るうが、握りやすく、軽量なので腕への負担も少ない。

「うん、完璧です」

「そうか。そうしたら防具もできているから、向こうできてきてくれ。もし合わなかったらここでサイズ調整をする」

 防具はユウナの分も完成していたので、二人とも着る。

 サイズはピッタリで、動きにくいと感じる部分はない。これなら剣を携えても干渉することはない。

「バッチリそうですね」

 試着室から出ると、コナードが話しかけてくる。

「ああ、お前の採寸のおかげだ」

「いえいえ、僕はただ測っただけですから」

 すぐにユウナも出てくる。

「どうだ?」

「おかしいところはないよ。着心地はいいし、着易いし」

 ガエンさんにもその旨を伝える。

 また、何かあったら来い、と言われた。

 会計は師匠に全額もってもらった。

「ありがとうございます、師匠」

「なんの。このくらいで寂しくなるほどの懐じゃないよ」

 さすが元勇者パーティー所属。懐はポカポカなんだろう。

「さて、装備が揃ったことだし、ギルドに行こうか」

「何をしに行くんですか?」

「そりゃ、ギルドに行ったらやることはひとつだろ。クエストの受注だよ」

「「いきなり!?」」

 一番大事な心の準備が出来てないんだが。

 ユウナだって俺と同じ気持ちだ。彼女に関してはあたふた動き回っている。

 セイに目を向けるが、彼はサムズアップするだけだ。

 おい!と思ったが、顔が引き攣っているように見える。

 多分俺たちと同じ経験をしたのだろう。

 どうにかならないかと思ったが、彼の表情で全ての希望が消え去った心地がした。

「し、師匠。装備はまだ新品で思うように動かないと思うんですけど」

「意外となんとかなるぞ。それに実践で体や装備を慣らすのも大事だ」

「いやいや、それでも」

「確かに冒険者の初クエストでの死亡率は高い。が、お前たちは十分戦える状態だ」

 反論したいが、どうにもならなそうだし、師匠が言うなら、と思ってもしまう。

 仕方がない。

 俺は渋々師匠に従うことにした。ユウナも俺に続く。

「さあ、行こうか。ピークは過ぎたはずだから、ボードには簡単なクエストが残っているはずだ」

 師匠はスキップしながら先頭を行く。

 彼女の心は弾んでいるのと対照的に、俺の心は雨雲がかかっているようだ。

「お前たちは十分戦える状態だ」という師匠の軽いフォローを支えに歩くしかなかった。

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HEROES’ HEART カミシモ峠 @kami-shimo

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