指輪を買いに行く社会人百合

二季一彩

指輪



「指輪でも買おうか」

 カフェで一番安い350円のアイスコーヒーを片手に、真実まことがポツリと呟いた。750円のフラペチーノをストローでかき回していた麗生れおは、それを聞いて瞬間的に椅子からガタッと腰を浮かせる。

「ゆっ指輪っ!?」

「座れ」

「あハイ」

 大人しく座りなおした麗生が、やや前のめりの姿勢で真実の次の言葉を待つ。

 真実はぎゅっと眉を寄せ、気まずそうに視線を彷徨わせた。

「待てしてる犬みたい」

 不機嫌を装った照れ隠しなど、麗生はもうすっかり見慣れている。憎まれ口を気にした様子もなく、目を輝かせて続きを促した。

「うんうん、それで? 指輪?」

「……ああそう、指輪。私たちってそういうの持ってなかったなっ……て、ちょっと」

 麗生は、汗をかいた紙コップごと真実の右手に手を添えた。

 冷たい水滴が付いてしっとりとした指が小さく震え、逃げ出そうとする。麗生の指はそれを許さず、するりと器用に絡みついて見せた。

 麗生がちらりと視線をやると、口を真一文字に結んでこちらを睨みつけている真実と目が合った。これも、いつもの照れ隠しだ。

「嬉しい。まぁさんからそういう事言ってくれるなんて」

 麗生がふにゃりと眉を下げて笑うと、途端に真実の頬と目元がピンク色に染まる。昔から真実はこの顔に弱いのだ。

「嬉しいならまあ、何よりで……」

「ねぇどういうの買う? 給料三か月分?」

「どっちの給料換算で?」

「うわ意地悪だ!」

「ふふっ、冗談冗談。行くよ」

「行くって、え」

「ん、指輪見に」

 すっかり調子を取り戻した真実が、グッとコップの底に残ったコーヒーを飲みほした。そして、慌ててフラペチーノを吸い上げた麗生がずずずっと立てた音に顔をしかめ、水滴だらけになった手で麗生の肩を小突いた。



「……ここ?」

 麗生の腕を引いた真実が足を止めたのは、カフェが入っていたショッピングモール内にあるアクセサリーショップだった。

 高級感漂うジュエリーショップではない。中高生から大学生くらいの若い年代の女性たちが、自由に商品を手に取り吟味している。

「いきなり高いもの買うのもなんでしょ」

「そ、それもそう、なのかな」

「そうなの」

 そう言いつつ、真実もその店に入っていく様子がない。

 腕を組んだ二十代の女子が二人、アクセサリーショップの入り口で棒立ちという光景が出来上がっている。

「まぁさんこういうところ、入ったことなさそうだもんね」

「それはあんたもでしょ」

 真実は学生時代は特にこういったものに興味が無く、アクセサリーを身に着けることはまず無かった。そして麗生はと言えば、こういった安価なものではなく“援助者”からプレゼントされたブランド品ばかりを身に着けていた。

 つまり二人はそれぞれの事情で、一個八百円~三千円の価格帯のアクセサリーショップとは、無縁だったわけである。

「凄いね、青春のキラキラって感じ……あ、」

「えっ、何、どうした」

 遠目に陳列されるアクセサリーたちを眺めていた麗生だったが、ふと会計付近に陳列された指輪に引き寄せられていく。必然的に、左腕を掴まれていた真実も一緒に店の奥に足を踏み入れた。

「見てこれペアになってる」

「あ、本当だ」

 五種類ほどのペアリングが並べられていた。その中で麗生は、シンプルな造りの華奢なリングを手に取った。一方はシルバー、もう一方はゴールドで、ゴールドの方にはさりげなく花の彫刻がされているリングは、普段使いにも良さそうだ。

 ただ一つの難点を除いては。

「やっぱ、片方がちょっと大きいね」

「まぁ、ペアリングだし……」

 そう、ペアリングなのだ。ゴールドは女性サイズだが、シルバーの方は男性サイズで、二人にはかなり大きい。

「う~ん、可愛いんだけどなぁ……」

「そんなに気に入ったの?」

「気に入ったっていうか……小さい頃すっごい欲しかったやつにちょっと似てて」

「ああ、あのアニメの?」

「そう! 知ってるの?」

「変身アイテムだったやつでしょ」

 真実は麗生よりも二つ年上のため、見ていたシリーズ物の女児アニメも年代としては少しズレる。その上、真実はそういったものを観るタイプの子どもではなかった。それでも国民的人気作品ともなれば、何となくは知っていた。

 真実は、麗生の幼少期に思いを馳せた。彼女の家庭事情が少々複雑なのは、ずっと前からよく知っていた。

 想像の中。時間は日曜日の朝、広いリビングで独りアニメを眺める小さな麗生。途中、作中で使われる変身グッズを模したアクセサリーが紹介されて、キラキラした目でが振り返る。しかし、そこには誰もいない。静かなリビングでは、「ママ、これ欲しい!」から始まる親子の会話は勿論存在しない。

「可愛いけど、別の探そっか」

「……良いよ、それにしよ」

「えっ、でも」

「大きい方は私が着ける」

「でもまぁさんの方があたしよりも指小さいじゃん」

「そこは細いって言え」

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指輪を買いに行く社会人百合 二季一彩 @tegamiokuru

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