第3話 少女とアバドン

 眼の前で俺が死んでいる。その顔は…やつれてはいるが、間違いなく自分の顔だった。そして、それを殺したのも…俺だ。


何が……いったい何がどうなっているんだ………?


吐き気を覚えた。咄嗟に口元を抑えようとして手に握っている斧の存在を意識する。斧の刃からは血が滴っており、温かいそれが柄を伝って拳に触れた。突然、その血が輝き光の粒子となって消えていく。そして眼前にある死体も同じように光って消えた。

 

 俺は状況を理解できず呆然と立っていた。手に血の一滴すら付いていない錆びた斧を握ったままで。


もうわけがわからない、やっぱりこれは夢なのではないのか!?…元の世界に帰りたい………!!


様々な感情が溢れる。俺の叫びが狭い路地に響いた。


「大丈夫?あなた…とても苦しそう……」


後ろから声がした。振り返ると少女が一人こちらを見つめている。俺よりいくつか年下だろうか。金髪で整った顔立ちをしており、丈の長い黒のワンピースの上から赤いケープを羽織っている。まるで人形のような可愛らしい印象を受けた。しかし、その瞳は深い深い漆黒であり、落ち着いているというよりもどこか遠い所を見つめている。年齢に不相応な暗い眼をしていた。


「こんな場所に一人で…斧なんか持って……何やってるの?」


少女は俺が握っている斧を訝しげに見ている。


「……いや、何もしてないよ。……これは、たった今ここに落ちてたのを拾っただけで………」


「斧の落とし物…?あなた変わった服着てるのね。冒険者の人?」


俺の今の服装はジャージにブーツ、ロングコート。ダサいという自覚はあるがこの格好はまあまあ気に入っておりバイトに行く際は決まってこれだ。


「冒険者…ああ、世界を跨いじゃってるわけだからな…ある意味冒険者ではあるのかも……。俺はこの街に着いたばかりで分からないことしかないんだけど、長い腕が伸びてくる光の穴とか………自分と同じ顔をした人が襲ってくるとか、そういうの何か知らないかな…?」


「……よくわからない」


少女は虚ろな眼でこちらを見つめる。俺は何も言うことができない。もしかしたらこのフランス人形のような彼女も突然ナイフや鋏を取り出して襲って来るかもしれない―――


 そんな考えが頭を過ぎったとき、彼女が口を開いた。


 「詳しそうな人がいる。ついて来てほしい…」


 「ついて来てって…どこに行くんだ?」


 「あなたが今言った話に詳しそうな人のお家。お願い、ついて来て」


 彼女は俺の答えを待つようにゆっくりと歩き出す。もう何が何だかわからないが…彼女について行けばこんな恐ろしい世界から元の世界に帰る方法が見つかるかもしれない。俺は彼女の後に続こう――とするも、手に持った斧の存在を思い出した。


 「待ってくれ!」


 「?」


 「この斧…さっきも言ったけど、俺のじゃないんだけどさ…。どうすればいいと思う?」


 例え武器を持って歩くことが当たり前の世界だとしても、こんな気味が悪いものを持ち歩きたくはない。


 「…何があるかわからないから…持ってたほうがいいと思う」


 左様でございますか…。何があるかわからないんだったらこの斧も呪いの品かもしれないじゃないか…。実際さっきからこの斧に「離すな」と言われている気がするんだが………。


 俺は仕方なく斧を逆手に持ち替え、今度こそ彼女の後に続く。


 路地を抜けて人通りの多い道に出る。しかし、また路地に入り少し歩くと今度は人通りがあまりない道に出た。 




 しばらく歩いていると、彼女のほうから尋ねてきた。


 「あなた…名前は何ていうの?」


 俺は答え、そして訊き返す。


 「木倉鷹平。きみは?」


 「…イーリス。傭兵?あなた、兵士なの?」


 「いいや、鷹平は名前だよ」


 「…そう。わかった、ヨウヘイね」


 再び沈黙が落ちる。どれだけ歩いただろうか…。今歩いている道は薄暗い森の中で、人一人歩いていない。いったいどこに連れて行かれているのか…。そう思ったとき、眼の前にとても大きな石造りの古びた屋敷が現れた。壁面には蔦が生い茂り、無数の窓が怪しく輝いている。


 ……は?…ここ?どう見たって呪いの館じゃないか…。前にこういう館が舞台のホラーゲームをやったことがある、もしかしてこの子は魔女だった……!?


 「おい、イーリス!誰だそのガキは?」


 怒鳴るような大声が辺りに響く。見ると槍を持った背の高い男が立っていた。彼は黒いハットをかぶり、紺色のローブに身を包んでいる。それと、火傷?だろうか。顔を包帯で覆い、口元には爛れた皮膚を覗かせていた。


 イーリスは言った。


 「お客様よ。アバン」


 「アバン」と呼ばれた彼は槍を肩に担ぎ、じっと俺を見ていたと思うと、急に興味を失ったかのようにイーリスのほうを向く。


 「ああ、そうかい。好きにすることだ。俺は国に雇われてここにいるだけのただの一介の兵士さ。あの爺さんに会わせたいってなら文句は言わねぇさ」


 そう言うと彼は歩いてどこかに行ってしまった。



 俺は彼女に招かれ屋敷の中へと入って行く。森には何かの生き物の鳴き声が木霊していた。


 


 


 




 

 


 


 




 


 









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