第4話 昔々の出来事

 外観に反して屋敷の中はきれいだった。


 入ってまず視界に映ったのは、まるで大樹を思わせるかのように大きな螺旋階段。そしてそれを上がった先には、これまたとてつもなく大きくて真っ黒な地球儀…?のようなオブジェがどっしりと鎮座していた。


 彼女…イーリスに案内され、いくつもの背の高い本棚がストーンヘンジのように配置された部屋に来た。本棚には分厚い本がぎっしりと詰め込まれ、本棚の先に見えるはずの壁には先ほどのオブジェにも負けない大きさの古時計が起立している。


 この屋敷の家具は全部デカイ物ばかりなのか…?

もしかして巨人でも住んでるんじゃなかろうか……。


 イーリスが静かに言う。


 「キルクス様。お客様を連れて参りました」


 本棚の陰から杖をついた一人の老人が現れた。その顔は白い髪と髭で覆われており、ワインレッドのローブから伸びた腕は太く、しかし木目のように無数の皺を刻んでいる。…サンタクロースのようだという印象を受けた。


 老人はゆっくりと口を開く。


 「おや、この屋敷に若いお客人とは珍しい。さあさあ、こちらに来て腰掛けなさい。」


 老人はストーンヘンジ図書館の中心へ進んで行く。そこにはよく磨かれた木製テーブルと、それを挟み込みように黒革の上品なソファーが置かれていた。


 俺は勧められるままに腰掛ける。突然来た、それもこんな斧を持った見るからに怪しい人物を迎え入れてくれるとは…。とりあえず斧は足元にそっと置いた。


 「イーリスや、すまないが茶を入れて来ておくれ」


 イーリスは「かしこまりました」とだけ言って部屋を出て行く。インテリアのセンスや配置はともかく、この色々と大き過ぎる屋敷…それにさっきのアバンという男が言っていた「国に雇われてここにいる」という発言…。このご老人、すごく偉い人なんじゃないか……。


 俺は丁寧な話し方になるように言葉を選びながら話す。確かこの爺さんをイーリスは「キルクス様」と言ったはず…。


 「突然申し訳ございません。……冒険者をやっております、木倉という者です。…キルクス様にお伺いしたいことがあり、やって参りました」


 キルクス様はにこにこと笑って「そうだったのかい。それで、この私に何が訊きたいのかな?」と言う。


 「はい。俺…私は元々ここではない国にいました。ですが、突然現れた光の穴から伸びて来た腕にその穴の中へ引きずり込まれてしまって……。気がつくとこの国にいました。イーリスがあなたなら知っているかもと言っていました。何かご存じありませんか?」


 キルクス様は腕を組み、何やら考え込んでいるご様子だ。やがてこちらを見て言う。


 「まさかとは思うが…その腕は長いものだったかい?」


 おお、知ってそうだ!


 「そうです!何かご存じなんですか!」


 「お茶をお持ち致しました」


 茶の入ったティーカップを二人分乗せたお盆を持ったイーリスが部屋に入って来る。キルクス様と俺の前にカップが置かれた。紅茶の良い香りがする。


 しかし、キルクス様はせっかくの紅茶には目もくれず、腕を組んで黙り込んでいる。


 程なくして口を開いた。


 「その話が本当だとすれば…それは『鍵開け様』だよ」


 「鍵開け様…?それは何ですか?」


 「知らないのかい、この辺りに伝わる昔話だよ。あるところに一人の魔法使いがいた。彼はとても優れた魔法使いであったと同時に、行き過ぎな程の信仰を神に捧げる熱心な信者だったという」


 イーリスは一礼するとお盆を抱えて部屋を出て行った。


 「行き過ぎな信仰ですか…」


 どんな信仰の仕方だろうか。少し気になる…が、今は話を聞こう。


 「ある時、彼はこう考えた。『さらなる神の寵愛を受けるためには神のいる世界とこの世界を繋ぐ扉を開き、神がこちら側の世界へ渡れるようにするのだ』と…。そして彼は長い年月をかけ、世界を繋ぐ扉の鍵を開けることに成功したという。しかし…」


 「しかし?」


 「扉から出て来たのは神ではなく悪魔だった。悪魔は視界に入った人間を次々と殺していった。間もなくして悪魔は人々の協力によって討ち取られたが、開けてはいけない扉を開いた魔法使いは終身刑に処された」


 終身刑…。中世じみたこの世界なら死刑になりそうだがなぜ終身刑なのだろうか。死ぬよりも辛そうだとは思うが…。それにしても神を呼ぶために開いた扉か…。


 俺はキルクス様に問うた。


 「その扉というのが私が引きずり込まれた穴ということですか?」


 その場合俺は悪魔ということになるが。まぁ、神ではないだろうよ。


 「そうかもしれない…続きを話そう。魔法使いは牢獄で過ごす長い長い時間のなかで、徐々に腕が長くなっていった…。そしてある日、その長い腕を自分の体に縄のように巻き付けて圧死した。彼の牢の天井には爪で引っ掻いて書いたような文が残されていたという」


 キルクス様は紅茶を一口飲み、そして言った。


 「私はこの世ならざる世界で神を崇め、神に祈りを捧げ、扉の鍵を開け続ける」


 扉の鍵を開け続ける…。この世ならざる世界で?わからん、どういうことだ?しかし、鍵を開け続けるというその扉とやらがあの光の穴と関係しているのだろうか…。


 どうしたら元いた場所に帰れますか?そう訊こうとしたそのとき―――黒い何かが部屋の天井を突き破って落ちて来た。


 真っ黒なスライムのような物質がテーブルの上で這い回る。そしてピタリと動きを止めるとグニュグニュと人の形へと姿を変えた。真っ黒なその人型に目は無く、その代わり大きな口らしきものがモゴモゴと動いている。


 人型がその口を額の位置までガバリと開いて言葉を発した。


 「アソビマショ…!」



 その姿はひたすらに恐ろしかった。




 


 


 


 


 




 


 


 


 

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ドッペルゲンガー・メトロノーム 流木 @ryuuboku

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